2019年01月30日

趣味の原点を振り返る番外編「TOMIXの113系」

 趣味の中断前に入線させていたNモデルのはなし、今回はTOMIXの初代113系を取り上げます。
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 1976年のTOMIXの登場が私のホビーライフに大きな衝撃を与えた事は折に触れて書いていますが、TOMIXブランドとなって最初の国産動力車を入手するのはそれから2年位間が開きました。
 横須賀色の113系4両編成がそれです。
 この種の近郊型電車はGMが既に111系を出していたのですが当時は動力車なし(トレーラーに関水金属の103系動力車をコンバートする様な仕様になっていましたが、これをやると103系の動力車の分コストがかさむので学生の身分の私には決断できませんでした)
 最初から動力車を揃え、GMと仕様や形式が被らないTOMIXの113系はそれだけで十分魅力的だったのです。

 価格こそ関水よりやや高めでしたが最短で4連で組みあがるお手軽さもあって当時の私の小遣いを1年くらい貯めればどうにか買えましたから飛びつくのも当然と言えば言えます(笑)
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 さてこの113系、動力も当然TOMIXのオリジナルの物が搭載されていましたが、これがウォームギアの代わりにスプリングを使うという今見てもかなり斬新なものでした。
 初めて専門誌でこの事を知った時にはそのアイデアがコロンブスの卵の様に見えたものです。
 走行させてみると確かに関水とは異なるジージーしたノイズや、何となくとろくさい加速に個性を感じたものですが特急車でもない電車としては性能面ではこれで十分以上でした。
(当時は関水の153系とペアで走らせることが多かったですからその印象の違いを感じる機会も多かったのです)
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 個性と言えばたしかこの動力ユニット、TVやラジオのノイズ対策として動力内にノイズ除去の抵抗パーツを組み込んでいた最初のモデルだったと思います。
 今でもGMの中古動力(エンドウのOEM品)なんかをばらしてみると似た様なパーツが転がり出る事があります。デジタル時代の今では特になくても困らないらしいですが)

 因みにGMもこれと前後して専用の動力ユニットをリリースしましたがこちらはよりコンベンショナルなウォームギア仕様でした。30年後にこの動力を入手(恥)して走らせたのですが組みつけ精度の関係からかTOMIXのそれよりもガサツな印象です。
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造形は流石に関水並みという訳には行きませんでしたが(特にサッシと車体の隙間の大きさや「日」の字に見えるサッシ造形に煮詰めの甘さを感じたのも確かです)それでも前面の造形は十分に横須賀色の電車らしく見えて満足感も非常に高かったものです。
当時は買えませんでしたがラインナップに入っていたサロ113は床下造形のパイピング表現が自慢で広告写真でもでかでかとサロの床下のどアップが掲載されていたほどです。
ずっと後、中古でこのサロを入手した時真っ先に見たのが床下だったという思い出がありますからあの広告のインパクトは当時の私にもよく刷り込まれていたと見えます。

 そんな訳で趣味が中断する直前までこの113系と関水の153系が襖レイアウトの主力機種として君臨していました。
 (それはそうでしょう。他にはキハ82系の中間車と組み合わされたクハ181とかプロポーションの差が激しいエンドウのEF58が牽引する関水の20系ブルトレ位しかなかったのですから)

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2019年01月18日

趣味の原点を振り返る 番外編「関水金属の153系」

昭和50年頃を境に関水金属のNゲージラインナップは急速に充実しました。
 キハ82系を皮切りに、タキ3000、DD13、181系と質的な向上も含めての充実ですから当時のNゲージャーのトキメキたるや想像するに余りあります。


 今回はそれらの中から153系急行形電車を。

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 こちらも昭和50年頃の関水金属のカタログで予告されていたものでしたが、その時のラインナップはクハ153、モハ152、サロ153、サハシ152の4種。
 前の181系の時もそうだったのですが当時は動力車の2Mの組み合わせを再現するという配慮はほとんどなかったことが伺われます。


 実際の製品化はそれから3年後でしたが、上記の4機種に加えてモハ153が追加されており実物と同様の組み合わせの編成が可能になっていました。
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 実を言いますとこの153系は私が親に買ってもらった唯一の編成ものでした。
 誕生プレゼントとして6連バラ買いでしたが、サロもサシもある始めての編成ものだっただけに非常に嬉しかったものです。
 実はこの153系、現在も続いている「ブックケース」仕様が登場した初めての製品でもありましたがケース自体が高価に感じましたし、まさかこのケースが30年以上も続く定番アイテムになるとは思いませんでしたから手を出しませんでした。
 今ではこのサイズが事実上Nゲージのブックサイズケースのスタンダードになったのですから大した発明ではあります。


 キハ82系以来新世代のユニットになった動力は性能に更に磨きがかかりキハ20系の頃とは雲泥の差のスムーズさに感じられたものです。
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 そして153系と言うと忘れられないのが「新快速色」
 当時の私にはまさに「シティ電車」のイメージの具現化みたいなカラーリングにはしびれたもの・・・でしたが当時は買う事ができず、30年くらいしてから当時モノのKATOの中古を入線させた思い出があります。

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2018年12月22日

趣味の原点を振り返る番外編 関水金属の181系

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先日、昔のTMSを読み返していたら関水金属の181系の新発売の広告で手が止まりました。
関水の181系といえば同社初の特急形電車のモデル化で当時のNゲージャーの誰もが待ち望んだ模型だったと思います。かく言う私もそうでした。
この趣味を始めた直後、初めて買った関水のカタログにあった181系の予告には心ときめいたものです。
(とはいえ「Nゲージではまだ181系も模型化していなかったのか」というショックも大きかったです。何しろ当時の16番は181系の完成品は2社競作でしたし157系や581系まで製品化していましたから)
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当時の予告ではクロハ181を筆頭にモハ181、サロ181、モハシ180、クハ181というラインナップでした。特にパーラーカーと呼ばれるクロハのラインナップには期待が大きかったものです。

ワクワクしながら待つ事2年、ようやく181系がリリースされたのは私が中学の頃でしたか。ところが蓋を開けてみれば出たのはクハ181、モハ181、サハ180、サロ181。
前のカタログで出ていなかったモロ181が加わった位で肝心のパーラーカーも食堂車も出てこなかったのです。これにはがっかりしたのなんのって。
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結局買ったのはクハ181を2両。中間車はすでに出ていたキハ82系でごまかす形で運用を始めたわけです。こちらは動力車がキシでしたから食堂車を組み込む編成だけは実現できたわけです(181系と82系では断面の形状が異なるのでよく見れば違和感はあるのですが)

製品化されたクハは運転席上のヘッドライトが付いておらず、後付けのパーツで取り付ける様になっていました。この事から181系のモデルといってもあくまで製品化時点の181系の再現を念頭に置いたモデル化だったのでしょう。ですがラインナップに不満点はありましたがモデル自体の出来は当時としては勿論フォルムを取れば今のモデルと殆ど遜色ない造形がされていたのは流石でした。
トレーラーの台車の転がりも実にスムーズ。台車の転がりの良さはKATOの伝統と言っていいくらいで初めて買った20系客車の時からの美点と言えます。

ですがクロハが出なかったストレスは私だけではなかった様でこの時期の専門誌では既存モデルを使ってクロハを作る記事なんかが出ていたものです。
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実際に関水がクロハを出したのはそれから十数年くらいかかりましたか。
当時は私は趣味が中断中だったのですがそれでもクロハが出たことを知ったときにはひとかたならぬ感慨を感じたものです。
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実際にクロハの入った編成が手に入ったのはさらに10年後、趣味を再開してから3年目くらいでしたか帰省の折に故郷の中古ショップに「しおじ」の11両編成を見つけて入線させました。この趣味に入ってから23年目のリベンジと言えます。
それから更に経って異様なほどの格安でレジェンドコレクション仕様のフル編成、つまりクロ151を含めた151系が入線し当時の夢がより完全な形で叶いました。

何事も待ってみるものです。

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2018年12月18日

趣味の原点を振り返る56 TMSの定期購読を始めた頃

先日の水野良太郎氏の死去に伴い、氏がTMSに掲載していた漫画を通しで読んでみようと思い立ったのですが、その過程で過去購読していたTMSに欠けが何冊かあるのに気付きました。
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欠けが出ていた号を確認してみると、以前紹介した「TMSを模型屋さんで買っていた時期」の号ばかりです。
思えば無理もない話ですが本職の本屋さんでもない、それも地方の模型屋さんで専門誌がコンスタントに入荷する事は期待薄です。
事実、あの頃は毎月模型屋さんに通っていても最新号が入荷しているとは限りませんでしたし、入荷数が少なければ先に誰かに買われる可能性も高いわけです。
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この趣味を始めた昭和50年頃から52年頃までのTMSはかなり不安定な購入情況でした(その一方で創刊間もない「とれいん」は大きな書店なら毎月入荷していました)

この状況が2年ほど続き、それなりにストレスを感じ始めた辺りで「地元の書店に定期購読の申し込みをする」事を思いつきました。
当時の乏しい小遣いで毎月500円の定期出費は痛いのですが、一方でそれだけの情報や記事にコンスタントに触れられるメリットが大きかったのも確かです。

定期購読で初めて入手したのは確か昭和53年の新年号だったと記憶しています。
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以来、住所が変わってもTMSの定期購読は続けていますがその結果、我ながら不思議なことに途中の20年の中断期間もTMSだけは読んでいるという珍現象を経験する事になります。

前述の水野良太郎氏も著書の中で「雑誌を読むだけの鉄道模型ファンがもっといてもいいのではないか?」といった意味のことを書いていた事がありましたがまさにそれを地で行っていたことになります(汗)

ただ、20年の中断期間に専門誌で知識や情報だけは補充していた事が再開後に大いに役立ったのも確かです。
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2018年10月31日

趣味の原点を振り返る55 メルクリンミニクラブに嫉妬した頃(汗)

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この趣味を始めた頃の話ですが、あの当時メーカーのカタログ以上に役に立ったのは模型とラジオの別冊、工作ガイドブック(75年度版)でした(写真は翌年に買った77年度版です)
前にも書きましたが、この本は鉄道模型のみならずプラモや電子工作、RCやUコン、果ては参考文献に至るまで模型系のホビーを網羅した総合カタログでして、巻頭には通販の注文書までついてくるという親切設計(笑)

ですからそのゴージャス感たるや半端なものではなかったものです。

が、今回の主題はそこではありません。

鉄道模型についてはHO(16番)、N、ライブスチームも掲載されていましたが、そこで一際異彩を放っていたのがメルクリンミニクラブ。
つまりZゲージだった訳です。

この当時はNに参入していたのは関水金属とトミーの2社だけ(GMは存在していましたが春先の出版である工作ガイドブックには間に合いませんでした。また、学研が新幹線を投入するのはこの年の秋頃です)その2社ですら合わせても機関車が6種類、客車が20系とオハ31系のみ電車は103系だけという状態。

ましてや線路システムは「とりあえず線路もありますよ」といった程度のラインナップ、日本風の建物などは夢のまた夢という状況だった訳です。
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(科学教材社「工作ガイドブック77年版」473〜475Pより画像引用)
それが本書に取り上げられたミニクラブのラインアップときたら、蒸気、電気、ディーゼル取り混ぜた機関車だけでも7、8種。客車も少なくとも3、4編成が組める位揃えていましたし、貨車に至ってはこの時点で「操重車や日本形のシキに相当する大物車までラインナップされていた」のです。

しかもそのラインアップには実に隙がない。蒸気は小型タンク機を筆頭に亜幹線テンダー機、幹線級の大型機が揃い、客車も古典二軸からローカル客車が2種類にTEE級の特急車までそろっています。このラインナップのセレクトが非常にツボを押さえた物であった事は一目でわかりました。おそらくミニクラブの当時のラインナップなら当時の西ドイツの鉄道風景の7割がたが最低限のラインナップで再現できたのではないかと思います。
当時のNゲージにスハ43系や35系がなかったり、DE10やC58と言ったあらゆるレイアウトに必要な機種がなかったことを考えるとこれはすごい事です。

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(同上、476〜477Pより引用)
車両でさえそうなのですから線路に至っては通常型に加えてカーブポイントまでありましたし、建物類は「駅舎だけで都会風と田舎風の2種類」あったうえに機関庫や信号所は言うに及ばず一般建物も住宅とビルの2種類が出ていました。
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(同上 480〜481Pより引用)
特に巧みさを感じるのがその住宅類で、2階建ての家は平屋にも変更可能。ビルの屋上上屋も外して単独の家に使えるという優れものでした。
しかもこの時点で建物用の照明ユニットはもとより街灯までもが複数ラインナップされていたのです。

さらにレイアウト工作を容易にするプレイマットも用意され、基本セットから大レイアウトまでのステップアップも非常に容易(ただしお金があればw)なシステム性を誇りました。

この時点ですらメルクリンのZゲージはそのラインナップやシステム性から言って、当時の日本型のNゲージの二歩も三歩も先をいっていたのです。

後にこのコンセプトに倣ったと思われるTOMIXが登場する訳ですが、そのTOMIXですら75年当時のミニクラブ並みの水準になるまで20年近くかかったと思います。
(カーブポイントが登場するまでという基準ですが)

それを見ていましたから、私にとってはZゲージというのはNの後発というイメージはごく薄く、むしろ当時のNゲージが目指すべき目標と映りました。

翻って、ここ10年ほどの間に登場している日本型のZゲージですがミニクラブに比べてまだまだ感が非常に大きいと感じます。やっている事がどれもこれも現行のNゲージの後追いばかり。優れたお手本があったのに、何故ミニクラブからもっと学ばなかったのか不思議でなりません。

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2018年10月05日

趣味の原点を振り返る54・TMSが模型屋さんで買えた頃

 今回のネタは「テツドウモケイがデパートで買えた頃」の姉妹編みたいなものです。

 昭和50年当時、鉄道模型の記事が載っている雑誌の中で普通に本屋で買えたのはまず「模型とラジオ」次いで「子供の科学」でした。
 あとは当時創刊したばかりの「とれいん」が大きな書店に並び始めた位でしょうか。

 つまりあの当時鉄道模型の専門誌である「鉄道模型趣味」(略称TMS、以下同)を置いている書店と言うものが故郷になかったのです。
 他誌などで「高級趣味誌」とか書かれていましたから雑誌の存在自体は知っていたのですが、本屋さんに並ばないせいで実物を見かける機会と言うものが殆どなかったわけです。

 ですからこの趣味を初めて最初の1年くらいはTMSを見たり買ったりすることはありませんでした。
 それが変わったのは翌年の正月に故郷のとある模型屋さんを覗いた時でした。
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 そこは当時はどこにでもあった市井の模型屋さんでプラモデルやミニカー、モデルガンなども扱う「模型のデパート」的な存在で鉄道模型もNゲージを中心に(これは実は当時非常に珍しい事でした。大概の店ではまだまだ16番が幅を利かせていましたから)いろいろ置いてありました。
 最初の頃はNゲージの線路やら車両やらをたまに買いにゆく程度(当時の私の懐具合から言って年に3,4回行ければいい方でしたか)だったのですが、この時は他のジャンルも見て回るつもりで店内をぐるりと回ってみたのです。
 すると店内の奥まった一角にガラス張りの書棚があり、モデルガン専門誌などと並んでTMS誌が置いてあるのを発見しました。
 しかも最新号だけでなく、過去1年半分くらいのバックナンバーも付いて。

 当時はまさか模型屋さんに雑誌が置いてあるとは思わなかったので意外に思うとともに、初めてのTMS誌を手にできた喜びにずいぶんと舞い上がったものです。
 「高級趣味誌」と呼ばれていただけあって小学生や中学生にはやや敷居の高い文体と専門用語だったと思いますが、写真でみるレイアウトや車両の作例記事はそれだけでこの世界の広がりの豊かさを実感させてくれるものでした。
 そうなると最新号だけで満足できるわけがない。
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 この趣味の二年目はその半分位がその店に通って「TMSのバックナンバーを揃える事」に費やされた記憶があります(笑)
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 今思い出しましたが、「陸蒸気からひかりまで」もここで買った記憶があります。

