2016年12月22日

マイクロエースの20年に思うこと

 先日「Nゲージ蒸気機関車」さんのサイトを拝見していたら今年がマイクロエースがNゲージに(実質的な)再参入を果たしてから20周年を迎える事を知りました。
 TOMIXも40周年ですし昨年から今年は色々とNゲージにとっては節目に当たる年の様です。

 それに便乗する訳ではないのですがこの機会に私も96年以降のマイクロエース製品の思い出を書いてみようかと思います。

 尤も、マイクロが再参入した96年は私にとっては鉄道模型の趣味の中断期間に当たるのですが。
 私が初めてマイクロ製品を購入したのは2006年頃。
 当時はこのブランドのイメージなんて物がはっきりしていた訳ではなく「やたら新製品の多いメーカー」と言う位しかありませんでした。
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 最初に購入したのは中古で485系のスーパーはつかり。
 当時は競合製品もありませんでしたし、殆ど選択の余地はありませんでした。
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 蒸気機関車で最初に買ったのはこれまた中古。
 2009年頃に9600の北海道仕様を購入しました。

 これがまた「1両800円」と言う超ディスカウント価格(笑)
 そんな事もあって出来についてはそれほど期待していなかったのも事実です。

 が実際に手に取って見ると意外なほどの細密さとフォルムの造形の良さで少なからず驚かされた記憶があります。
 それ以降、新品、中古を取り混ぜて色々とお世話になったのも確かです。
 一方で中古が多かった事もあって主に走行系のトラブルに当たる比率は他のブランドよりも高かったですが、その過程で動力車のばらしと再調整のやり方を殆ど腰だめに近いやり方で身に付ける様になったと言った意外な副産物も(笑)
 これはマイクロに限らずKATOやTOMIXにも応用可能なノウハウでしたし、Nの動力車の構造と調整法を知る上でかなり役に立った事も確かです。
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 個人的にマイクロで気に入っているのは先述の9600をはじめ、C52、4110、E10、7100、電車では南海のこうや号、小田急SE、東武のDRC辺り、最近では鉄道ホビートレイン辺りでしょうか。
 どれもこれも(実質的な)競合モデルが無いと言うのが特徴ですし、それまでのNメーカーで出してくれそうにない機種までリリースしてくれたせいもあって、多くを期待しなければ他のモデルにもそれほど悪印象は持っていません。
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 まあ、中にはダイカストが崩壊したとか、いきなり集電不良を起こしたとかいった走行系のトラブルを抱えた、いわゆるハズレもそれなりの比率でありましたが。

 造形面で言うと上述の機種以外の蒸気機関車の独特なプロポーションとか、初期の401系の様にフルラップ衝突した直後みたいな平たい前面の近郊電車とかの明らかに変なものもあるのですが、ある時期からこういうのもメーカーの個性と割り切れる気にすらなってきたから不思議なものです。
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 最近はここも新製品が少なくなり(おまけに高騰化)敢えて欲しい新車もなくなっているのですが、それでもここ一番と言うところで突発的に欲しい機種が出たりするのでまったく油断のならないメーカーではあります。


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2016年07月04日

KATOの「急行音戸セットのマロネ41」にNゲージの50年を思う

 昭和39年版の「模型と工作 臨時増刊・鉄道模型ハンドブック」(技術出版)から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
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 前回のマヌ34でこの企画も打ち止めかと思っていたのですが、今回KATOの急行音戸のセットにマロネ41が入っていたので番外編的に追加しました。

 件の「鉄道模型工作ハンドブック」の客車工作の項のトップを飾っていたのが「マロネ41とオロ42の作り方」でしたので。
 ページの煽りには「かつての花形」なんてついていたりしますが本書の刊行当時は20系ブルートレインの増備華やかなりしころで昭和20年代の特急形客車が続々と急行用に使われ始めていた時期でもありました。

 今の感覚からすれば車齢15年かそこいらで「かつての花形」扱いと言うのは少し違和感がありますがこの10年後くらいから客車の新型自体が激減(普通客車などは実質50系だけ)しているのも関係あるかもしれません。
 記事の冒頭では

「皆さんが東京から大阪まで旅行をするとすれば、すぐ「こだま」形特急電車や東海形急行電車を想像するでしょう。ところが数年前までは大阪に行くにもEF58形のひく客車列車に乗らなければなりませんでした。
今では九州方面に行く列車と各地方に分かれてゆく列車それに寝台列車などにだけしか客車列車はのこっていません」
「一等寝台車マロネ41は昭和25年に外人観光客用として冷房をつけてデヴューしその後急行列車になくてはならない存在となってます」
(上掲書61Pより引用)

