2017年01月28日

鉄道博物館にて

 一昨日このブログの訪問者数が15万を超えました。
 全く進歩の無い内容で恐縮ですがこれからもよろしくお願い致します。
 さて、この間のブログでも書きましたが前に鉄道博物館へ出かけた折に書き落としていたネタがあったのでこの機会にいくつか。

 その日の昼食(と言っても相当に遅かったのですが)は今回初めて日本食堂で食べる事になりました。

こういう場所でメニューの頭に「食堂車の」とか「駅食堂の」とか頭についてくるとなんだか食べたくなるから不思議です。

因みに私の場合、食堂車という所で飯を食べた経験は生憎ありません。

東北新幹線で大晦日の最終で帰省した折にそこのビュッフェでカレーライスを食ったくらいです。

あの頃は末期的と言いますか「メニューがカレーライス、ラーメン、うな重」の3つしかなく、しかも当時の相場から見ても無闇に高い。

 しかも立ち食いで「後ろの順番待ちを気にしながら早々にかっ込む」といった按配で「グルメ」と言う言葉からは14万8千光年くらいは遠い所にある食事でありました。

味なんかは推して知るべしです。

そんな痛い目にあっていながら「本格的な食堂車の料理が食える」というのはそれなりに好奇心をかきたてられました。
IMG_0992-photo.jpg

 注文したのは「スパゲッティベロネーズ」と称する「とんかつの乗ったスパゲッティ」
 食堂車と言うよりも、むかしのデパートの最上階にでもありそうな感じのメニューです。

さっそく喫食

 カツは衣がバリバリしていて肉は薄く(商品としてのカツは衣が厚いのが常識だったw)、パスタに掛かるソースはこれまた異様なほど薄味で具が全くなし。

 平たく言えば「まずい」の1語なのですが、今回ばかりは「このまずさが懐かしい!!」

 正直言いまして食堂で大枚はたいて「まずくてうれしかった」と言う経験を初めて味わいました。
 まさに昭和40年代のテイストがバリバリです。

 私の子供の頃なんかはこういうメニューに随分と憧れたものです。
 これと同じものを家で出されたら怒り狂うこと必至と思うのですが、食堂車でこれが出たら結構嬉しそうに食べていたのではないでしょうか。


IMG_1309-photo.jpg
 それと賄い丼セットと言う奴も頼んでいました。
 こちらがまた「ご飯の上にミートソースがかかり、更にメンチカツと温泉卵が載っている」という量の割に無闇にカロリーの高そうな代物です。

 これを食べていて「大いなる驀進」の中原ひとみや「特急にっぽん」のフランキー堺とかもこういうのを食べていたのかとか妙な事を考えたりします(笑)
IMG_1308-photo.jpg
 最初、プリクラかと思いましたが3DSのゲームのアイテムをダウンロードするものらしいです。
 博物館に来るときに使ったニューシャトルのSUICAに記録された改札記録に反応するものらしいというのがおもしろそうだったのでやってみたら出てきたのはレシートが一枚。これを使うには更にゲームソフトを買わなければならないと聞いて一気に萎えます。
 うちの子供は3DSを持ってはいますが、これのためにソフトをわざわざ新調するほどでもないので結局無駄になりました(汗)
IMG_1311-photo.jpg
 帰途の大宮駅前広場にて
 こじゃれたモニュメントですが東北新幹線の開業一番列車の車輪だそうです。
 余った車輪を使ってレイアウトの駅前広場にこういうのも良いかもしれません。
光山鉄道管理局
 HPです。

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posted by 光山市交通局 at 06:00| 岩手 ☁| Comment(2) | 旅行・探訪・イベントなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新幹線のビュッフェと言いますと、うちの祖母が開業間もない東海道新幹線で体験したこの話が「なぜ新幹線のビュッフェが無くなったのか?」に関する分かりやすい答えです。

祖母曰く、
「面白そうなので食べてみようと思ったら混んでいたので空くのを待っていたら、『目的地に先についてしまった』w」

…最長の開業当時「こだま」の東京-新大阪間ぶっ続けで5時間程度。(1年後にダイヤ改正で4時間に短縮)
これなら時間を調節して乗る前に早めに食べるか、我慢して降りた後でゆっくり食べた方が楽ですよねw
Posted by レサレサ at 2017年01月29日 00:43
>レサレサさん

 列車の中に食堂があるというのは私にとっては結構な憧れでしたがその割に食べる機会は殆ど無かったですね。盛岡〜上野間を結んでいた485系時代の「やまびこ」なんかは片道6時間強でしたからいくらでも食べるチャンスはあった筈なのですが。 

 やはり親の方が高い遅い不味いの実態を知っていたという事でしょうか。

 時代は下がり東北新幹線の200系が二階建て車を連結していた頃は食堂車の代わりに「一階に弁当屋があった」時期があります。
 こちらはこちらで「何も新幹線の車内にコンビニを作らなくても・・・」と言う印象でした。

食堂車と言うのとは少し違いますが、富士急行では富士登山電車だったかで乗客にスイーツのフルコースを振る舞う(但し完全予約制)のがあるのだそうです。
 車内にカウンターもありますし、こういうのが現代風の食堂車「のような物」の姿かもしれないですね。
 これだったらどうにか乗れそうなので近いうちにやってみたいものだと思います。
Posted by 光山市交通局 at 2017年01月29日 22:55
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