 模型そのものに触れなくてもこうした雑誌を見られる事でかなり渇が癒されたと同時に模型屋さんだけではわからない工作や最新事情などの情報が得られた事も実に大きかったと思います。
 実際当時はTMSだけが唯一の専門誌でしたから、ビギナーからベテランまでに対応すると同時に、Nゲージからライブスチームまでの幅広いジャンルを扱っていました。
 ですから意外と年少者や素人にも取りつきやすく、且つ総合誌として視野をかなり広げてくれる存在でもありました。
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 結局、ここで購入したバックナンバーは20冊近くになりましたか。
 3年目くらいになるとそのTMSもぼつぼつ書店の店頭でも買えるようになり上述の渇や不便さはかなり解消されました。
 これにはおそらく、TOMIXの登場と普及に伴うビギナーの増加がかなり影響していたのではないかと思います。

 それとともに(実家から遠かった事もあって)この模型屋さんへの足も遠のき、やがて現住地への引っ越しなどで30年位そこを覗く事はありませんでした。

 一昨年あたりに車で帰省した折にそのことが思い出されたので久しぶりに覗きに行ったのですが、模型店はその場所に依然としてあったものの「モデルガンとミリタリーギア」に軸足が移ってしまっていて店の構え以外に当時を偲ばせるものは残っていませんでした。
 (当然客筋もサバゲ系)
 

 これ、店そのものが無くなっている事よりも衝撃的だったりします(大汗)

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2018年10月02日

趣味の原点を振り返る 番外編 関水金属のキハ82系

 久しぶりに趣味の中断前に入線していた大昔のNゲージモデルの思い出ばなしをば。

  現在でこそNゲージの車両は細密度バリバリ、プロポーションも実車にかなり近い物になっては来ていますが、私がこの趣味を始めた1975(昭和50)年前後の時期は関水金属、トミーナインスケールの何れもが割合に大雑把な造形なものでした。
 今の目で見ればそのラフさもそこそこ「味のひとつ」として楽しめる時もあるのですが、全体でみると当時の16番辺りに比べるとややオモチャ臭く見える面もあったものです。
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 Nゲージの車両モデルがはっきりと16番にも対抗しうる造形と走行性を身に着け始めたのはこの年の初めに関水がリリースした「キハ82系」以降からだったと記憶しています。

 モデルとしてのクオリティについては後述しますが、あの当時「初めて製品化された特急色の編成」と言うインパクトはかなり大きかったと見えて、意外と普及したモデルでもあったと思います。
 尤も、大概のユーザーにとっては本命は181系電車だったと思いますが、字際にこれが製品化されるのは2年後でした。当時はNの新製品のペースは非常に遅かったですからいつ出るかわからない181系を待ちきれない層が結構飛びついていたのではないかと。

 実は私もその一人でしたが当時の懐事情が編成での購入を許してくれない。
 なので最初は一番安いキハ80、キロ80からはじめ、動力車のキシ80、最後に先頭車のキハ82と順番に買い揃えたものです。
 先頭車を最後にしたのは「先に先頭車を買ったらそこで満足して妥協してしまいそうだったから」なのですがある事情もあってキハ82は1両買ったのみ。

 というのは学生の小遣いで1両づつ1年半くらいかけて増備していたのですが、残り1両と言う段になって関水が遂に(ようやく)181系電車のリリースを発表したのです。
 そんな訳でキハ82系の増備は一時中断、181系をどう増備しようかと方向が変わってしまいました。
 その181系ですが購入したのは結局クハ181が2両のみ。

 つまり「181系の中間車にキハ82系が転用されてしまった」のです。
 こんなバカ真似、当時の貧乏学生ゆえの面もあるのですが、もうひとつ「そんな事をやっても文句をつける奴がいなかった」と言うおおらかな環境があってこそでもあります。
 今、クハ181とキハ82系の中間車の組み合わせ編成を東京辺りのレンタルレイアウトなんかに持って行ったらどんな目でみられる事か。

 実際は181系とキハ82系とでは車体の断面が異なる(キハ82系はやや下膨れの形状です)のでよく見るとちぐはぐなのがわかるのですが当時のお座敷運転レベル(この頃になるとようやくTOMIXの線路でエンドレスが組める様にはなっていました)では意外と目立ちませんでした。
 ついでに「パンタグラフを積んだ車両が1両もない」のにそれを学校の文化祭に持って行っても誰も気が付かなかったなんて経験もw

 と私のホビー史の中の一種の黒歴史を担う存在がこのキハ82系だった訳です。
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 それを離れて見る場合、このキハ82系はそれまでのNゲージ車両になかった端正な造形とプロポーションでバージョンアップ感を感じさせたものです。
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 キシ80に積まれた動力もそれまでの103系用やキハ20系用のそれに比べてはるかに洗練されており、走行性も「特急らしい」スムーズさを見せました。

 更にこのキハ82から関水は以後の新車全てを「別売りの室内灯対応」にしたという意味でもエポックメイキングでした。
 (ついでに前照灯も別売り組み込みでしたが、さすがにこれは阿漕に見えたのか、以後のある時期から新車モデルはヘッドライトだけは標準装備になりました。
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 特急車ゆえの華やかさも含めて関水のキハ82系はNゲージそのものの未来と魅力を示した存在だったと思います。
 (でも、当時ワイドバリエーションを誇っていた16番ではキハ82は既に出ており、関水のNが出た直後位にキハ181系を製品化しているのですが)
 例によって当時のキハ82系は趣味の中断中に親類に譲渡してしまったのですが、再開後に当時モノのセットの出物を見つけ、現在はそれを使っています。

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2018年09月11日

とあるショッピングモールの閉店に思うこと

 趣味の原点を振り返る・今回はこの趣味の再開に伴う思い出のはなしから
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 うちの近所のショッピングモールのひとつが20年の営業期間を経て、先日閉店しました。 
 私の所では中心街が空洞化するくらいに郊外型のショッピングモールが多い所なのですが、近年はその郊外店同士の競合による閉店が相次いでおり一種戦国時代の様相を呈していた所でした。

 ですが、この店は私も所属しているクラブのメイン運転会場としても20年以上の付き合いのある所だっただけに感慨もひとしおです。
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 私がこの趣味を再開する数年前から、ここを会場とした運転会が催されておりそれを客として見ているうちにモジュールレイアウトの魅力を認識させてくれた事。
 更には私自身がこのクラブに入会するきっかけとなったのもこの店での運転会でした。

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 もちろん初めて作ったモジュールを持ち込んだのもここでしたし、これまで作ってきた歴代のモジュールのお披露目も大抵はこのショッピングモールでの運転会だった訳です。

 それ以後も最盛期には年に3回くらい、店の駅弁大会と併設する形で催される運転会は「大人の文化祭」を思わせるホビーの展示会の様相でした。
 仕事などの都合で私が運転に参加できるのは土曜日の夜のことが多かったのですが、客の途切れる合間にメンバーが己の趣味に走った編成を走らせるのを眺めたり自分でも走らせたりするのが楽しみのひとつだったのが思い出されます。
 又メンバーそれぞれの拘りのある編成や車両の持ち込み、リクエストによって走る人気編成の連なりなどを見る事はそれ自体が大きな刺激でした。運転会はそういう意味でもメンバー間や一般ギャラリーとの交流の場として大きな意味を持っていた訳です。

 開催前夜の設営、終了時の撤収では各メンバーの連携のもと短時間でモジュールを組み上げ、またばらして積み込むノウハウを得る上で随分と鍛えさせて頂いた気がします。

 そんなこんなで気が付いたら私が加入してからですら、もう10年近い付き合いだった事になります。
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 それだけでなく子供さんの多いギャラリー向けに体験運転用のレイアウトを作るメンバーがいたり、トレインビューのカメラを搭載した車両を持ち込んで映像でアピールするメンバーもいたりと「外に開かれた鉄道模型趣味の意味」を各メンバーが共有するきっかけになっていたのも定期的に同じ店で運転会が出来ていたが故にギャラリーからのフィードバックが得やすかった事が大きく影響していたと思います。
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 逆に鉄道模型そのものを知らなかった一般の方々にクラブの活動を通して鉄道模型の魅力をアピールする場としてここでの運転会が機能していた事で手前味噌でなく、実際これをきっかけにクラブに加入したり、鉄道模型の趣味を始めた人は多かったと思います。
 今年の初め辺りから親会社の事業整理の影響でここが閉店する事は判っていたのですが、それにしても残念な気持ちがするのは否めません。

 もちろんクラブの運転会はここ以外にもあちこちの会場で行われていますが、ここのショッピングモールの思い出とそこで得られたことは私の中でどっかりと腰を下ろしたまま続いてゆく物と思います。

 閉店に際して何か纏まった文を書こうと思ったのですが、思い出される事が多すぎて上手く纏められませんでした。乱筆乱文はお許しください。

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2018年08月07日

趣味の原点を振り返る 番外編 関水金属のD51

趣味の中断前に入線していた大昔のNゲージモデルの思い出から。

今回は関水金属のD51です
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このモデルはSLブーム真っ只中の昭和48年にリリースされたものです。
あの当時の「デゴイチ人気」たるや相当なものでして、蒸気機関車がなんだかわからない人でもデゴイチだけは知っているというくらいのステイタスでした。
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実際、1000両以上製造されたこともあって日本中D51を見ないところはない(大型機が入りにくい四国にまで入線していました)勢いでしたし、その「偉大なる凡庸」ぶりゆえに全国区の人気に繋がっていた面もあったと思います。
スター級の名機はいくつかありますが普及度の高さで人気を得たケースはそうなかったのではないでしょうか。例えて言うなら「カローラやハイゼットがアイドルになった」様なものでしょうか。

そしてそのタイミングで関水金属D51をリリースした事は長い目で見てもNゲージの普及に果たした役割は大きかったと思います。

 そのD51、この趣味に入って3年目くらいに入線しています。
 その入手経路というのが「誕生日のプレゼント」
 このブログで何度か取り上げている機関士だった親類の伯父さんから頂いたものです。
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 確か同じ関水のトキ15000も2両ばかり付けて頂いたものです。
 あの頃は「誕生プレゼントに鉄道模型」というのは結構なステイタスでしたがあの頃でも日本型の機関車の中でD51はかなり高額な部類でしたから非常に嬉しかったものです。

 このD51が最も活躍したのは毎年大晦日の年越し運転。
 トキの荷台に縁起物のグッズなどを組み込んで年が変わる直前から年をまたいで走らせるというのが趣味の中断まで恒例になっていました。
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 上の写真は趣味の再開後にC50で当時の編成を再現したものですがおおむねこんなノリで走らせておりました。

 模型としてのD51ですが走行性はそれまでの日本型Nゲージの中ではダントツに良かった記憶があります。スローこそ苦手でしたが加速のスムーズさや安定した巡航性能は流石関水のフラッグシップの風格が感じられたものです。
 ただ、当時モノのD51の中古は趣味の再開後に何両か入線しているのですがモーターマウントのがたつきなどで自走不能になっている個体が結構あります(モーター単体は回るのにギアがかみ合う瞬間にモーターが後方にずれてきちんと伝達しない)
 どうかすると店頭でのっけから「これは走りません」なんてタグの付いた奴にまで当たったりする事もあります。


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2018年07月27日

趣味の原点を振り返る番外編・関水金属のコキ10000

 趣味の中断前に入線していた大昔のNゲージモデルの思い出から。
DSCN9897-1.jpg
 最初に入線させていた機関車がEF65だった事と、現実に入手できたのが事実上それしかなかったという事もあるのですが、最初に入線させたボギー貨車は関水金属のコキ10000とコキフ10000でした。
 当時も今もコンテナ貨車の単一編成と言うのは鉄道模型ファンの憧れのひとつではないかと思います。

 今でこそコンテナ貨車でコンテナ交換と言うのは当たり前になっていますが、私がこの趣味に入った当時はわざわざカタログに「冷凍コンテナ」と書かれていたように「4個か5個のコンテナが一続きになった仕様」しかありませんでした。
 しかも普通の緑色と冷凍用が全部同じ色なので編成美と言う点ではよかったもののオムニバスの楽しみは殆どなかったのです。
 (この時期のTMSで一体パーツのコンテナを分割し、磁石か何かでバラ積み状態を再現させる試みが掲載されていました)
DSCN9900-1.jpg
 最初に買ったのは冷凍コンテナの仕様でした。あの頃は白いコンテナに何かスペシャル感の様なものを感じていたのが理由でしたが。

 それでもコンテナ列車を何両か購入しEF65やED75に牽引させるのは運転する側としては楽しみのひとつではありました。
 (最大でも5,6両、しかもどうかするとナインスケールのコム1まで併結されていたりしてw)
DSCN9895-1.jpgDSCN9898-1.jpg
 1両500円と言うお値段も、貧乏ファンには大いに助かりましたし。

 今では運転会やレンタルレイアウトで見かける貨物列車はコキだけでも10両以上、どうかすると20,30当たり前の世界。搭載されるコンテナも1両一両が異なるバラエティを持ち「鉄道むすめのコンテナ」なんてのや「TOMY75周年コンテナ」なんてのまでありますから隔世の感が著しい。
 困った事にあの頃のコキは実車よりも短めの長さなので現行の貨車との併結が様にならないという弱点があり当時物の貨車によるメモリアル列車程度しか出番がないのが惜しまれます。それも自宅レベルの運転会で。


 同時期には高速有蓋車のワキ10000も買いましたが、何分こちらの方は見た目のなじみが薄かったので彩り程度に併結するにとどまるレベルでした。スニ40もありましたがカタログ上ではワキの隣のページでしたから長い事「スニ40は貨車」と思っていたりして。
 (形状は貨車そのものであり、単に分類上の違い程度だったらしいですが)

 当時東北本線で良く見かけたボギー有蓋車はワキはワキでも茶色の5000の方でした。目にする事が多かったのはワム80000を拡大した様なパン屋根の仕様で、当時は2両位買った記憶があります。
 後に関水が出した丸屋根仕様は何となく「ワキ10000の色替え」みたいな安直さを感じてしまいあまり手を出さなかった記憶があります。

 ボギー貨車が連続する長編成はNゲージならではの魅力を感じさせます。東北本線も今では「EH500が牽引するコンテナ列車」が一番の見どころになってしまいましたし。
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2018年07月13日

趣味の原点を振り返る番外編・学研の583系

趣味の中断前に入線していた大昔のNゲージモデルの思い出から。
IMG_6152.JPG
Nゲージのモデルで最初に製品化された特急車両は関水金属の20系ブルートレインでした。では最初のNゲージ特急電車は?
結構歳の行ったNゲージャーでも「関水金属の181系!」と答える人がいたりするのですが実はこれは不正解。

181系の半年くらい前に学研が出した583系が在来線の特急車両としては最初になります。
実は超特急の0系はこれよりさらに1年早く、これまた学研のリリースでした。

シンカンセンのNゲージの広告を最初に「学研の科学」で初見した時はその意外性に驚いたものの、特に欲しいとは思いませんでした。
あの頃の鉄道ファンやマニアには新幹線に対するアレルギーというか拒絶反応が今以上に強かったですから「誰かが持っていた」なんていう形で目にする事もありませんでしたし。
ですが583系のリリースの時は驚くと同時に心底「これは欲しい!」と思ったものです。

前述の通り関水金属の181系もまだ出ていない矢先に私の故郷の沿線である東北本線を走っていた看板車両のまさかの製品化でしたから。
ですが問題だったのがその価格。トミーは勿論関水金属のそれよりもかなり割高なお値段はどうしても購入を躊躇させられるものがありました。

関水のキハ82系の先頭車が2000円に対しクハネ583は2300円、動力車が3500円だったのに583系のそれは4600円だったのですから子供においそれと手が出せる代物ではありませんでした。あの頃は編成のセット売りなんてありませんでしたから時間をかけて1両1両増やしていくしかなかった訳です。
その年(昭和52年)の夏、第一陣としてクハネを2両入線。
IMG_6196.JPG
線路に載せてまず驚いたのは「ヘッドライトが標準装備だった事」でした。関水のキハ82はごく初期の物を除いてヘッドライトはオプションでしたから。しかもクハネの場合「屋根上のライトまできちんと導光」されていたのがリアルでした(あとから出た関水の181系すら屋根上のライトは点灯しませんでした)