 とあります。
 この記事の初出は新幹線開通前の昭和37〜38年頃ですが、この時点でも旧客が過去のものとなりつつある事がわかります。
DSCN6383.jpg(上掲書61Pより引用)
 この記事ではマロネ41はオロ42とセットになっていて写真を見るだけではどっちがどっちかわかりません。
 マロネ41は旧客らしからぬゆったりした窓配置が特徴的ですが、体格のいい外人観光客用の客車と言う出自を知ると何となくそれも納得です。
 言われてみれば窓配置だけはアメリカあたりの優等列車っぽく見えなくもありませんが窓配列以外は普通の日本の旧客そのものなので違和感と言うか独特の個性を感じます。

 16番モデルの製作記事は他の車両と同様「ペーパーと市販の床板」を素材にしていますが、今「市販の床板」なんて聞かされても特にビギナーのモデラーは面食らうのではないでしょうか。
 16番メインの時代には「どこの模型屋でも床板や屋根板が普通に手に入った」と言うことが伺われますし、仮にそれが無くても普通のモデラーのレベルで「適当な板から床板を切り出す」位の工作はよくやられていたのではないでしょうか。

 実際、この本を参考にしていくつかの車両をものしていたこの本の元の持ち主の親類は床板も適当な端材から起こしているのを見た記憶があります。
DSCN6384.jpg(上掲書64Pより引用)
 本書に掲載の作例写真も今の目で見れば朴訥ですが、マロネ41らしさを感じさせるすっきりとした窓周りは何か清々しい印象を受けます。

 さて、Nゲージでのマロネ41のリリースは金属ボディのキットから登場し、ごく近年にマイクロエースからセット物の1両として、そして今回のKATO「急行音戸」セットの一員としてのリリースとなります。
 モデル化の時期はかなり遅い部類ですが言い換えればこれ位クラシカルかつ派手な人気の薄い車両が製品化されるほどにNゲージのラインナップが充実してきたという事でしょうか。
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 ただ、前2者のマロネは製作に覚悟が要ったり(笑)セットの価格が無闇に高かったりととうてい私如きに手の出せる代物ではありませんでしたから、実質今回のKATOのセットが最も手軽に入手できるマロネ41という事になります。
 最新の技術でモデル化されているだけあってKATOのマロネは造形に殆ど隙がありません。
 更に特定編成のモデル化という事でカプラーが最初から実感重視のKATOカプラーとなっているので尚更見た目の完成度は高いです。
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 マロネ41自体は音戸に限らずいろいろな寝台急行に使われていましたから個人的にはバラ売りを希望したいところですが最近のユーザーは旧客でも「買い集めた客車を組み合わせて楽しむ」と言う方向性が薄れている様なので少し望み薄ですね。
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2016年05月07日

日本型Nゲージの50年と思い出から・トム50000編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
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 今回は二軸無蓋車トム50000です。

 先にワム3500の話をした時に「木製車体の有蓋車には50年前の当時でも馴染みがない」なんて話をしましたが、これが無蓋車となると状況は一転します。
 当時はボギー車のトキ15000もバリバリの現役(それどころか私の記憶に間違いなければ昭和40年代の初め頃まではボギー貨車の中で一番よく見掛けた機種だったりします)でしたし、2軸のトム・トラですら木材チップの輸送用を中心に大活躍していました。
 何しろ当時の故郷の駅には木材の積み出し基地も兼ねており、駅本屋のホームの端っこにはこの貨車を動かすためのトラバーサまであった位でしたから如何に普及していたかがわかろうと言う物です。

 但しここで見かけた無蓋車は殆どが戦後製造のトラ90000辺りで大半が戦時中の製造である記事中のトム50000とは異なります。
 あるいはほかの用途でトム50000もあったかもしれませんが今となっては確かめる術もありません。いずれにしろ「二軸の木製無蓋車がポピュラーな存在だった」事には変わりありませんが。

 形態の上ではトラ90000は一応無蓋車ですが上部にチップ積載に対応したケージ状の黄緑色の金網があるのが外見上の特徴です。
 当時はこのケージは取り外し可能と思っていましたが実際はどうでしたか(笑)
 これがなければトム50000とトラ90000の外見はそれほど違わない気もします。