とまあ、そこまでは大いに盛り上がったのですが後に続くべき中間車、特に動力車は高すぎて手が出せないまま時が過ぎ、そのまま趣味の中断期に入ってしまいました。モデルそのものも台車の転がりが悪かったのと関水に比べてラフな造形が祟って当時から評判は芳しくありませんでした。
(当時のTMSの「製品の紹介」の解説を読むと、書き手が多すぎる欠点をオブラートにくるみつつ、どうにかこうにか穏当な表現にしようとしているのが透けて見え、興味深いですがw)
IMG_6195.JPG
件の動力車を含めた「学研の583系」が編成で入線したのは趣味の再開後、2005年頃のことです・
その頃になるとKATOはもとよりTOMIXもHG相当のディテーリングの583系を出していましたから、今更学研のに手を出す人もおらず、動力車ですら1両500円であっさり買えてしまいましたが(笑)
伝達系の不安定さ、走りのがさつさなんかについてはその時初めて実物の印象として知った訳ですが、30年前にこれを体験していたら今私はNゲージを続けていただろうかとふと思います。

ところでこの583系、当時の私のある思い出と密接にリンクしているのですがそれについては次の機会に。
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2018年06月09日

趣味の原点を振り返る番外編 関水金属のDD13

 前回から少々間が空きましたが、趣味の中断前に入線していた大昔のNゲージモデルの思い出から。

 今回紹介するのは関水金属のDD13です。
DSCN6725.jpg
 前回、トミーナインスケールのDD13の話をしたのですが、実はこれが出た時点で関水金属のカタログでも予定品としてDD13は予告されていました。
 但しその時点(昭和50年)ですらリリース時期は未定。いつ出るか分からない状態でしたが、ナインスケールとは顔が異なる後期形のふたつ目がプロトタイプになる事だけは判明していました。

 同じカタログではEF57も予告されていましたが、あの当時子供心でさえ「Nゲージでデッキの付いた(手すりの細かい)車両の模型化は相当に難しいだろうな」というのは想像がつきましたから「まあ、当てにしないで待って見ようか」くらいの気持ちでいたのも確かです。
 (因みに同じカタログに掲載されていた予告品は大概製品化されましたが、既製品だったC62、D51の設計が転用できそうに見えたD52、D62だけは未だに製品化されていません。一体いつ出るんだろう?)

 事実ナインスケールのDD13の手すりの太さと造形のラフさは今でこそ(人によっては)許し難いレベルに見えたかもしれませんが当時は「どうにか許容範囲」「Nゲージにしては頑張った!」という印象でしたから。

 そしてそれから2年後くらい経って当時のTMSやとれいんの広告で181系と同時にDD13が予告された時には「ついに出るか」と思ったものです。
 但しこの時の期待度はそれまでとは打って変わって非常に高い物がありました。
 というのもその前年にモデル化されたタキ3000でそれまでの造形レベルを凌駕する精密さと強度を両立させた手すり廻りの造形を目の当たりにしていたからです。
DSCN9244.jpg
 そして実際にDD13がリリース。
SNShouo71IMG_3814.jpg
 この関水のDD13、あらゆる面でそれまでの関水、あるいはNゲージの造形と明らかに次元の違うモデル化で驚かされました。

 デッキ周りの手すりで手すりどころか「左右のデッキを渡るチェーンまで造形した」なんてのは予想を超えていましたし、全体の造形も極めてかっちり感の強いシャープさ!
 とどめに日本型では(10年以上前の初代EF70以来)久々の「点灯するヘッドライト標準装備!」
 瞬時にナインスケールのDD13を陳腐化させてしまいました。

 あの当時手を加えたくなる所と言ったら「テールランプに赤を刺す」位でした(造形色そのままの手すりだったのにそこに違和感を感じなかったほど造形の凄さに心を奪われていたという事でもあります)

 (尤も、中には関水初の電磁式アンカプラー対応という長続きしなかったギミックもあったのですが)
 走行性も当時のNとしてはなかなかしっかりしたものでこの点でもナインスケールの先行作を軽く凌駕していました(但し物理的なスロー走行だけはナインスケールの方が良かったのですが)

 実際、このDD13を境に以後の関水のモデルは急速に造形のレベルを上げてゆきました。

 ただ、幸いな事に前述の通りナインスケールと関水とは微妙にプロトタイプが異なっていたので同じレイアウトで並立させる時の抵抗は幾分少なかったと思います。当時EF65と並んで「同一形式を2両在籍させていた」のがこのDD13でした。

DSCN1827.jpg
 そのDD13ですがほぼ基本を変えずに長いこと作られ続けただけでなく、私鉄バージョンのバリエーション追加という形で30年近くモデルとしての新鮮さを保ち続けたという点でも名機のひとつと言っていいモデルだったと思います。

 この趣味を再開させてから入線させた中古のDD13は今でも第一線級の活躍をしています。

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2018年04月27日

趣味の原点を振り返る 番外編 「TOMIXのオハ35」から

趣味の原点を振り返る番外編・思い出の車両モデルから。
DSCN5420b.jpg
今回はTOMIXブランド初の客車モデルとなったオハ35系から

前にも書きましたが、私がこの趣味に入った時のNゲージの日本型客車はKATOの20系とオハ31系の2種類しかありませんでした。
実車の世界で20系とオハ31系が揃い踏みするのは結構不自然(ましてやオハ31系は赤帯・青帯時代の代物でした)でもあった上にEF70やED75が牽くのにふさわしい「(当時の)普通の客車」がなかった事もあって「せめて青色のが普通に見られる客車」のリリースは当時から期待されていたと思います。

もちろんこの時点で「GMの板キット」は出始めていたのですが、田舎の模型屋にまでそれが行き渡るのにかなりの時間差があった上に「出来上がりが完成品並みになる保証がない(要するに作り手の私が下手という事)」もあって当時は現実的な選択肢ではなかったのです。

そんな昭和51年の10月、当時のTMSで大々的に「TOMIX」という新システムが発表され当時のファンの度肝を抜きました。
システム化された線路と給電、日本初の「本格的な日本の駅の完成品モデル化」など驚きのポイントはいくつもあったのですがその記事の最後に「TOMIXブランド最初の国産車両モデル」として登場したのが「オハ35」でした。

まさに私たち(と敢えて書きます)が長年待望していた「普通の客車」が登場するというのですから大いに盛り上がったものです(まあ、当時の鉄道模型ファンの層の薄さを考えると盛り上がりと言っても微々たるものですが)
DSCN5421b.jpg
翌年ようやく近所のデパートの店頭にそのオハ35が並んだ時には早速飛びついたものです。

TOMIX登場直後でラインナップの充実と言っても微々たるもの。「オハ35系」と言ってもラインナップはオハ35とオハフ33のふたつ。しかも車体色は青のみというもの。車輪はプラ製で屋根は窓ガラスと一体パーツだったと記憶しています。
DSCN5423b.jpg
それでいて台車の転がりの良さはKATOのそれに匹敵するものでしたしオハフ33の妻面のディテーリング(特に梯子がモールドされていた事)には驚かされ、同時にTOMIXというブランドの行く先がかなり明るい事を予感させるものでした。
とはいえ屋根の端が絞り込まれた仕様は当時の岩手であまり見られなかった(と言うよりあの当時すでに61系やオハ47の天下だった)のでそこだけは違和感を感じざるを得ませんでしたが。
しかしそれなどは「ようやくどんな機関車にも似合う普通の客車が出た!」という喜びの前では実に実に些細な事だったのです。

それ以来オハ35系は当鉄道(ふすま運転w)のスター、偉大なる凡庸として長い事不動の地位を占めるに至ります(笑)
DSCN5421b.jpg
TOMIXのオハ35系はその後も車輪の金属化やぶどう色の追加、色の塗り方などで徐々にバージョンアップを繰り返しながらモデル基本を変えないまま売られ続けるロングセラー車両となりました。私が趣味を再開してからもかなりの数のオハ35系が入線しています。今ではオハ47や10系などとオムニバスしつつ客車の普通列車の彩りのひとつとして大いに頑張っています。

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2018年03月31日

趣味の原点を振り返る番外編 ナインスケールのED75

 趣味の原点を振り返る番外編・思い出の車両モデルから。
DSCN5290b.jpg
 今回はトミーナインスケール時代のED75から。
 この趣味を始めた当時、盛岡の近辺でも実車が見られるNゲージモデルというと先週紹介の20系客車、20系の気動車、そしてED75がありました。

 中でも東北本線の主力機の座を確固とさせていたED75がNゲージでモデル化されていたのは当時の私には朗報でした。あの当時だとブルートレインはもとより普通列車の旧客、コンテナ貨物から一般貨物列車も牽引していましたからEF65以上に応用範囲の広い機関車だったのです。

 そのED75、お値段が3000円弱と関水のEF65よりも安価でしたし、サイズ的にもブルトレまで牽引する機関車と考えるとけっこう小ぶりだったのでお座敷運転でもあまり大袈裟に見えない手頃さのあるモデルでした。

 本機の入線は趣味を始めてから1年ほど経ってからです。その当時は「TOMIX」ブランドが発表された前後の時期に当たりますが、ナインスケール時代のED75の入手は割合楽だったと記憶しています。
DSCN5289b.jpg
 トミーが初めて手掛けた(香港への外注とはいえ)日本型機関車だった事もあってか、初めてモデルを手にとって見た時非常に微妙な気分に陥ったのも確かです。
 ボディの造形では窓ガラスが入っていなかったせいもあって前面窓の金壺眼が非常に目立ちましたし真っ赤なボディもプラ造形色そのまんま。窓周りに色刺ししてある事が取り柄と言えば言えます。
 その一方ででかでかと「日立」と書かれたメーカーズプレートの表現はインパクトはありますが異様でもありました。
「ああ、安いんだから造形がラフでも仕方ないか」というのが当時の私の心境だったりします。
 とはいえ、屋根上機器についてはかなり頑張ったモデル化をやっている印象でしたが。
DSCN5291b.jpg
 走りの方はモータが焼けるような独特のにおいを発しながら、どうにかガラガラと走ってはくれましたが当時の目で見ても決してスムーズとは言えませんでした。
 車体を裏返して見ると台車軸間のギアの露出が多く、一部のリード線の配線が丸見えになっているなど、関水のEF65辺りに比べるといささか洗練を欠く作りでした。

そんな事もあってか、入線当初こそそれなりに活躍したED75でしたが、うちのお座敷運転用の他の機関車が拡充すると出番が急激に減っていきます。
 EF65やDD13のように複数購入して重連運転をしたり、メーカー毎の仕様の違いを楽しんだりとかもしませんでしたし。
 やはり造形に難があったり、動力性能も不安定だったりすると大枚はたいたモデルであっても使わなくなるものですね。写真のモデルは趣味の再開後に補充したジャンク品です。
 ところでこの時期に製造されたED75のモデルは経年劣化に伴い、動力のシャシに当たるダイカストブロックのパーツが異様なほどに変形する事がある様です。私の手持ちではないのですが奥などにたまに出る同年式のモデルの中に修復不可能な位床下機器がひん曲がっている物を散見しますし。
2011-0607-019.jpg
 更にナインスケールがTOMIXに移行した直後にはモータを香港製から日本製に切り替えています。
 こちらは前面窓の色刺しが無かったりボディカラーが実車に近い物になったりしています。

 趣味の再開以後はマイクロやKATOからもED75のモデル化はされましたし、当のTOMIXも2度ほど大規模なリニューアルをして造形、走行性を進化させました。それにともないED75は当鉄道でも結構な大勢力となっています。ですがそれらの原点がナインスケールのED75にあったのは間違いありません。
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2018年03月24日

趣味の原点を振り返る番外編「関水金属の20系ブルートレイン」

 趣味の原点を振り返る番外編・思い出の車両モデルから。

 最初に買ったNゲージの機関車がEF65、その後ナインスケールのED75とかエンドウのEF58とかも増備されましたが、これらの機関車に共通する特徴のひとつに「ブルートレインの牽引機だった」があると思います。

 私がこの趣味を始めた当時、客車と言えば関水金属のオハ31系(前述)と20系ブルートレインの二種類しかなかったのですが、幸いな事に20系は当時「岩手でも見る事ができるほとんど唯一の特急列車」でもありました(と言いますか、北海道を除いて夜行の走る幹線だったらほぼ必ず見られるのがブルートレインだったと思います)
DSCN9538.jpg 
 当時も今も20系で私が再現したかったのは盛岡ー上野間を結び、仙台では貨車まで併結する「北星」でした。牽引機のED75もEF58もNゲージでリリースされていましたから後は客車が揃えば形は整う訳です。

 あの当時関水金属の20系は1両800円。これなら毎月1両程度のペースで編成が揃えられます。
 最初に買ったのはごく普通の「オハネ20」でしたがこれが文字通り(私にとって)野望の第一歩でした(笑)
 その後半年かけて何とか6連を組めるところまで持っていきました(お座敷運転のエンドレスの規模から言ってフル編成なんて無理でしたし)

 あの当時「1両800円で買える特急車両」はビギナーの年少者にとってはとても嬉しい、有難い存在ではあったのです。テールランプやヘッドマークが点灯するなんてのは望むべくもなかったですが赤で色刺しするととても効果的でしたし、当時のTMSのヒントであの頃出たばかりだった「ホワイトマーカー」を使ってHゴムの色刺しをするという記事を見つけて実際にやってみたユーザーも多かったと思います。
 (私も試しましたが、結果は大惨事の出来でした。単純に腕の問題です汗)

 ただ、当時のラインナップでは後尾の車掌車がブルトレで最もポピュラーだったナハネフ22ではなく、寝台でない上に窓周りがまるで違う「ナハフ20」しかなかったのでこの時点で実物通りの編成をあきらめざるを得ませんでしたが。それを言い出せば本来ワサフ8800になる筈の併結用貨車もスニ40で代用するしかありませんでした。

 それでもあの当時私のお座敷運転の花形は「エンドウのEF58が牽引する関水金属の20系」だった訳です。
 後に24系から端を発する「ブルトレブーム」が到来する直前のはなしでした。
DSCN7755.jpg
 それから月日は流れ、
 21世紀になってこの趣味を再開してから中古モデルやジャンク品などで当時モノの20系が増備されてしまう事がよくありました。「増備されてしまう」とは変な書き方ですが、何かの「ジャンクのまとめ品」なんかを入手すると20系のひと編成がその中に入っているというパターンが実に多かったからです。

 そうしたジャンクセットは大概が「かつてのNゲージ少年たち」の払い下げ品みたいなラインナップでしたから昔のNゲージャーの間でかなり普及したモデルである事は間違いありません(もちろん牽引機のEF65もそうですが)

 当初はひたすら溜まる20系(それもカニとナハフが無闇に余る)を前に「さて、どうしたものか」と思いましたが、あの当時なかなかできなかった「切り継ぎでナハネフ22」「車体短縮でマニ20」をやってみようと思い立ち実行してみました。出来はともかくあの頃夢見ていた編成が曲がりなりにも実現した訳です。
 しかもあの頃はできなかった「ほぼフル編成」の長さで。
DSCN7932.jpg
IMG_3142.JPG 
 ワサフ8800の方も趣味の再開直後に切り継ぎで作りましたからかなり正調に近い「北星」の編成が組める事になりました。

 最初に20系を買ってからここまで来るのに30年以上かかりましたが何事もあきらめないものですね(笑)
 
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2018年03月10日

趣味の原点を振り返る番外編「エンドウのEF58」

 趣味の原点を振り返る番外編・思い出の車両モデルから

 昭和53年の初め頃のはなしです。
 何かの用で亡父と名古屋まで行く機会があり生まれて初めて0系の新幹線で西下しました。
 初めてのシンカンセンでそれなりに興奮したのはもちろんですが、思い出としてそれ以上に大きかったのは「名古屋の三越で鉄道模型を買ってもらったこと」
 それも「まだ発売間もないエンドウのEF58だったこと」
でした(笑)
2011-0502-007.jpg
 それまで16番きってのブランドだったエンドウが(レールは前年から出ていましたが)Nゲージに進出したという驚き、まだ出て間もない新製品モデルを入手できた嬉しさが「シンカンセンに乗れた」それを上回ったのです。
 2011-0502-008.jpg
 当時の私の機関車のラインナップではTOMIXのオハ35系(これについては次の機会にでも紹介します)を牽引するのに適当な機関車がありませんでしたし、20系の「北星」の再現には欠かせない機関車がEF58だった事もあって当機の登場はまさに福音でした。
 但し、当時の目から見てもディテーリングはないも同然。車体のプロポーションの造形はよかったものの足回りとの組み合わせは妙に腰高だったのが残念でした。
 一方で動力のタフさは流石16番で鳴らしたエンドウ製。KATOや当時国産動力に切り替え中だったTOMIXのそれに比べるといささかがさつな走行フィールだったものの動力自体の信頼性は高く、ある意味F級旧式機関車らしい豪快さとタフネスを感じさせる走りはそれはそれで好感を持ちました。
 
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 一時期自宅のお座敷運転ではEF65やED75を差し置いてこのEF58が事実上の主力機関車として君臨していたものです。何を牽かせてもそこそこ様になる(さすがにEF65で木製二軸貨車は辛かったですし)のはEF58ならではの人徳といえます。
DSCN7691.jpgDSCN6561.jpg

 趣味の再開後、EF58は「偉大なる凡庸」の綽名に恥じずKATOやTOMIXのモデルが次々に入線しました。
(まあ、その大半が中古なのですが)その中にあって意外な事にエンドウのEF58も徐々に勢力を伸ばし気が付いたら4両ものエンドウ製EF58が在籍しています。
DSCN8486.jpgDSCN8487.jpg
 そのうちの1両などはつい最近新古品と思われるオリジナルのボディを交換して外観のレストアに成功するなんて荒業も使いましたし。

 上述の様に実車への忠実度の点では80年代以降のプラ製モデルとは比べるべくもないのですが、それでも「モケイとしてのキャラクター性」の点ではまだまだ魅力的なモデルです。遠目で見れば意外にいい雰囲気を感じますし、恐らく高すぎる腰を少し落とすだけでも印象はかなり改善できるのではないでしょうか。
(そのかわりボディ一体のエアタンクが台車に干渉して小回りが利かなくなるリスクもあるのですが)

 ブラスボディの質感と印象把握の適切さは今でもそれほど色褪せていませんし、豪快かつ信頼性の高い動力は「いつでも安心して運転できる」という長所につながります(何しろギアの一部が欠けていたりしても豪快な力技で押し切ってしまう様な所すらあります)
DSCN6727.jpg
 この調子で行くとまだこれからもエンドウEF58は増備されるのではないかと言う気もします(とは言っても未入線なのは「青大将」か「無塗装」しか残っていないのですが)

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2018年03月03日

趣味の原点を振り返る番外編「関水金属のオハ31」

 趣味の原点を振り返る番外編・思い出の車両モデルから

 前回まで何両かの「あの頃のNゲージ機関車」を紹介しましたが、それらが効く客車類ときたら1975年当時はブルートレインの20系か日本初の鋼体客車であるオハ31系しか選択肢がありませんでした。
(GMの客車キットは同年に出ていましたが田舎の模型屋さんにまで出回るには時間を要しましたし、CABの10系なんてビギナーには当時は殆ど知られていませんでした)

 ですからC11を入線させた時、これに似合う客車を買うとすれば必然的にオハ31系という事になります。
 あの当時ボギー貨車は大体500円、ナインスケールの2軸貨車は300円だったのに対し客車は「1両800円」と言うのが通り相場でした。
 繰り返して書きますが「食堂のラーメンが一杯180円だった頃の話です」

 編成を組めるほどのボリュームを求めるなら頑張ってもひと月かふた月に1両と言うペースにならざるを得ませんでした。その点でフルラインナップで3種類で済ませられるオハ31系から増備されるのは必然みたいなものでした。
DSCN9434.jpg
 オハ31系は50年前、初の日本型であるC50とペアで登場しました。その後、多少のリニューアルがされましたが基本ほぼ同じ形態のまま現在でも入手が可能なNゲージ最古参モデルとなっています。
 しかもお値段は今でもほぼ当時のまま。日本一身持ちの固いNゲージモデルと言えるかもしれません。
DSCN7069.jpg
 ですが75年当時でもダブルルーフの旧客と言うのは本線上では殆ど見られなくなっていましたから違和感も大きかったのも確かです。牽引機も事実上C11に限定されますし。
「どうしてオハ35とかスハ43とかがないんだ!?」と言うフラストレーションに2年くらい悩まされましたか。

 ですが17M級のサイズは小レイアウトでも使いやすいものですし、オハニ辺りとナインスケールの二軸貨車を組み合わせた混合列車なんてのも割合様になります。そういう意味では意外と使い道の広い客車でした。

 全身にリベットを纏わせたボディもNゲージモデルでは意外と細密に見えますが何より「40年以上前に今でもそこそこ通用する細密感を持ったモデルになっていた事」が驚きです。
 さて、上述のフラストレーションですが2年後位にようやく曲りなりに解消する事になりました。

 それらの客車モデルについては次の機会にでも。
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2018年02月23日

趣味の原点を振り返る番外編「関水金属のC11」

 趣味の原点を振り返る番外編・思い出の車両モデルから
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 今回は関水金属のC11をば。
 EF65、ED75(これについては次の機会に)に続いて小遣いを溜めこんで購入したのは初めての蒸気機関車モデル、関水金属のC11でした。
 4500円と言うお値段は当時の国鉄型SLの中では再安価(こうして見ると「安い順に増備されている」のが丸わかりですね汗)でしたしD51やC62ほど大仰でない点も動機としては大きかったです。

 初めての蒸気機関車と言う感動もあったのですが走りっぷりもEF65よりスムーズでしたし走行に合わせた「ロッドのアクションのもたらす細密感」は「遂に鉄道模型をものした」と言う実感も与えてくれたと思います(笑)

 しばらく経ってから「実は実車よりも間延びしたプロポーション」とか「実測スケールは135分の1前後」とかの情報も入っては来たのですが、そういう部分も「美容整形の一種みたいなもの」と割り切る事ができました。事実実車よりもほっそりスマートな印象を与えるのびやかさが感じられ、モデルとしての好感度は今でも高い機種です。

 とはいえ購入時期の関係からライトが点灯しないのはいいとしても「バック運転に対応したカプラーがなかった」点はこの機関車の持ち味を生かし切れない点でやや不満だったところです。
 (ついでに書くとナンバープレートは「黒いシール」で貼り付けることはできてもシールがめり込みやすく、さらに外枠部分に色刺ししないとナンバープレートに見えないという弱点も持っていました)

 当時のラインナップでは客車のモデルが事実上オハ31系か20系しかなかったのですがその両方に対応できる機関車はこのC11しかありませんでしたから客車編成の先頭に立つ確率も非常に高かったものです。
IMG_0178.JPG
 写真のモデルは趣味の再開直後に万●書店で1両300円と言う驚愕物の価格で入線した中古品です。
 前のユーザーが艶消し処理をボディに施していた事が安かった原因のようですがこの機関車には却ってその方がそれらしかった気がします。

 C11自体はボディ構造は基本的に変えないまま、ヘッドライトの点灯化や重連用カプラーの添付、ロッド類の材質変更などを経て店によっては今でも新車が買えるモデルですが、昨年の「怒涛のC11新製品ラッシュ」以降はあまり注目されなくなっている様子です。

 ですが私個人としてはこれまでの思い出とともに自分の中で大きく居座っている機関車のひとつと言えます。
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2018年02月13日

趣味の原点を振り返る番外編・ナインスケールのDD13

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Nゲージ絡みのおっさんの懐古話から、今回はトミーナインスケールのDD13です。
昭和50年にこの趣味に足を踏み入れた当時日本型のディーゼル機関車はまだ出ていませんでした。
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 何しろあの頃のナインスケールは本来は米国型であるプリマスのディーゼルスイッチャーを国鉄色(それも新旧2タイプ!)に塗り替えて貨物列車の先頭に立たせていた位ですから。
 ですがどんなカラーリングでも見られるプレーンなデザインのせいか国鉄色でも意外に似合う感じがするので私自身はこのタイプは好きです。
 とはいえ私の見覚えのあるディーゼル機関車と言うと大概が凸型の車体に4軸か6軸というのがポピュラーでしたからそういう形式が無かった当時は16番のラインナップが非常に羨ましかったのも確かです。
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 ですがその渇は意外に早く癒されました。
 その年の秋にトミーナインスケールがDD13をリリースしてきたのです。それも色違いの3タイプ。
 特に標準軌仕様の912タイプはほぼ同時期に学研の新幹線が出ていたので意外にタイムリーだったと言えます。
 私のお目当ては当然国鉄色。関水金属のEF65の3500円はおろか同じナインスケールのED75が2900円した頃にこのDD13はなんと2300円と言う国鉄制式機のNゲージモデルとしては異例なほどの安さでした(上述のCタイプディーゼルよりも400円高いだけ)
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 もっとも実際に入線するまでにはさらに半年(要するに私の小遣いが貯まるまでw)かかりましたが。
 このDD13、ナインスケールの中でもかなり凝った動力構造をしていましたがそのせいかNゲージの機関車としては異例なほどスローの効くモデルでした。あの頃の日本型機関車で「人が小走りに走るくらいのスピードで走れる」モデルはこのDD13だけでしたし。ただ、これは元々スローを狙ったというよりもたまたまギアのかみ合わせとモーターのトルクなんかの要因でそうなったという程度の意味だったと思います。
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 当時のうちのお座敷運転で最も活躍したのがこのDD13の牽引する貨物列車でした。造形はラフでしたがナインスケールの二軸貨車との見た目のマッチングも良かったですし、何を牽かせてもそこそこ様になる機関車は当時とても貴重でした。

 何より関水金属のキハ20と組み合わせると「当時は誰でも見ていたローカル線の風景が一丁上がり」となるのがこれまた嬉しかったりもしました。

 写真のモデルは実は5年ほど前に入手した2番目のDD13ですが、走りっぷりやスローの効き具合は殆ど当時私が使っていた個体と同じでした(ついでに暫く走らせると必ず匂う「オイルが焦げた様な臭い」まで同じだったりします)
 造形では今出ているKATOやTOMIXのそれには及びませんがDD13らしい朴訥さの点では今でも評価できるモデルではないかと思います。スロー走行時の「ジリジリしたノイズを乗せてモーターのトルクで走っている感じ」も模型のキャラクターとしては好ましい気がしますし。
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2018年02月06日

趣味の原点を振り返る番外編・関水金属のEF65と「高田馬場の聖地」のはなし

 先日から始まりましたNゲージ絡みのおっさんの懐古話からEF65編のその2です。
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 写真のEF65、一見すると前回の関水金属製と同じように見えます。
 ですが足回りに御注目頂くとスカートがEF65本来の斜め2段のカッティングがされている事にお気づきでしょう。世間に出回っているEF65の中古モデル(あるいはジャンクモデル)の大半はこの仕様ではないかと思います。
 (困った事にこれと同時期、今度はEF70の方が「EF65のスカート」を履かされることになります)

 前にも書きましたがジャンクの玉手箱的に「昔の鉄道模型の纏め売り」みたいな売られ方をしている物の中にはかなりの確率で関水金属のEF65と20系ブルートレインが入っている事が多いです。
 これからも分かる様に関水金属のEF65はある年代以上のNゲージャーには必須のアイテムでした。
 40年前の私も当然そのひとりでしたが、このEF65は当時の手持ちの中で唯一「同じメーカーの同じ形式を2両持っていた」唯一のモデルでもありました。

 個人的に「偉大なる凡庸」と呼んでいただけあってEF65は重連に供してもよし、別々の編成を牽引させて複線エンドレスを行き交いさせてもよし、機関区を模したセクション上では何両も屯させてもよし。
 つまり同じ形式を複数持っていても苦にならない、不自然に見えないという万能性を持ち合わせたモデルでした(同じ事はD51やED75でも言えるのですが当時はD51は学生には高価、ED75は性能面や耐久面に不安があってEF65ほど思い切った事ができませんでした)

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 さて、その2両目のEF65ですが、実はこれ亡父が上京の折に当時高田馬場にあった「関水金属のショールーム」で購入してくれたという思い出のお土産でもありました。
 田舎者の私なんぞは「Nゲージの殿堂」のイメージがある店のひとつでしたし「店内に大レイアウトがあって輸入物の外国製品がコンスタントに買える店」なんてのは田舎には絶無だっただけにそこで買ってもらう鉄道模型というのはたとえそれが地元の模型屋で売っているのと同じものだったとしても一種のステイタスに感じられたものです。
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 で、東京方面に父が出張する時にその場所の載った広告を持たせてお土産をねだったのでした(まったくなんて餓鬼だ)
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 で、出張から父が帰宅して「関水金属で買ったEF65」と言う奴をめでたく入手した訳ですが、その時のこぼればなし。
 実は父も私と同じ様なイメージを持って高田馬場に向かったのですが実際行ってみるとその店舗というのはマンションの一階部分を間借りしている様な所だったそうでつい拍子抜けしてしまったのだそうです。
 おまけに買い物の折にそこの店員さんが言ったところでは「いや、地方から来た人は皆さんそう仰るんですよね。ビルが丸ごとショールームだとか思って来てみるとがっかりされる様で」と苦笑された由。

 私自身はそういう話を聞いたばかりで結局その後も高田馬場のショールームに足踏みする事はありませんでした。現住地への転宅の時期が鉄道模型の趣味に中断期に当たっていた事もあったのですが。
 30年も経ってこの趣味を再開してから落合南長崎の聖地やら大宮駅前の新名所やら銀座の時計屋さんやらに行く様になりましたが(笑)そういうショップに行くたび、折に触れてその時のはなしを思い出すことがあります。

 先日当ブログの訪問者数が20万を超えました。
 相変わらずの内容ですが今後ともよろしくお願いします。

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2018年02月02日

趣味の原点を振り返る53 趣味の中断と車籍の復活のはなし

 久しぶりの「趣味の原点を振り返る」シリーズ
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 今回からはこれまでの話とはやや趣を変えたシリーズをやってみようかと思っています。
 折に触れて書いていますが、私がこの趣味を始めた(と言いますか「趣味として意識し始めた」と書く方が正しい気もします)は昭和50年の春頃の話です。
 その後、ちょこちょこと車両の増備を繰り返してはいたのですが昭和60年頃に現住地への転居とそれに伴う生活の変化から以後20年この趣味を中断しておりました(とは言ってもその間ちょこちょことカタログは買っていましたしTMSも購読はしていたのですが)
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 約20年後の平成17年辺りがこの趣味の再開となったのですが、間の悪い事にその直前に親類の車両の大半を譲渡してしまい(その時は「もう鉄道模型をやる事もないだろう」とか考えていましたから全くもって近視眼的だったというか)今でもその事が後悔の種だったりします。

 ですがそれから現在までの間に中古モデルやジャンクモデルを集める様になり、ここ10年位の間にあの頃と同じモデルもいくつか再入線(と言うか車籍復活)を果たしています。
 厳密にはあの頃のモデルそのままではないのですがそれらの車両を手にとって見ると当時の思い出もよみがえってくる(これがまた自分でも意外に思えるほど鮮明だったりします)感じがします。
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 中断前の在籍車両と言っても数はたかがしれたものですが、それらのひとつひとつを当時の思い出を交えながらその頃と同じ時代のモデルで振り返ってみるのも悪くはありません。

 という訳で次回辺りからちょこちょことおっさんの思い出話を書いてみたいと思います。
 中身の性質上、過去のブログとの重複も多少は出てしまいますがよろしくお願いします。