 ですからワム23000と同様「あの貨車の模型化記事」としてそれなりに楽しく読んだ記憶があります。
 「楽しく読んだ」なんて書きましたが、実はこの貨車の製作記事は本書の中でも一番短い「たった1ページ」

 材料は本書でよく使われる白ボール紙ではなく1・5ミリ厚の木材だそうです。
 あの頃は大概の模型屋にあったマテリアルだと思いますし、どうかすると駅弁の箱にでもありそうな材料でしたが今ではなかなか使われない気もします。
 が、荷台内側まで表現しなければならない無蓋車の素材としては適当です。
 「ラッカーの中に歯磨き粉を入れて艶を消しますといっそう実感がでてきます」という説明がいかにもあの頃の模型工作ぽいですね。
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 さて、Nゲージのトム50000は前回紹介のワム50000と同様にトミーナインスケールの最初のラインナップのひとつでした。
 2軸貨車の編成のバラエティを付けるには不可欠な車種だけにこれまた登場が歓迎されたのではないでしょうか。
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 モデルは砂利を積んだ状態で出ていましたがこの積み荷を外すと内側に床板の筋がモールドされており空車状態にも対応している配慮がされています。
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2016年04月09日

日本型Nゲージの50年と思い出から・ワム3500・ワム50000編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
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今回紹介するのはワム3500。

 私がこの本を取った時点ですら2軸の有蓋車は殆ど鋼製車体の物が主でワム80000辺りの「茶色い有蓋車」がちらほら見かけられる状態でした。
 ですから本書の中でも木製車体の貨車と言うのはかなり古典的に見えたものです。

 製作記事でも同じ車体でありながら側板に筋を入れる工程がかなり面倒くさそうに見えた印象があります。
 ですが鋼製車体のワム23000と共に旧型の有蓋車の製作記事があったというだけでも本書の印象が何となくデラックスに見えたのは間違いありません(笑)
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 製作法は上述の板目の筋を入れるところを別にすればワム23000と変わりないものですから編成のバラエティを付けるという意味では中々お手軽ではあります。

 ところで本書の記事によると「この貨車の側面に筋交いを入れるとワム50000になります」とあります。
 ですが本書の記事の図面では筋交いが入っていないのに作例写真では筋交いが入っています。という事は写真のモデルはワム50000と見るのが妥当なのではないかと思われます。

 さて、そのワム50000はトミーナインスケールが最初にリリースした貨車のひとつとして割合早い段階からNゲージでも製品化されました。
 つまりナインスケールとしては初の日本型貨車のモデル化という事になります。
 それまでのNの貨車のラインナップは関水金属のコキ、ワキ等の高速貨車が主で2軸貨車はようやくワム80000、レ12000、ヨ6000が出た程度のものでした。
 当時人気のD51が牽く編成を組もうと思うにはいささか貧弱なラインナップでしたからナインスケールの2軸貨車は当時といえども福音だったのは間違いありません。
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 このワム50000、ナインスケール〜TOMIXを経由して後に河合商会でも継続してリリースされた結構な長寿モデルでした。
 ポポンデッタに移管されてから出ているかどうかはまだ確認していませんが、あの頃よりも蒸気のラインナップが充実している今だとその存在価値は更に高い物があると思います。
 木造有蓋二軸貨車なんて、KATOもTOMIXも中々出さない車両ですし。
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 また、車体が旧式であるところを逆手にとって(同時発売のワフ29000と併せて)「車体だけレイアウトに置いて物置や倉庫に転用する」と言う使い方もなかなか悪くないと思います。
 同じ事を鋼製車体の貨車でやっても今ひとつピンと来ない気もするのですが「木造の物置ならどこにでもありそう」な気になるのが面白い所ではあります。
 こんな事を書いていたら私もやって見たくなってきました(笑)
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2016年04月01日

日本型Nゲージの50年と思い出から・都営地下鉄5000系編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)

 64年版の記事の特徴は私鉄車両の記事が意外なほど多かった事です。

 私の故郷では私鉄という物が殆どありませんでしたし、また以前書いた様に本書に取り上げられる記事には絵本なんかでは見かけない車両が多かったですから本書で初めて存在を知った車両も多かったです。
 中にはかなりな古典車両もありましたし、レイアウト向けの小編成に向いた短駆の普通電車も多かったですからかなり新鮮でした。
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 さて、その私鉄車両工作記事ですがトップバッターを務めたのはこれまた絵本なんかでは見そうにない地下鉄の電車でした。
 都営地下鉄5000系がそれです。