光山鉄道管理局
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2018年01月17日

趣味の原点を振り返る その52 「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」のはなし

 久しぶりの「趣味の原点を振り返る」ですが、今回の題材は私が鉄道模型の趣味に走る上で大きなきっかけとなったにも拘らず、これまで長いこと失念していた事です。

 事によると私と同じきっかけでこの趣味に入った人も多かったのではないかと思いますが、その辺は皆さんの思い出と照らし合わせていただくのも一興かと。

 先日、家の大掃除の折に子供の絵本の一部を処分しようとしたときにある絵本が出てきました。
「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」
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 もちろん子供に買ってやった一冊なのは間違い無いのですが、これを買ったとき鉄道模型の趣味の中断中だった事もあって買った事自体忘れておりました。
 ですが、私が子供にこれを買い与えた理由は他でも無い「私も幼少の頃にこれを読んで夢中になっていたから」でもあります。

 その目で改めてこの本を開いて見たのですが、驚きました。

 表紙の裏のイラストでは手前に主人公の「ちゅうちゅう」が牽く混合列車が駅から出ようとし、その先には村や山や港を経てターミナルのある駅へ、そこから反対方向には山々の向こうに延びる別の線路まで描き込まれた見開きのパノラマが広がっています。
 まさにこれは「レイアウト」そのもの、いやそのパノラミック感は本来の意味での「ジオラマ」でもあります。
当時は幼児だった私がこれにワクワクしたのは間違いありません。

そして主人公の蒸気機関車(2B1のアトランティック)の「ちゅうちゅう」の普段の1日の描写から始まり、そんな日常にうんざりしたちゅうちゅうがこっそり脱走して単機(笑)で逃げ回るシークエンス。
その、機関車の動感に溢れるばかりでなく同時に周囲の風景をもパノラミックに描いた一連の構図もまたレイアウトの原点であります。

 我ながら「ああ、これを読んだからレイアウトをやりたくなったのか」と納得してしまうほど生き生きしたパノラマがどこを開いても展開していました。
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 この絵本の中では主人公が機関車なのは間違いありませんが周囲の風景のなかにまるで蟻のように描かれたモブキャラの一人一人にも表情があり、役割が果たされ、それらが一体となった別乾坤が成立しています。

 これほど見る側のインスピレーションを刺激する絵本はそう無いのでは無いでしょうか。少なくとも当時他にもあった「新型電車がいくつも羅列されただけの絵本」にはこれほどのインパクトはなかったとおもいますし、きかんしゃトーマスの作品世界にも少なからず影響を与えていそうな気もします。
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 そういえば同じ作者の描いた「けいてぃー」と言う除雪車が主人公の絵本もこうしたパノラミックな構図が特徴的でした。今でも本屋さんで買えるそうなので今度探してみようかと。
 幸田露伴が書いた「観画談」に出てくる絵もひょっとしたらこういう感じのパノラマだったのではなかったのでしょうか。これは余談。
 (写真は本題と関係ありません)

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2017年10月11日

「モケイ屋さん」で模型を買っていた頃・・・

今回はちょっとした思い出話にかこつけて。

 先日の運転会のおり、休憩時にメンバーで駄弁っていた話題のひとつに「昔鉄道模型を売っていた模型屋さん」の話が有りました。
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 そこで話題に出てくるお店の大半が「今は亡き」という但し書きがついてくるのですが、それでも今に比べるとあの頃は鉄道模型の買える店というのは多かったと感慨にふけったりもします。
 私がこの趣味を始めた時には鉄道模型というのは「近所の模型屋さん(もちろん個人営業)にしか置いていないもの」というのが通り相場でした。ご店主の人柄こそ店によって様々でしたが「模型を扱うのが好きそう」な人が多かったのが共通点だったと思います。

 それだけでなく、趣味に入りたてのビギナーには割合に的確なアドバイスをくれたり、相手のレベルに合わせて商品を紹介したりという術に長けている人が多かった様に思います。
 また、その種の店は鉄道模型専業でなく、ラジコンだったりガンプラだったりと他の模型も割合品揃えがよかったりするので、時には気分を変えて飛行機とかクルマとかの模型に手を出してみたりする事も出来ましたし、そうする事で「鉄道一辺倒で硬くなりがちなおつむを揉みほぐしたりとかもできたと思います。

 もちろん地元とか故郷に今あるお店も大概はそうなのですが(私の場合、現住地も故郷も「鉄道模型の買える量販店」というものが存在しない)あるいは都会でも下町系の古くからある様な模型屋さんにはそういう雰囲気のところがまだ生き残っていてくれているのですが。
 

 その一方で最近の都会の量販店や専門店などでは品揃えこそ良いものの、店員さんに何か相談するのが難しい雰囲気のところが多い気がします。

 まあ、レジの前の行列が長かったり店員さんに専門的な知識が不足していたりということもあるのですが、何より一種近寄りがたい雰囲気のようなものがこれらの店から感じられるのです。

それはお客の態度についても同様で、ビギナーが質問や相談をしている後ろの方で「何だこいつそんなこともわからないのか」と言った視線を感じたりすることと無縁ではない気もします。正直ビギナーが気楽に入るのが難しい雰囲気の店が増えているような感じもします。
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他のお客がいるときは論外ですが、そうでない時ならレジで軽い世間話ができるくらいのノリがあればもう少しこの趣味も気楽に楽しめるのにとか思ったりもします。もっとも、そんな事ができるのも田舎ゆえなのかもしれませんが。

 それともそうした面がない事が都会の量販店の安さの理由のひとつなのでしょうか?

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2017年07月01日

ブログ10周年のはなし4・ブログが鉄道模型ライフを変えたはなし

 ブログ10周年にまつわる思い出ばなしから

 「ここまでこれだけ書いているのに肝心の鉄道模型のはなしはどうなっているんだ」と思われる向きもあるでしょうし、私自身そう思います(汗)
 そんな訳で4回目にしてようやくテツドウモケイ絡みの話になります。
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 このブログの開設当初は二つ目のモジュールを製作していた時期でしたが、それ以降で言うならモジュールが二枚そこに使える差し替え用シーナリィが二枚、既存のモジュールやレイアウトの改修を中心に作り続けてきました。
 製作を繰り返してゆくと、後になればなるほど技量が上がり傑作が出来る・・・となるのが普通の人のパターンというか成長過程なはずなのですが私の場合全くそうならなかったというのが我ながら情けない。
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 ですがそれほどの製作ラッシュとなったのも、このブログを通してあちこちの方からアドバイスや情報交換を行い、それらを工作に反映させたフィードバックの要因は大きかったと思います。
 別にブログに上げるためにレイアウトを作っていた訳ではないのですが、かといってこのブログが無ければレイアウトの工作ももっと違う形になったのは間違いないと思います。

 更に言うなら他の方のレイアウトの作例などを随時拝見できる(あるいは進捗をリアルタイムに近い形で見られる)というネットやブログの特性も大きく役立っていると思います。

 同じ事は車両工作やレストアについても言えます。
 第一このブログを始めるまでどんな形にせよ「車両工作(のようなもの)」がこの趣味の大きな柱になるとは考えなかった事です。
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 まあ、工作と言ってもキットメイクから始まって40年前の工作記事の後追いとか、動かなくなった動力の復活とか言った、間違っても専門誌に掲載されたりしないような性質の物ばっかりです。
 ですがそれゆえにブログには上げやすい題材が多かったのも確かですし、工作が変になればなるほどコメントやアドバイスも頂きやすかった(汗)という側面もありました。
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 面白いもので、もしこういう形でブログをやっていなかったらこれほど模型工作に入れあげたかどうか。
 コメントをくださった方々もそうですし、他のブログを拝見するなどしている事が少なからず工作への動機づけになった事は確かです。
 そういう意味でこの10年間の模型ライフはブログのおかげでかなり変化を遂げたといえますし、そうした同好の士との交流によって随分と後押しを頂いたなあとか思ったりします。

光山鉄道管理局
 HPです。「レイアウトの紹介」のモジュールの項一部追加しました。

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2017年06月23日

ブログ10周年のはなし3・大震災の前後の事・その他

 ブログの10周年にまつわるはなしです。
 10年の間にはいろいろな事がありました。

 「人気のブログを作るコツ」みたいな記事を見ていた時、その中に「時事ネタを頻繁に入れてアクセス数を増やす」というのがありました。実は個人的にはこういうのは苦手だったりします。

 わたし的に趣味の世界というのは「時事に代表される世間の煩雑さを一瞬でも忘れて楽しみの世界に浸る事」だと思っていますし、そうした時事ネタを読みたくないような人が来てくれるブログを目指したい(大仰ですね)とも思っています。

 これまで10年の間に上げてきたブログで時事ネタを扱ったものは全体の2パーセント以下だと思います。
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 ただし時事ネタが半月位続いてしまった例外があります。
 2011年3月11日の東日本大震災の当日からの一時期がそうでした。あの時ばかりは地震の話をしない訳には行かなかった。
 実家の周辺が被災区域だった事もそうですし、震源から離れていたとはいえ断続的に震度4以上、どうかすると5位の揺れが恒常的に起こっていましたし計画停電やガソリンの不足など直接生活に大きな影響が感じられたからです。

 その日のブログを再録すると

 今日の2時45分頃は仕事中でした。
 最初はゆらゆらとした横揺れでしたが次第に強くなり、ついには部屋全体が船の中の様にふらふらしだしました。

 この時に至って大地震である事を直感し思わず立ち上がりました。
 幸い部屋の中には落ちるような物や倒れるようなものはほとんどなく、揺れ自体の周期が長かったので立っていられない程ではありませんでした。

 揺れが収まり、落ち着いた所でテレビのある部屋へ。
 この揺れ方だと震源は比較的遠いと思われたので又新潟か東海かと思っていたのですが、テレビでは「東北地方で地震」との事。

 これには驚きました。

 震源と推定される地域から優に800キロ以上離れている私の所でこれほどの揺れとは、向こうは一体どうなっているのか。
 後で知りましたが、私の所でも震度5弱。
 私が現住地に住み着いてこの方経験した事のない大揺れだった事になります。

 子供の学校から「体育館に避難しているので迎えに来るように」との連絡も。
 早速子供を迎え帰宅します。

 帰宅後テレビを点けると「M8.8」という数字が。

 今度こそ心底驚きました。
 マグニチュード8.8とはこれまでに経験した事のない正に歴史的規模の大地震です。

 私の故郷も激震地域に入っているのですが現地の停電や電話の輻輳が重なり連絡がなかなかできません。
 正直、驚きと不安を感じています。

 時事関係の記事はブログでは余り扱わないのですが、今日ばかりは書かずにおれませんでした。

 上の二枚の写真は震災の当日の家のレイアウトの状況ですが、模型とはいえ留置してあった電車がここまでがたがたになっていたのは衝撃的でした。あれほど震源から離れていたのに。
 その後の2週間くらいは震災関連の記事(というか私の生活圏内での影響の大きさ)ばかりが連続しました。 不謹慎とかなんとかいう以前に、あれくらいの状況下では地震を忘れて鉄道模型の話をする事が実際的にも心理的にも出来なかったのです。
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 しかし、それでも震災半月目くらいのタイミングでかねて予約していた「鉄道コレクション第13弾」が届いた時には言い様もなくほっとした気持ちになりましたし、その記事をこのブログに上げた時には「異常時から平時へのささやかな一歩」が踏み出されそうな予感を感じたものです。
 そしてその記事に頂いたコメントのいくつかが今読み返して見ても何か心に染み入るものがあります。

 そしてこれこそが「趣味を持っている事の御利益」なのでしょう。

 実はこれ以外にもブログ開始から現在までの間に亡父始め係累が3人亡くなっており、その時を中心に1週間から2週間程度更新が中断していた事があります。
 (まあ、人並みに「具合を悪くして寝込む」というのもありますが)
 ただ、これまでのところそうした局面でも不思議とこのブログをやめる気にはならなかった。
 人並み外れて粘りに欠け、飽きっぽいはずの私としては良くも悪くも意外な話ではあります。
 おそらくはこれも好きな事を継続してやってこれたが故なのかもしれません。


 一方で子供の方はまあ、そこそこ順調に進学を繰り返していますし、ブログ開始当時新人同然だったレベルの消防団は「未だに抜けられないでいます(汗)」
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2017年06月13日

ブログ10周年のはなし・ブログとSNSのはざまに(汗)

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 今回はブログの10年間で感じたことなどを。

 開設から最初の3年目くらいまでの内容は過去のレイアウト工作を振り返る記事が大半で、車両絡みのはなしは(増備が殆ど無かった事もあって)あまりありませんでした。
 元々このブログを始めた目的というのは鉄道模型関連の同好の士が少なかった現住地では、全国レベルで読者を得られる(可能性のある)ブログなら何らかの形で交流できるのではないかという期待があったからです。愚作のレイアウト関連の記事が多かったのもアドバイスや感想を通したやり取りができる事を期待した面もありました。
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 ところがこのブログを始めた翌年位に、鉄道模型専門のSNSと言う物が立ち上がった事で若干状況が変わり始めます。
 こちらの場合はとりあえず加入しさえすれば同好の士の集まりに触れる事はできる訳で、そうなるとわざわざ別個に自分用のブログを持たなくてもよくなる訳です。
 加入から半年くらいはこのブログからのコピーをSNS内のブログでも同時アップするというパターンが出来ていました。
 実際、そちらの方がアップしてからの読者の反応は格段に増えレスポンスも非常に速い物がありました。
 現在このブログを読んでくださっている方の何人かは当時のSNSからのつながりの方も居られますし、オフ会ならぬ首都圏の同好の士との運転会に参加したという思い出もなかなか新鮮なものがありました。

 ですがメインだったこのブログを閉鎖する気になったかというとそうもいかなかったのも確かです。
 SNSより少ないとはいえ、層の異なる読者の方からのコメントも頂いていましたし、何よりSNSのそれよりも編集の自由度が高いブログサービスの方がより詳細に書けるという利点もありましたから。

 しかも、そうこうしている内にSNSの中の雰囲気が徐々にではありますが妙にぎすぎすし始め、直接関係はなかったとはいえ一種の居づらさも感じ始めました。
(この頃、私の所属しているクラブの中にもそのSNSに加入しようかという話を何件か相談された事があったのですがどうにも答えづらくて往生した覚えがあります)
 結果としてそのSNSは数年前に閉鎖となったためメインのブログを別個に持っていた事が保険の意味でも有難いと再認識させられました。
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 ブログとはその名の通り一種の日記であるわけですから「その日の出来事」やら、まあ拡大解釈しても「最近の出来事(この場合は工作とか購入とか)」を備忘録的に書いてゆくというのが本道と思います。
 趣味のため、時には参考のために拝見した同好の方のブログなども概ねそんな感じの物が多かったのですが、人によってはブログを自分の意見の発表の場として活用している物も結構あって最初の頃は結構驚かされました。
 まあ、趣味の世界ですから意見と言っても十人十色な訳でそれらがブログ主さんの責任において準パブリックな場でもあるネットの世界に開陳されるというのはそう悪い事でもありません。

 ですがこのブログで「思いつくままに・考察」というジャンルで個人的な感想や意見を意識的に書いてみようとしたときには初めてブログを上げた時以上におっかなびっくりだった記憶があります。
 専門的な論文などの文章で自分の考察や意見を上げるのと異なり、どこで誰が見ているのかわからないブログという世界で自分の考察や感想を上げるというのはかなりリスキーに感じられました。
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 ここでも他のブログのそうしたタイプの記事をいくつかチェックしてみたのですが、有益なものや自分の考えと重なるものも多かった反面、中には伝聞による不確定な情報や論拠をもとに独断的な意見を上げている物が意外に多く、それらの反響も悪い意味でぎすぎすしたものが多かったのが感じられました。
 少なくとも自分のブログでそれはやりたくない。
 ではどうしようかと考えたのですが、結論はごく単純なものでした。
 「自分で実際に見たり経験した事柄を基にして考察する」事を原則にしようというのがそれです。これなら内容や考察に誤りがあったとしても作者の責任に範囲で収まりますし、何を何故間違ったのかという自身の検証も比較的容易です。

 今では月に一度か二度位この手の「考察と称する書きなぐり」が占める様になりましたがあの頃と比べると自分も随分と砕けてきたというかすれてきたと言いますか(汗)

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 しかし(神経質ととられるかもしれませんが)やはり自分で作った自分の発信の場はそれなりに大切にしたいという思いはありました。
 今は世間レベルではこうした意見の開陳の場は殆どTwitterに移りましたが、私が考察を書くときは大概長文になりがちなのでブログで上げるというのがやはりメインになります。
(この項続く・写真は本題と関係ありません)
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2017年06月06日

ブログ10周年をむかえて・その1

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10年前の6月5日は私が「光山市交通局」名義でブログを開始した日であります。

 開設当初は「鉄道と鉄道模型の話しかしないブログが何年持つことやら」とか思っていたものですが、途中ブログサービスの閉鎖に伴う変更があったにせよ10年続いたのですから我ながら大したものです(笑)

 数えてみたら今日までのこのブログの投稿した記事数は3022件、前のブログから引き続いての訪問者数はトータルで80万くらい(但し前のブログと現行のブログでカウントの仕方が異なるので実数はもっと少ないはず)です。

 そんなわけで今回はこのブログの10年間の思い出を語る自己満足企画で埋めたいと思います。
 ちなみのこのブログの下書きを書いているのは「自宅の台所で晩飯のシチューを煮ているのを横目で見ながら」というシチュエーションです。

 10周年記念だというのに何といういい加減さ。

 さて、10年前に始めた時は「ブログと言っても一体何を書いたものやらわからない」という感じそのものでした。
 最初の内はとりあえず2年前から作っていたレイアウトの紹介でお茶を濁していたのですがその第一号ブログの内容はこんな感じです。
(以下引用)

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「よ市とトロリー」
 私の実家(最近朝の連ドラの舞台となっている)の盛岡ではこの時期毎週土曜日に「よ市」というイベントが毎週開かれています。
 レイアウトを作る時、この「よ市」の風景を模型化したくなり昭和末期のイメージで作ってみました。
 とはいえ、盛岡では路面電車どころか私の幼少時には「ドアの3枚以上付いた電車」すら走ってなかった所ですから、路面電車や駅と組み合わせる時点で既に架空の風景な訳です。
 店舗は基本的に市販キットの組み合わせですが、出来るだけ当時の建物に近い物を選択しました(但し角地のビルは除く)
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(以上、引用終わり)

 全く今読んでも短い上に面白くないくらいに味もそっけもない文章と内容でした。まあ、いまの文章とそれほど違わないと言われればそれまでですが、それでも当時は非常に緊張してアップロードした事を覚えています。
 それでもしばらくしてこのブログにコメントを寄せて下さった未知の方が複数いた事には驚くと同時に有難いと思ったものでした。

 そんな訳で今月と来月くらいまではいつものブログ記事と並行してこれまでの10年間を俯瞰して気付いた事や思ったことを折に触れて書いてみたいと思います。
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 最後に
 これからも鉄道か鉄道模型の話ばかりになると思いますが当ブログを今後ともよろしくお願いいたします。
光山鉄道管理局
 HPです。

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2017年06月03日

趣味の原点を振り返る・51・カタログの「新製品予告」にワクワクした頃(笑)

今回は久しぶりに思い出ばかしから。
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先月来、折に触れてモデル同士の競作の話をしてきましたが、私がこの趣味に入った頃はNゲージの新製品は年に指を折って数えられる程度というのが通り相場でした。

それでも昭和40年台後半は年に一つか二つがいいところでしたから、それに比べれば大した進歩ではあったのですが。

昭和50年の時点では蒸気。電機が3機種づつ、客車が2系統(それも20系とオハ31系という時代の離れた組み合わせ)電車は103系、気動車はキハ20系だけでしたから機種の不足からくる枯渇感は相当のものでした。

第一、故郷の岩手で見るような編成は実質キハとナハネの20系コンビしかありませんでしたから尚更です。

唯一、ナインスケールの参入で充実著しかった二軸貨車だけがどうにか様になっていた程度でした。
この趣味に入った昭和50年はGMが客車キットのリリースを開始し始めた頃でしたがまだまだ田舎の店頭では見かけず、実質KATOのキハ82系とトミーのDD13、そして新規参入で「学研の新幹線」が目を引いた程度でした。
となると「新製品の予定」に期待をかけるしかなかったのですがこれがまた当時は貧弱そのもの。
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 (関水金属昭和50年版カタログより引用)
当時のKATOのカタログを見ても予定品は蒸気がC50、D52、D62電機はEH10とEF57、DLがDD13。実はこれでも「当時実際に出ていた機関車と同数」だったのです。
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(関水金属昭和50年版カタログより引用)
予告されていた電車は181系と153系。
 何しろこの時点でNの電車ときたら103系5形式しかなかっただけに期待値の高いモデルでした。
TOMIX以前のナインスケールの製品予定車はED61と581系、いくばくかのボギー貨車という程度でした(KSKタイプCタンクも予定品でしたが直後に製品化されていたので予定品という感覚は薄かった)

これでも欲しいラインナップにはまだまだ程遠いもので、あれが欲しいこれが欲しいという「予定にすらなかった新製品」の期待ばかりが膨らむという情けない状況だった訳です。

そんな現状でしたからTMSなんかに掲載される新製品情報や広告は年に数回の頻度だったにも関わらず随分と私の妄想を膨らませてくれたものです。

翌51年はじめの時点ですら新製品は上記のCタンクとボギー貨車、KATOのタキ3000、暮れになって学研の583系くらいしか新製品はなし。客車はGMの頑張りでかなりの数になっていましたがいずれもキットというのが痛かった。
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(鉄道模型趣味 76年2月号50Pより引用)
その年の1月のKATO広告でイラストながら181系とDD13が予告された時の嬉しさといったらありませんでした。
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(鉄道模型趣味 76年2月号89Pより引用)
 同じ月にグリーンマックスの完成品113系が登場「動力車なし」の変則的な形でのリリースだったのに嬉しかった事といったら(笑)
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そんな現状ですから51年11月のTOMIXの登場予告で「オハ35系と12系が出るらしい」というアナウンスは結構なサプライズでもあった訳です。
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(TOMIX77年版カタログより引用)
その年のTOMIXの最初のカタログではEF81と113系、24系客車の予告が一大サプライズで「買ったばかりのカタログを家まで我慢できずに近場の公園でむさぼり読んだ」なんて思い出とともに鮮烈な印象を残します。

この辺りを境目にして昭和55年頃までの数年間はメーカーの新規参入と車種の充実が最も顕著に感じられた時期で毎月がサプライズ状態という「製品紹介を眺めているだけで結構幸せな気分になれたw」時代でもありました。

それから40年以上が経ちTMSひとつ取っても「新製品を羅列するだけで優に数ページが埋まる」なんていうあの頃を思うと夢のような時代になりました。鉄道コレクションに至っては月によっては見出しが「各種」の一言で済まされるくらいです(驚)

ですが現状はサプライズも徐々に小物化し、未製品化の穴場探しか、リニューアルの充実感がメインになっている印象すらあります。
(そうは言ってもKATOは40年前から予告しているD52を未だに出してくれませんが)

 あの頃が今より恵まれていた、いい時代だったいう気は毛頭ないですが、あの頃のトキメキを取り戻す何かがそろそろ欲しい気もするのは只のノスタルジーでしょうか。
光山鉄道管理局
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2017年05月12日

趣味の原点を振り返る・50・それはKATOからはじまった

 一昨年来Nゲージの50周年ネタで色々と書いてきましたが、TOMIXとマイクロエースの話をしていながら肝心のKATOこと関水金属そのものについての思い出ばなしを書いていない事に気がつきました。
(それを言い出したらGMとかエンドウとか学研とかいろいろあるのですが)

 私の初めてのNゲージがKATOだった事を思えば片手落ちも良い所です。
 そんな訳で当時の思い出ばなしを書きたいと思います。
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 昭和50年の春休みのある日
 故郷の駅前に隣接する商店街を何の気なしに歩いていてふとこれまで入った事のない模型屋を見つけました。
 構えもぱっとせず、それまで存在すら知らなかった店ですが、そこにふらふらと入店した事がその後の私のホビーライフを一変させる事になったのですから世の中はわかりません。

 店内は構えにふさわしい程度の広さ(今だったら静岡の「さの模型」さんの広さと雰囲気に近い)でしたがそこのショーウィンドーにそれまで知っていた16番の模型より明らかに小さい模型が陳列されていたのに思わず心を奪われました。
 時期が時期だけに並んでいたのはKATOとトミーナインスケールだけだったのですがナインスケールの二軸貨車と並んで誇らしげに先頭に立つD51の模型にしびれました。

 これがわたしとNゲージとの本格的な出会いだった訳です(笑)
 とはいえ当時の私の懐加減では車両を買うのはどうかと思われたのでとりあえずカタログを入手。
 (ついでに言うなら私の人生で「カタログを金を出して買った」と言うのも初めての経験でした。あの当時、家電はもとよりこれより明らかに豪華なクルマのカタログですらタダだったのにw)

 「関水金属」と言うメーカーを知ったのはまさにその時でした。
 当時はむさぼるようにカタログを読み漁ったのですが、ラインナップが発展途上と言いますか、既発売品と予定品の比率が半々だったのが印象的でした。
 と、いうか当時のラインナップで私が欲しいと思ったのはキハ20系だけ。
 やはり模型となると「自分が実際に見たり乗ったりした車両」が欲しくなるものですが当時それに該当するのがキハ20系と20系ブルートレインだけだったのです。

 ですが一方で181系、153系、キハ82系と言う「予定品のラインナップ」に心躍ったのも確かです。
 併せて線路システムや給電システムなども一通り紹介されていましたがこちらは当時歯が立ちませんでした(汗)
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 とにもかくにもこのカタログをきっかけにこの趣味に足を踏み入れる事になりました。
 それから半年後、半年分の小遣いをためて買ったキハユニ26が線路上を走り出した時の感動は一生忘れられません。

 関水金属ことKATOとの付き合いはそれ以降(中断期間を挟んで)40年。

 冒頭に登場した模型屋さんは今はなく、キハユニを購入した別の模型屋さんは今や「サバゲショップ」として命脈を保っています。
 
 趣味を再開した時に買ったのも「叡山電鉄のきらら」でしたし、初めてのレイアウトもKATOニュースに掲載されていたプランを参考にユニトラックで作った物です。
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 また趣味の再開後、最初の数年間Nゲージの蒸機に対して興味を待っていなかった状況を一変させたのも「1両300円のKATO中古蒸機セットの出物」を見つけた事がきっかけでした(どうでもいい事ですが)
 要はそれだけ「関水金属」の御威光が私の中で大きかった事の証左でもあります。

 最近のKATO製品は線路システムではTOMIXと丁々発止のラインナップ充実攻勢が目を引きますし、車両ではかつてのマイクロエース並みに「まさかこんな車両が出るとは!?」的な特定機番、特定編成のラインナップで私を驚かせます。
 それでいて細密度も走行性も現時点で望みうる最高レベルの製品化を実現しているのですから大したものです。
 ただ、凄いだけに「どこか可愛げが無いな」とか贅沢な事を思ってしまう事も(同じ事は最近のTOMIXでもいえますが)あったりしますが。

 それでも私のホビー歴のなかで関水金属(KATO)の名は常に大きな位置を占めているのは確かですし、たぶん、これからもそうなのだと思います。
光山鉄道管理局
 HPです。本日「趣味の思い出」の項更新しました。

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2017年03月21日

趣味の原点を振り返る・23「ふすまの上でレイアウトごっこをやった頃」

 前回(土曜日)のはなしの続きです。
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 さて、クレイドルレイアウトの中にフラットスペースが納まりその上に市販の建物類が配置された今の我が家の運転風景。
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 ここで運転をしていてふと思い出した事がありました。

 つまり「こういうの、前にもやっていたっけ」という感慨です。

 ここで話は40年位前に飛びます。

 当時学生の身分ゆえに実家の中に畳一枚のスペースを捻出することすらできなかった私。
 TOMIXの線路などでお座敷運転をしていても列車の屋根しか見えないですし床に寝っ転がっているのもけっこう疲れます。

 そんな折に実家の改築で押し入れのひとつが階段に変わった関係で「押し入れのふすまだけが壁面にはめ込まれる(押し入れを開いても向こうは壁w)」というフェイク処理がされた事があります。
 そのふすまを試しに取り外しテーブルの上に置いてみると中々具合がよろしい。
 ふすまゆえにレイアウト並みの強度は期待できないのですがNの線路と建物を並べるだけなら問題はなさそうです。
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 翌日から早速このテーブルトップのベースにエンドレスが敷きまわされる事になりました。

 常設という訳にはいかないので一度に精々が一週間程度の敷設期間でしたが、それでも当時出たばかりのTOMIXの113系やKATOの153系の4〜6連が走るには問題ありません。
 何よりテーブルの高さにまでベースが上がったのでそれなりに列車の足回りが見やすくなったメリットは絶大なものがありました。
 当時買ったばかりだったTOMIXの対抗式ホームと木造駅舎を中心に足りない一般建造物は自作品も混ぜてふすまの上に配列し、その上で113系やら153系やらを走らせまわっていました。

 この方式は私が現住地に引っ越す2,3年位前までは続けていました。
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 そして今回、クレイドルレイアウトにフラットなベースが配置された時の印象が正にその「ふすまレイアウト」のそれだったのです。
 あの頃も、建物は固定できなかったのを逆手にとってリアルに見える建物の配置はどうするかなんかを研究できましたが、それと殆ど同じ事を今回の仮配列でまたやっていたりするので既視感が出るのも当然かもしれません。
 (「一般建物を線路に平行に置くより少し角度を付けて斜めに配置した方がリアルに見える」なんてのもその時に腰だめで身に付けたノウハウだったと思います)

 して見ると今回の仮配置は単純に「40年前の先祖がえり」と言えなくもありません(笑)
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 今時の住宅は開閉式のクローゼットばかりですし、引き戸もキャスターでレールにきっちりはまっていますから、この方法は精々が平成初め頃までの日本家屋にしか使えないノウハウですが、レイアウトの前段階としては悪くない物だったと思います。
 その割には当時の入門書や専門誌でもあまり(というか殆ど)見かけないものでしたが。
 ただ、ベースの線路だけ固定した(これだけでも走行時の安定性は飛躍的に高まります)物を普段は立てかけて置き、運転時に建物だけを配置するやり方としては今でも使えるやり方の様な気もします。


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2017年03月18日

趣味の原点を振り返る・モジュールを移動する

 ひさしぶりの「趣味の原点を振り返る」ネタ。

 実は今回の題材はグランシップに出展するためにモジュールの改修を行なったから思い出したネタです。
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 今回の出展では自宅の運転スペースにクレイドルレイアウトとして収まっていたモジュールのひとつを取りだして改修するものです。
 当然そのモジュールの開いた後はまるっきりの空き地になりますが、実は鉄博風モジュールの方が上屋(博物館本体)を外して純粋な線路の付いたフラットスペースに出来るところから、代わりにそのモジュールを差し替える事で対応できます。
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 先日の日曜日は半日、その入れ替え作業に費やしました。
 元々のレイアウトの半分が「線路とホームがあるだけののっぺらな空き地」になった訳ですが。これではあまりに味気ない。

 そこでここ数年の間に買いだめていたもののレイアウトの固定できずに宙に浮いていたストラクチャー群を並べて街並み風にする事にしました。
 建物類は殆どがジオコレの新製品とかGMのキットの改造品、あるいは中古が手に入った海外ブランドのビルなんかです。

 線路配置が単純な上に奥行きが結構あるのでただ並べただけでも(実際にはひとつひとつについて「どうすればそれらしく見えるか」の検討は加えていますが)それなりに街並みらしくは見えます。

 ついこの間まで運転会に供していた事もあって線路自体もほぼ問題なし。
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 3時間位後には試運転列車が走行を始めました。

 ・・・などと書きましたが、実はここまでが今回の題材の前振りだったりします。
 前振りが異様に長くなってしまったので続きは次回に。
光山鉄道管理局
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2016年10月20日