 この電車元々の影の薄さに加えて相互乗り入れの関係からか京成の旧塗装とほぼ同じカラーリング(実際はこちらが先なのですが)だった事もあって本書以外で見かけた事が殆どありません。
 大体にしてあの頃絵本や図鑑で取り上げられる「地下鉄」といえばその9割がたが「丸ノ内線の300系」でしたし、おかげで私を含めた田舎者の殆どは「東京の地下鉄は全部300系」とすら思っていた位です。
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 ですが5000系の18M級3扉の2連の扉写真は中々にモダンな印象でした。

 16番の製作記事そのものについては特にここで書く様な特徴はありません。

 さて、この5000系、上述の様な印象からNゲージで製品化などされていそうにない気がしていたのですがそこはマイクロエース。
 ごく最近に当時のカラーリングと旧塗装の仕様がセットでモデル化されています。
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 また、それ以外にもGMのキットも出ており意外と製品化には恵まれていた感じもします。
 私の手元にあるのもGMのキットメイク品ですが、わたし的にはこれで十分以上です。
 惜しいと言えば「地下鉄なのにライトが点かない」位でしょうか。
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 偶然にも手元には相互乗り入れモデルの京成3200系(リバイバル開運号)もあるので相互乗り入れごっこ位は出来そうです。それにしてもこのふたつ、カラーリングが殆ど同じなのであまり違和感がありません。

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2016年03月18日

日本型Nゲージの50年と思い出から・チキ1500編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)

 64年版工作ハンドブックには他の年次に比べて貨車の工作記事が多い事は前にも触れました。

 運転派にとっては機関車も大事ですがやはり「お座敷運転でも編成ものの貨物列車を楽しみたい」というニーズは強かったであろう事は容易に想像できます。
 ですが一方で「工作にあまり手間を掛けたくない」というのもあったのではないかと思います。

 あの頃から昭和50年頃にかけての16番モデルでは完成品でも機関車にはそれなりに手間が掛かっている一方で貨車の方はかなり簡略化した作りの物が多かった気がします。
 (当時物のエンドウのワム80000を持っているのですが後のKATO製に比べても大雑把さは一目瞭然)作り手にとっては貨車はあくまでも添え物に近い(それでいて必要性は非常に高い)存在でした。
 ですからこれまで紹介してきたものを含めて貨車の工作記事は「切妻の箱を作って台車を履かせるだけ」に近いレベルが大半です。
 確か別のハンドブックでは「マーブルチョコの空き容器でタンク貨車を作る」物もあったと記憶していますが。
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 その意味では今回紹介の物などはその極北と言っても良いかもしれません。
 チキ1500長物車。
 これなどは「床板にTR24台車を履かせるだけ」で十分成立するものです。
(因みに台車をアーチバー型にするとチキ4000になるそうですがいずれにしてもお手軽な部類である事は間違いありません)
 台車さえ確保できれば一晩で2,3両位はすぐ量産できそうな気もしますが、それでも床板に筋やストッパーをきちんと入れたり銘板をきちんとつけると意外と貨車らしく見せる事もできるモデルと言えます。
 記事では「積み荷に工夫を凝らせば十分楽しめる」といった意味の事が書いてあります。実際こういう貨車は「なにを積もうかと考えるのが一番楽しそうな気もします。

 そのチキですが16番ではエンドウが早い段階から製品化していました(確か荷物は「山から切り出した様な感じの丸太数本がステーに固定されている」と言う物で雰囲気的になかなかワクワクさせるものでした)
 がNゲージでこの種の長物車が製品化されたのは意外に遅くTOMIXが「操重車のおまけ」と言う扱いで出したのが最初だったと記憶しています。

 そんな具合でしたから床板の上に乗っているのは「クレーンの部材受け」
 ですがこれだけでも操重車のペアとしてはなかなかにプロフェッショナルなイメージを掻き立ててくれています。
 最近ではレールを積んだチキ7000なんかも製品化されていますが上述の工作よりもかなり手の込んだ造形です。
 一方で2軸貨車の方では「チ1」が早い段階で製品化されています。
 但しこちらも「丸太を3本積んだ状態」で特に初期モデルを空荷にすると結構不安定な走りになりました。