そういえばそろそろTOMIXも40周年ですか

 昨年は日本形Nゲージが登場して50周年でしたが、今年はTOMIXの登場40周年に当たります。

 以前にも書いた事がありますが40年前の10月頃に出たTMSの11月号で初めてTOMIXの存在が明らかにされた時の衝撃ときたらありませんでした。
 それまでの鉄道模型がNはもとより16番の世界ですら「レイアウトにもお座敷運転にも対応できる線路・建物・電機関連のトータルシステム」と言う奴を持っていませんでしたから。

 当時の16番は車両の精密さこそ凄かったが線路・ストラクチャーのレベルはプラレール並み、Nではそのレベルにすら行っていませんでした。
 システム性と充実度の点ではTOMIXの数年前に出ていたメルクリンのZゲージにすら劣るレベルだったのです。
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 それが「砂利のモールドされたそこそこそれっぽい道床付きレール」「どこにでもありそうな駅舎とホーム」「複線間隔を保てる架線柱」「ポイントスイッチと断面を統一したワンダイヤルのパワーパック」
 とにかく誌上で予告された全てが斬新かつ夢をかきたてられるものでした。
 システムがあまりに凄すぎて同時予告された「ED61」が霞んでしまったほどです(笑)
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 車両と言えば国産モデルとして予告されたオハ35も完成品としては初めての「普通の客車」だった事も嬉しいポイントでした。
(何しろこれ以前は完成品の客車は20系とオハ31系しかなく「C62やED75が牽ける普通の客車が無かった」ですから。

 初めて線路を買ったのはそれから1年後。
 それも予算の関係で直線だけでしたが畳の上で手持ちのEF65が牽くブルートレインが走りだしたのには半端ない感動を覚えたのも今では思い出です。

 以来、レイアウトでも棚幡線や葉純線等のレイアウト製作などでファイントラックの線路にはお世話になっていますが、帰省のときの実家の年越し運転でも大活躍しています。
 なにしろ「床が平らでさえあればそこがお座敷だろうがベランダの一角だろうがどこでも思い立ったら線路が敷ける、車両を走らせられる」
 この当たり前の事を初めて「当たり前のレベルに持って行った事」がTOMIXの最大の功績だと思います。

 しかも登場以来40年の間に立ち止まる事なく常に進化と拡充を続けている事で現在でも鉄道模型そのものを代表する一大ブランドにしてしまったのですから。
 16番がシェアの上でNゲージに抜かれた最大の要因のひとつは「TOMIXに相当するシステムを作りそこなったから」というのが大きかったと思います。皮肉にも走らせる16番が復調したきっかけのひとつが「NゲージメーカーのKATOが出したHOのユニトラック」ですから。
 そのユニトラックにしてもTOMIXのシステムが先行していなかったら今の様になったかどうか。

 その意味ではTOMIXはNゲージのみならず鉄道模型そのものを変えたと言っていいでしょう。

 おそらくこれからも私のシステムの中でTOMIXのウェイトは高いだろうと思いますが、是非この調子で頑張っていてほしいものです。
光山鉄道管理局
 HPです。

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2016年09月19日

趣味の原点を振り返る47 「カタログのレイアウトに憧れた」はなし


 先日の「子供の工作本のレイアウト」に関連して。

 レイアウト志向の原点というかきっかけとして「本物のレイアウトを目撃する」というのは大きなインパクトはあると思います。
 例えば万世橋時代の交通博物館とか、高田馬場時代の関水金属ショールームなどはある年代以上の方にはいい思い出だったのではないかと。
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(学研「少年少女工作・美術館4・動く工作」12P「も型機関車」より)
 ですが私の様な田舎者の場合はそういう大規模なレイアウトに触れる機会など殆ど無く精々が「近所の模型屋さんのショールーム」レベルでした。
 しかも70年代当時はレイアウトそのもののニーズも薄く、精々が「ナインスケール=BACHMANNの出来合いのプラスチック製のベースに線路が敷いてあるだけ」のセットが関の山です。

 ましてやTMS等の専門誌は「注文しないと手に取れない」状態ですからそちらからの情報も殆どありません。

 現実に私や同郷のレイアウトビルダーの原点たりうる存在は何だったかというとそれはかなりの確率で「当時のメーカーのカタログから」という事になります。
 先日紹介した「動く工作」に出ていたレイアウトもこの範疇に含まれると思います。
 当時の学研は西独のミニトリックスの代理店でしたからトリックスのパーツを駆使したデモ用のレイアウトを作っていた可能性は高いと思います。

 実際、カタログのレイアウトというのはひと目で「こういうのを作りたい」というモチベーションを与えてくれるようなゴージャスなものが多かった気がします。

 余談ですが16番がNにシェアを奪われた要因のひとつにもこれがあったのではないかと思います。当時の16番のカタログは車両紹介はあってもレイアウトに関してはお寒いレベルで「組みたて線路のお座敷運転」に毛の生えたレベルでしたから。
 まあ、それはそれで楽しいですが、Nのカタログはそれ自体のカラフルさも去ることながらレイアウトもかなり本格的でした。
DSCN6857.jpg(写真1)
 写真1は74年頃の関水のカタログの表紙写真ですがローカル風景を基調にしつつも立体交差とターンテーブル、山川にトンネルと「欲しい要素は全て詰まっていて」それでいて風景としての纏まりも良い物です。
 私個人の感じでも当時のレイアウトの中ではかなりの傑作だと思います。
DSCN6855.jpg(写真2)
 写真2は75年頃のトミーナインスケールのものです。
 こちらは高層ビルの付いたターミナル駅から住宅街(BACHMANNのアメリカ形ですが)、池とトンネルの付いた山へと連なるこれまたゴージャスなものです。
 DCタイプやドッグサイダーBタンク機関車がラインナップされている時期なのでミニカーブを使った支線まで付いていて同時運転したら楽しそうな雰囲気があります。
 こちらもまた関水と別の意味で傑作と言えます。
DSCN6856.jpg(写真3 エーダイナインカタログ15-16Pより引用)
 写真3は時代はやや下がりますがエ-ダイナインのカタログから
 前2者に比べると大人しめのシーナリィですが市販建造物に日本形が出始めた時期なのでそこそこ日本の近郊風に纏まっています。
 とはいえこちらも「欲しい物はとりあえず全部持ってきた」感があります。

 「動く工作」に出ていたトリックスのレイアウトにもやはりそういうゴージャス感は感じられます。

 これらのレイアウトの上を複数の編成が所狭しと走り回る様は正に夢の世界だった事でしょう。

 さて上記の3つのレイアウトに共通する印象は「幕の内弁当」です。
 限られたスペースを使いながら入れられる要素を全て詰め込みそれでいてひとつの風景として破綻させずに、しかも「ゴージャスに見せる」
 カタログ用のレイアウトに求められるすべての要素が体現されています。

 これらのレイアウトを見て「うちもレイアウトがやりたい!」と思った田舎者のファンは多分私が思っている以上に多かったのではないかと。

 最近ですと私も改造して「棚幡線」として使っている「週刊SL鉄道模型」のレイアウトもノーマルの状態のものは似た様な雰囲気を感じます。

 ですがユーザーが実際にそういうのを作ろうとするとかなりの確率で「色々な要素を詰め込み過ぎて破綻する」事も多かったのではないかと思います。
 カタログのレイアウトは後から見て「傑作だ」と認識されるくらいに「プロフェッショナルが何気なく高度なテクニックとセンスを投入して作っている」様です。
 それこそ例えて見れば「駅弁屋の人気弁当」と「素人が昨日の残り物を集めて作る弁当」くらいの差があります。

 ビギナーにそれを気付かせずにこの道に引きずり込むのですからある意味罪作りな存在でした(笑)

 で、実際にレイアウトを作って見ると「レイアウトに欲張りは禁物である」という一言が至言であると再認識する事になる訳で(汗)
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2016年08月08日

趣味の原点をふり返る・46・機関士のおじさんの話

 昨年来、折に触れて紹介してきている「模型工作別冊・鉄道模型工作ガイドブックに関連して。
 私のこの本を譲ってくれた親類のおじさんの話をします。
 というのも本書の印象は本そのものも去る事ながらこれを基にいくつか車輛を自作していた小父さんの思い出もかなり重なっているからです。
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 この小父さんと言うのが当時国鉄勤務の運転士で以前は蒸機、その後はED75の乗務を主にやっておられました。

 当然の様に住まいも機関区に隣接していた国鉄アパート。
 そのお蔭でまだ石炭の燃え殻の匂いが残っていた機関区やその周辺を散策させてもらえたのも今となっては有難い思い出です。
 (とはいえマニアックな観点でなく国鉄職員やその家族の生活なんかのイメージが強く、いまでも「機関区」と聞いて真っ先に連想するのが扇形庫でも給炭塔でもなく「物資部」だったりするから何ともです)
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 当時のTMSやとれいんなんかを紐解くと「鉄道職員の作った模型」なんて記事によく当たる様にあの当時は運転士や機関士が鉄道模型に手を染めているケースは結構あったように思います。
 そういえば機関区の周辺には鉄道模型を扱う模型屋が1,2軒ありましたし、その内の1軒は私がNゲージに手を染めるきっかけとなった店だったりします。

 事実この時期に小父さんの手元には「模型と工作」が何冊かありましたし、それらをまとめた「鉄道模型工作ガイドブック(つまりこの本)」は小父さんの工作テキストとしてかなり有効に働いていました。
 昭和40年代前半頃が模型製作のピークでしたが、そのお蔭で「鉄道模型」と「国鉄職員」のふたつのイメージがいまだに私の中でダブって感じられるようになっています。

 この本をテキストに小父さんが実際に作ったモデルは私の記憶によれば以下の通りです。
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 151系5連(但し全体の雰囲気はキハ81系に近い)
 クハ103(鶯色)
 ナロ10
 ED75を2両。

 これとは別にクハネ583とクモハ475を1両づつ作っていたと記憶しています。
 あの頃は市販のモデルは宮沢模型のBタンク位なもので殆どが小父さん自作の車輛棚の様相を呈していました。
 (以前紹介しているC58とC54は昭和51年の国鉄退職時に購入したものでした)

 それらの車両は当時の国鉄アパートのリビングの壁面にしつらえられた何段かの線路付きの棚に収められていました。

 たまにアパートを訪問した折、線路にこれまた自作品のパワーパックで通電させて棚の上の列車を前後に走らせてもらった記憶は幼心にも鮮烈なものがあります。
 そんな餓鬼が40年を経てNゲージでレイアウトなんて言うものを作ったりするのですから幼少時の影響と言うのは怖いですね。

 本来ならばそれらを写真つきで紹介たいのですが小父さんが10年ほど前に物故された折モデルの大半は処分されてしまい一部の市販モデルだけが後になって私に引き継がれました。

 それらのモデルは市販の完成品とも本書の作例写真とも違う、細密ではない物の一種独特の温かみのある民芸品的なモデルづくりがされており、この点で昨今の鉄道模型の方向性とは異なるものです。
 実は退職後の小父さんが凝っていたのが紙人形をはじめとしたペーパークラフトや帆船模型だったそうで世間の16番モデルの細密志向は元々小父さんの肌には合わなかったようです。
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2016年06月25日

趣味の原点を振り返る45・学校図書館で「レイアウト」に憧れた頃(笑)

 先日の事です。
 所要の折に尋ねた地元の図書館のコーナーで懐かしい本に出会いました。

 小学校の頃でしたか、学校の図書室にあってよく読んでいた学研の「少年少女工作・美術館」というシリーズものです。
 内容は「学研の図鑑の美術・工作版」と言った趣ですが厚みは図鑑よりずっと厚くて重いものです。

 実は再見するまでこれらの本の存在自体を忘れていたのですがよもや現住地の図書館にこんなのがあるとは思いませんでした。

 さて、これのどこが趣味の原点なのか。
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 実はシリーズの中の一冊「動く工作」に「見開きで鉄道模型のレイアウトのグラビアが載っていた」のです。
 思い出してみたらあの当時学校の図書館で鉄道模型について書かれていたのはそれ一冊しかなかったはずです。

 以前から触れている私にとっての鉄道模型趣味の原点「模型と工作・鉄道模型工作ハンドブック」は記事は豊富でしたがカラーページが一切ありません。
 ですからこちらの本のでっかい見開きのカラーで見るレイアウトのパノラマはそれだけでインパクト抜群だった訳です。
DSCN6159.jpg
(学研「少年少女工作・美術館4・動く工作」12P「も型機関車」より)
 当時の記憶ではHOのメルクリンあたりのレイアウトだったのではないかと漠然と考えていたのですが、今回の再見で観た所ではNゲージのレイアウトでした。
 モデルも造形が特徴的なT3蒸機などから当時学研が扱っていたミニトリックスの車両やパーツを使ったものの様です。

 発行時期から言って日本型の車両は殆どなし。
 建造物も当然の様にファーラー、バックマンをはじめとする海外製品がメインですし、中には私が最近購入した中古モデルもあったりします。
 
 その一方で樹木が装飾用のモールをよじって作られているように見えたり配線の一部が丸出し(これは最近レイアウトの電飾で私もやってしまっているのですが)だったりと過渡期の印象も感じられます。
 特にそれを感じさせるのがあまり規則性を感じさせない建物の配置で今どきのレイアウトではまずこういうタイプのアトランダムに近い(強いて言えば「幕の内弁当的」な)建物配置は見られない物と思います。

 ですがここに出ている物はまさに70年代初頭の一般的なレイアウトのイメージの具象化で、TMSの存在も知らない当時の子供だった私にはそのインパクトは大きい物がありました。
 あの当時私と同じようにこのグラビアでレイアウトを作りたいと思った子供がどれだけいて、長じてそれを実行に移した人はどれだけいた事かはわかりません。

 ですが少なくとも私に関して言えば実行できているのですからそれはそれで無駄ではなかったかと(笑)
 ところで今回の再会をきっかけに少し思うこともありましたのでそれについては次の機会に
光山鉄道管理局
 HPです。「車両紹介」16番・HOモデルの項一部追加しました


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2016年04月12日

わたしのレイアウトの原点「折り畳み式レイアウト」の記事から

 模型と工作のハンドブックの思い出から

 前回は6畳間の組み立て式大レイアウトでしたが今回紹介するのは「1畳の3分の2」スペースの折り畳み式レイアウト。
 その名も「しいのみ鉄道」の建設レポートです。

 今も条件はそう変わりませんが固定式レイアウトを所有する上で最大のネックなのはスペースです。
 筆者が冒頭でいみじくも語った様に「1畳どころか1畳の3分の2でも今の住宅事情では大きすぎます」
 そこで考え出されたのが「1200×900のベースを収納時に折り畳む事で600×900まで小さくする」折り畳み式レイアウトでした。
 この「600×900」という数字、偶然かどうかKATO辺りのレイアウトベースのサイズと同じです。
 ゲージも作り手も異なるのに「家にあっても邪魔にならないサイズ」の下限としてこの600×900が設定されているのは興味深いデータと思います。

 うちのミニSLレイアウトの棚幡線はこれの更に3分の2程度の400×900ですが走らせる車両の性格やディメンションはこの「しいのみ鉄道」にごく近いと思います。
 してみるとこの辺がNでレイアウトの運転を楽しめる下限に近いサイズと言えそうです。

 但し、ここまで小さくするとスケールモデルの20m級とかD型蒸気とかはまず走らせられません。
 このレイアウト上ではそうしたモデルの運転をすっぱりあきらめ、サイズに応じた小型車両を走らせるか、Nなら「Bトレインショーティー」に代表されるディフォルメされた車両を楽しむかになります。
 同じ事は当時の16番でも存在し20系を極端に短くしたものや「EB58」等のショーティーが出ていましたが、不思議と「小レイアウトでも様になる小型のスケール機」のモデル化にはそれほど熱心ではなかった気がします。
(辛うじてエンドウのキハ02とB20辺りがそれに該当しますが何故かこの路線に追随するメーカーが無くジャンルとしての大成には至りませんでした)

 実はこの辺が16番における「走らせるモデル」と「飾るモデル」の極端な二極化の遠因だった気もします。

 それは余談ですが、

 この「しいのみ鉄道」の場合も走らせる車両はスケール機とはいかず上述の簡略化された小型機を中心に貨車や客車もショーティ化や2軸貨車をボギー化したいわゆる「ムキ」で対応しています。
 ですがその辺りの記事を読んでいると自分のレイアウトに適合するように車両のひとつひとつを改造する工程が実に楽しげなのです。