 「長物車」と言う存在は鉄道を扱った図鑑では必ずと言っていいほど登場する貨車です。
 が、その割には実際模型を手に取ると「じゃあ、何を積めばいいのか?」と一瞬迷う貨車でもあります。

 大概の場合まず思いつくのはレールとかパイプの類でしょうか。
 最近では時流に乗って(笑)「カバーをかけた軍用車両」なんて作例も結構目にします。

 また、模型工作の観点からすれば「床板が一枚あれば成立しそうに見える」意味ではかなりお手軽なイメージを持たれそうな機種でもあります。
 この貨車の魅力は本体よりも「積み荷のバラエティ」にあると言うのが記事を書く側の感覚ではなかったでしょうか。

 実際は「ただの床板一枚」であるがゆえに「これをどうやって貨車らしく見せるか」に腕の見せどころがある点で意外と難しそうな機種と言う気がします。
 形式の銘板を付けて見るとかステーの取り付け部を表現してみる、床板にも荷物固定用の器具を表現してみるとかして「空荷でも貨車らしく見せる」のは結構面白そうな気もします。

 事実今回の工作記事で幼かった私が一番インパクトを受けた部分は「自動車とボートが積んである完成写真」でした。
 他の貨車と違い「何を積んでやろうか」と思わせる点で本書の中で「一番夢を感じさせる貨車」がこのチキだったと思います。
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 ですが、これを運行する場合Nなどは16番よりも軽いのでノーマルの空荷、若しくは軽い荷物などを積み込ませた状態で編成に紛れ込ませると非常に脱線しやすい厄介者です。

 先日の運転会でこのチキを含めた貨物列車の編成を組んでみたのですが
 「とにかく脱線が多い」のには辟易しました。TOMIXのボギー車なのに(汗)
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 何しろ床板一枚しか無い車体なだけに本体そのものを重くしない限り軽過ぎて路盤のちょっとした変動でも敏感に拾ってしまうのです。
 その時はやむなく手持ちのウェイトを動員して重さを稼ぎ、どうにか凌ぎました。
 「たかが長物車と侮るなかれ」
 今回チキを走らせて得た教訓はこれだったりします(笑)
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2016年03月08日

日本型Nゲージ50年思い出緊急企画(笑)・マヌ34編(一部追記)

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)

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 今回は急遽特別企画を組みました。
 というのも本書に収録されていた製作記事の中に「マヌ34暖房車」の記事があったからです。

 実車のかなりのマイナーさから考えて「まさかマヌをKATOが製品化する」なんて考えもしませんでしたから。

 蛇足ながら「暖房車」というのはストーブ列車の事・・・ではなくて蒸気暖房用のスチームを自力で作れない電気機関車などが客車列車を牽引する時につなげられる「走るボイラー室」みたいな車両を指します。
 大概の場合ボイラーには廃車になった小型蒸気機関車のそれが転用されており、当然石炭庫と水タンクもそれに付属しています。ですから形式名こそ客車の延長の様に見えますが「煙突から煙を吐きながら電気機関車にひかれていく」という今の目から見ると一種シュールな絵面の車両であります(笑)

 このマヌ34、数ある暖房車の中でも最大級の大きさを誇るそうですが、私の故郷では暖房車自体がまず目にしない存在だったので(蒸機からいきなり電気暖房対応のED75に切り替わったため)「模型と工作」の製作記事はかなり物珍しかった記憶があります。
 実車の出自そのものも「トキ900の台枠に2120のボイラーを載せ台車はナハ22000系(オハ31系)の物を転用」というユニークさで印象に残りました。
(ついでながら同記事では2120は明治、ナハ22000は大正、トキは昭和と「3つの時代の車両部材の組み合わせ」という事が記されています。この点でもユニークですね)
 外見もパッと見貨車とも客車ともつかない独特なものでこれまた個性的です。
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 「模型と工作」ハンドブック上では工作自体はペーパー車体によるものですが前後にデッキのある金属工作必須の構造な上に「燃料庫のワクの中には本物の石炭を細かく砕いたものをセメダインで貼り付けると実感的です」なんてあって面喰います。
 客車の工作で「石炭」なんて言葉が出る事もなかなかないでしょうし。
 それでもこのマヌ34、そこを除けば独特のボディ構造や「窓や扉が少ないので窓抜きの手間が少なそう」な点に魅力があり「もし製品が出なかったら自作に挑戦してみようか」とかねてから考えていた機種だった訳です。
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 と、まあそれがつい先日までの状況でした。