 「実車に追随して何もかもを縮小する」工作とは別の次元で「車両も含めたレイアウト作り=『自分だけの鉄道をものにする』感覚」を楽しんでいる事が行間からにじみ出ている感じがするのです。
 そのせいでしょうか、子供の頃から本書を何度も読み返す中で一番良く読まれていたのがこのしいのみ鉄道の一連の記事でした。

 作り方と重なる製作記事のレポートはいつ読んでも臨場感に富み、あたかも自分がレイアウトを作っている様な錯覚すら与えてくれましたから当然と言えば当然です。
その意味でもこの記事が後々の私の嗜好に大きな影響を与えてくれているのは間違いないと思います。
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2016年03月26日

わたしのレイアウトの原点「6畳間の組み立て式レイアウト」の記事から

 今回は昭和39年度版の「模型と工作のガイドブック」の思い出から
SNShouo71IMG_3366.jpg
 本書では車両工作も去る事ながらレイアウト関連の記事もそれに負けずに充実した本だったと思います。
 ある意味私のレイアウト志向の原点と言える一冊でもありました。

 本書で出ていたレイアウト記事は折り畳み式の小レイアウトと組み立て式の大レイアウトの二本立てでしたが、前者は「とにもかくにも自宅にシーナリィ付きレイアウトを」と言うコンセプト、後者はクラブ所有の運転会主体の長編成対応(とはいってもここで言う「長編成」とは20M級6連程度を指します)のレイアウトとそれぞれコンセプトが異なるところが巧みです。
 今回まず紹介するのは後者の方。
「16番組み立て式レイアウトの設計と製作」という記事から
SNShouo71IMG_3371.jpg
 「クラブの持ち回り運転会用として企画された6畳間用の組み立て式大レイアウトの作り方」を何回かの連載でプランニングから製作までをクラブ員のH君と筆者の対談方式で紹介するという物でした。
 この「対談形式のレポート」という形式の記事はとても読みやすい上に「自分もレイアウトを作っている気にさせる」という点でとても秀逸なやりかたでした。

 そして冒頭に掲載されたのは「6畳間をフルに使い2列車同時運転可能。リバース、立体交差、ターンテーブルを擁し駅も三つある」という見るからに楽しげなトラックプランです。

 一見して幾何学的な、見ようによってはオモチャ臭いプランですが、シーナリィを無視してでも上述のようにレイアウトにあこがれる人間がとりあえず欲しがるアイテムを全て備えて破綻を見せない(但し今観返すと勾配の設定等に無理も感じますが)高度なプランと言えると思います。
 初めてこれを読んだ時、「こういうレイアウトが欲しい。HOより小さいNゲージなら畳1枚半位で出来るかもしれない」という希望をも抱かされたものです。

 このレイアウトの特色は駅、ヤード、ジャンクション等の主要部分はフレキシブルや組線路を用いたユニットに纏め、それぞれのユニット間を当時出たばかりだった「金属道床線路」でつなぐという物です。
 従来の組み立て式レイアウトは全ての線路構成をユニットで自作する物が主でしたが、こうする事で大幅な手間の節減につながります。
 これなどは現在でもファイントラックやユニトラックで使えそうなアイデアですし、単なるお座敷運転よりも高度な運転が可能になる可能性も秘めていると思えます。

 各ユニットには小規模ながらホームや信号所などのストラクチャーも固定されていますが当時の事ですからそれらは当然自作。
 この自作記事(製作法)も当時の私が燃えたポイントです(笑)
DSCN5491.jpg
 何故と言ってこの頃の鉄道模型の入門書ではこの種のストラクチャーの製作法というのは結構おざなりなものが多かったからで(TMSのレイアウト記事ですら結構ラフな形状の建物が多かった)図示だけとはいえ、かなり細かく書かれた「信号所の作り方」には大いに感銘を受けたものです。
DSCN5492.jpg
「ボクは信号所」「弟はホームを・・・」なんて描かれたイラストが付いていましたが、この頃は「兄弟総出でレイアウトを作る」なんて光景、随分憧れたものです。
 現実には弟も子供もテツドウモケイなんかに感心をあまり示してくれないですが(涙)
 
 そんなこんなでこの6畳間レイアウトの記事は「わたしにとっての理想の大レイアウト」のイメージの最初の雛形になりました。
 後に大レイアウトのプランというのは16番、Nを問わずあちこちからずいぶん出てきましたがどれも面白みに欠けます。
SNShouo71IMG_3380.jpg
 上のプランは77年版工作ガイドブックに掲載されたエンドウの大レイアウトプランです。
 あの頃は大体こういう感じかもっとアクロバチックなプランばかりでした。
 もし最初に出会った大レイアウトのプランがこんなのだったら今の私はいないかもしれません(笑)

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2016年03月01日

テツドウモケイにおける「三つ子の魂」と「世代の違い」に思うこと

2011-0514-009.jpg
 昨年の春頃でしたか、幼少期に読んでいた本がその後の私のモデルの購入歴に大きな影響を与えていたのではないかと言う意味のはなしを書いた事があります。
 詳しくはこちらのリンクを参照ください
鉄道模型と「三つ子の魂百まで」のはなし

 その時のバイブルに相当するのが「日本型Nゲージの50年と思い出から」でよく取り上げている昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」ですがその時の記事の要旨を再録すると
DSCN6394.jpg
 〜これらに共通しているのは実車に殆ど馴染みがなくこのハンドブックにしか載っていない様な(少なくとも当時のキシャの絵本なんかでは見かけない)車両ばかりである事でしょうか。
 この本ではあおぞら号や151系の様な華やかな編成はごく少ないのですが、恐らくは「短編成でまとまるので工作の手間が掛からない」「同じ理由で運転用途にも好適」と言った基準でこれらの車両がセレクトされていたものと思われます。
 してみるとメジャー級の特急車両とかが少ないのも納得しますし絵本や図鑑とは異なるポリシーであるのも当然と言えば言えます。

 それが絵本代わりに読んでいた当時の幼児の心の底に刷り込まれた揚句、50年近く経ってからの鉄道模型の購買行動に無意識に影響を与えてしまった。
 振り返って見るとそうとしか思えません(笑)

 考えようによっては全く恐ろしい事ではあります〜
 (昨年4月30日の当ブログより)
 この感想は書いてから1年経った今でもあまり変わっていません。それどころかあれから車種の追加まであったりしますから怖い。

 それは置いておいて、

 私の場合生まれた時〜小学生の頃にかけての時期「テツドウモケイ」と言えば、まず16番のモデルの事を指していました(まあ、中には「人を乗せて走るライブスチーム」なんてのもあったりはするのですが)
 ですから鉄道模型の憧れとはほとんど「16番かHOの車両を走らせてレイアウトを作りたい」というものだった訳です。
 何しろこの時期Oゲージは全滅状態に近く、Nゲージはまだ海の物とも山の物ともしれませんでした。
DSCN2575.jpg
 してみると私などは「16番が鉄道模型の主流だった時期を知っているぎりぎり最後の世代」と言えるかもしれません。田舎とは言え、「大人の客も出入りするちょっと大きな模型店」には必ずと言っていいほどカツミや宮沢辺りの16番機関車や電車の編成が飾られていましたし「模型とラジオ」「模型と工作」なんかの製作記事も100パーセント16番でした。
DSCN3981.jpg
 私の場合たまたまNゲージの勃興期と鉄道模型を趣味として始めた時期が一致した事でNから入った形になりましたが、数年前から少しづつ16番やHOのモデルが増え始めているのもそうした三つ子の魂の影響かもしれません。これもある意味恐いですね(汗)

 さて、鉄道模型の様にサイズやスケールの規格化されたフォーマット単位で趣味を楽しむという方向性の強いモデルはどうしても既存の規格に縛られがちです。
 そして大概の場合「自分の子供の頃に主流だった規格」を持って優劣が語られる事が多いようです。

 いま、この趣味のメインストリームを担う世代の半数以上は生まれた時に既にNゲージがあってそれを当たり前として育った世代と思います。
 ですから「テツドウモケイ」のサイズとしてのNゲージのサイズや必然性には大した疑問は持っていない気もします。
DSCN2006.jpg
 ですが、それと同じ事は(私も含めた)それより上の世代にとっての16番やHOゲージについても言えるでしょうし、それより更に上、戦前からの鉄道模型ファンだとOゲージか1番ゲージ(原鉄道模型博物館で走り回っているモデルがこのスケールです。そう言えば創設者の原信太郎氏は確か大正期からの筋金入りの鉄道模型マニアと聞いています)が普通だったと思います。

 あるいはアメリカンドリーム華やかりし頃の1940年代後半〜50年代に少年時代を送った世代のアメリカ人にとってはライオネルやアメリカンフライヤーなんかのOゲージモデルのサイズこそが当たり前の存在かもしれません。

 モデルとしての本質的な部分ではなく「子供の頃からそうだった」のを「だから自分のやっているフォーマットが優れている」と錯覚して解釈してしまう傾向は、ある意味で「一種の世代論」であり、鉄道模型のスケールがどうこうとかゲージとスケールの違いとかとは異質な話ではあるのですが、それでいて趣味としての鉄道模型の本質を考える上では重要な要素ではないかと思います。

 すると私たちの子供の世代にはどうなっている事やら(汗)
(写真は本題とは関係ありません)
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2016年02月17日

趣味の原点を振り返る44・「これが鉄道模型だ!」

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)を昨年来続けていますが、今回は車両記事以外の所で私の感銘した所について書きます。
 まずは巻頭の「これが鉄道模型だ!」という記事。
DSCN9943.jpg
 タイトルからして大仰ですが(笑)この記事で紹介されているのは近未来(?)に開かれた鉄道模型クラブのミーティング・運転会の紹介を通して鉄道模型の魅力を伝えようという意図の物らしいです。
 実はこの記事は本書の中で私が最も好きな物のひとつで、ある意味私のこの趣味の原点のひとつになっている物でもあります。

 東京の郊外にあるメンバーの某氏の邸宅と庭園を使って鉄道模型クラブの面々が思い思いに自慢の車両やモデルを持ち寄り休日のひと時を過ごす。
 記事自体をかいつまんで書いたらそれだけの内容なのですが、これが読んでいて楽しい。

 当時主流の16番がメインなのは当然ですがそれとは別に0番あり、電気制御ライブスチームあり、オリジナル規格の4ミリゲージも登場するバラエティの広さ。
 勿論個々の車両や編成も最新列車や花形列車に囚われず古典機あり旧型電車あり、走行風景も庭園鉄道でメンバー毎に閉塞運転を実演したりカーブをクリアできる最高速度をあらかじめ計算してぎりぎりの高速走行に挑むメンバーあり。
 (とはいえ、これは一種の空想ドキュメントであり、この通りの運転会が実際行なわれている訳ではないのですが)
 昭和39年の記事なのにやっているのは殆ど「クラブ単位のJAM状態」いや、やっている事のバラエティで言えば最近のイベントを上回っているかもしれない気もします(笑)
DSCN9944.jpg
 「お座敷にデラックスな駅が・・・」のキャプションが付いたこの写真
 今の目で見ると雑多なだけでリアリティに欠ける様に見える駅のレイアウトですが、当時はどれだけこの写真に夢をかきたてられた事か(笑)
 今のNゲージなら市販品の組み合わせでこれ位は容易にできそうですが、50年前の16番ではこれだけの物を作るには買うにしても自作するにしても大変な労力と人的資源を要した筈です。

 それらに象徴されるこの手の「同好の士を交えたお祭り騒ぎ」の楽しさと言うのは本書を初読して以来、私の憧れのひとつでもありました。
 何しろ当時は私の周りで鉄道模型をやっている人自体ほとんどいませんでしたから。

 あるいは何人かはいたかもしれませんが当時のこの趣味と言うのは基本的に個人単位で自宅に籠ってちまちまやるというのが主流でしたから、こうした形でイベント化するという発想自体が希薄なものでした。
 そんな事もあってこの記事に出てくる運転会の描写は今でも私にとっては「趣味の理想像のひとつ」として像を結びます(恐らく筆者の相葉氏もそういう意図で書かれていたと思いますが)
DSCN9945.jpg
 鉄道模型という共通点はあってもそれぞれが自分の面白いと思うジャンルを開陳し、互いの嗜好の違いをも祭りの彩りとして楽しむ事の出来る事。
 これも同好の士の集まるイベントゆえでしょう。

 記事の一節にこういう文があります。

「メンバーはウルさい事を言わずに、とにかく鉄道と鉄道模型が好きなメンバーで構成されており、その目的は趣味を通じて社会の中に良い人間関係を作ろうというものであります。ファンの世界の中に良い社会の縮図を作ろうというものであります。また、真に良い物を見抜く目を養成しようというものであります(中略)難しい事を言いましたが、鉄道およびその模型を趣味とするものがみな仲良く楽しく、誇りを持って社会の中で生きて行こうという事です」

 この記事で一番語られたかった事はそこではなかったかと思います。
 理想論ではありますが、してみると50年前の当時ですらここで書かれていたのとは逆な方向性の萌芽がみられていた、とも取れますがこれは最近読み返してふとそう思っただけです。

 実際に50年が経って見るとここで書かれていた事の一部は現実のイベントと言う形で実現していますが、それとは相容れない種類の問題もまた顕在化しているのも確かでしょう。

 趣味である以上自慢したい所もあるでしょうし、自分の嗜好をアピールしたいのも当然です。
 ですが、いたずらに他者を見下したり優劣を比較するよりも互いの嗜好の違いや異質さをもある程度までは楽しむ姿勢が大事なのではないでしょうか。
 久しぶりにこの記事を読み返してそんな事を思います。

光山鉄道管理局
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2015年12月30日

2015年を振り返る・1「レストア旋風の年」

 そろそろ2015年も終わりに近づきました。

 毎年恒例の2015年を私の趣味から振り返る企画。
 今年もやらせて頂きます。
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 2015年を振り返ってまず思うのは「今年ほどジャンクモデルのレストアが多かった年はなかった」事。
 ここでのレストアは主に走行系の復活を指すのですが、春のMORE キ920から始まり、BACHMANNのメトロライナー、夏の中村精密C57、秋の香港TOMIX583系なんかが思い出されます。
 切り継ぎ改造も入れると関水金属の旧20系からマニ20、ナハネフ22、ナハフ21をひねり出した様なのも入りますか。
 これらは大概クラブの運転会へ持ち込んで「ジャンクの花道」を走ってもらうのも今年後半は定番になりました。
DSCN7939.jpg
 この傾向は昨年の夏に50年前のアーノルドのDLの牽くサンタフェ客車編成を復活走行させてからより加速した感じがします。

 最近の製品がすいすい走るのは当然ですし、それらのモデルが人気を集めるのもわかります。
 ですが一方で「もう走れない」「古すぎて見ずぼらしい」とされた旧モデルでもひとたび走りを復活させるとモジュールレイアウト上を実に生き生きと走ってくれるのです。
 それをレストアした当人が眺めると言うのは(ある意味自己満足そのまんまながらも)やはり感動はするものです。
DSCN8460.jpg
 前述の通りこれは独りよがりの自己満足には違いないので運転会では専ら一般客の最も少ない真夜中などの時間帯を使ってやってはいます。

 ですがレストアや旧モデルの活用としての車両工作と言うのは「はじめにプロトタイプありき」の本来の車両工作とは些か離れたやり方であるのも確かではあります。
 何しろ「素材となるジャンク品がなければ始まらない」と言う点でかなり受動的な工作形態ですから。

 ですがそんな工作でもやっている時は(ストレスもそれなりにたまるものの)やはり楽しいのです。
 この楽しさはわたし的にはレイアウトの製作中とかキットの製作中とかの楽しさとは何ら変わるところがありません。

 強いて言えば「自分の腕の下手さを認識する時に辛い」のですが(大汗)
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 このレストア中心の方向性は車両模型に関する限りは恐らくこれからも続くと思います。

 実は来年に「レストアの大物」がいくつか待っているのですが・・・
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