 それがどうでしょう、あのKATOが先日「中央線普通列車セット」の中にそのマヌ34を製品化しているではありませんか(笑)
 ですから、これまで紹介してきた「Nで製品化されたモデル」の中ではこのマヌ34が文字通り最新という事になる訳です。
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 そのマヌ34ですが最初手に取って見た印象で言うなら「意外に小さいな」と言う感じです。
 最近のKATO製品らしく細密感は文句なし。確認していませんが車内にはボイラーがきちんと鎮座している様です。
 (このボイラーをベースにKATOの2120が製品化…な訳ないですよね汗)

 製品は「セットの中の1両」でバラ売りがされておらず今回の編成専用みたいな感じになってしまいましたがSGを装備しない機関車と組ませれば客車の編成の融通が利く性質の車両と思います。
 ASSYパーツの組み合わせも意外と高いと思うので個人的にはバラ売り希望ですが・・・
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 本書の記事によればマヌと組ませる機関車としてはED16、EF53、ED60が、牽引される客車としてはオハ35系スハ43系辺りが似合うようです。

 この記事の巻末には以下の言葉で締めくくられます。
「さあマヌ34形暖房車は寒い冬にも、みなさんのレイアウトにあたたかみをそえて走りまくります」
 この記事に限らないのですが本書にはこういう素朴かつ情感ある締めの記事が多いのが今となっては懐かしいです。
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2016年02月27日

日本型Nゲージの50年と思い出から・ホキ4200編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)

 今回取り上げたいのはホッパーカーのホキ4200。
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 この種の砂利・鉱石運搬用のホッパーカーというのは普通の無蓋車よりも「鉄路のダンプカー」を思わせる微妙にメカニックな魅力を感じさせる貨車ではないかと思います。
 普通なら何十両のホキが貨物専用機に牽かれてゆっくりと、しかも力強い走りで峠や田園風景を走り過ぎて行く様な風景が似合う感じもします。

 さてこの貨車の16番モデルは本書での貨車モデルと同じ様に2ページの見開きで図面から製作法まで書かれています。
 短駆のボギー貨車としては不思議に軽快な感じを持った貨車ですが後に実車の写真なんかを見ると運ぶ物が物なだけに相当な重量感を感じました。
 写真のモデルがややあっさり目な事もあるのでしょうがこのホキに関する限り、もう少しディテーリングがあった方がそれっぽかったかもしれません。

 とはいえ私が本書を手にした時真っ先に自分で作って見たくなった貨車がこのホキ4200でした。
 「貨車が作りやすそうに見えた」という部分もあるのですがやはり形態の個性がおさな心に創作意欲を掻き立てていたのかもしれません(笑)

 ですがその後Nゲージを初めてから暫くの間この貨車の存在を忘れて仕舞っていたのも事実です(汗)

 さてこのホキ4200ですがごく近年にマイクロエースのD50とセットで編成物がリリースされています。
 実はカタログでこれを見て久しぶりにホキ4200を思い出したのですが、同時にこの写真で初めて「この貨車の色が黒だった」のを知ったりします(恥)

 私が小学生だった頃はなぜかこの手の鉱石ホッパー車は茶色をしているものと勝手に思い込んでいましたから。
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 その「茶色いホッパ貨車」の方は意外にも貨車にはあまり縁のないGMから完成品でリリースされていた事があります。
 但し形式はホキ2500ですが。
 後にKATOがED16との組み合わせで同形式のモデルを出していますからモデルとしては比較的入手しやすい形式となりました。
 こちらの方は当鉄道では処分セール品でGMの仕様をまとめ買いした事があります。
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 今回の写真は殆どその場のノリでKATOのD51に牽かせてみたものですが編成の重量感を思うとむしろD52辺りの方が似合ったかもしれません。
 この手の専用編成は長ければ長いほど迫力を感じますね。
光山鉄道管理局
 HPです。本日「車両紹介」の項一部追加しました。

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2016年02月20日

Nゲージ50年番外編 ED75からNゲージの進化を見る

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 先日入線の天賞堂の16番ED75はその箱に購入年月日と思しき「1974年2月10日」と言う書き込みがありました。
 偶然と言いますか、1974年とはトミーナインスケールでもNゲージ初のED75がリリースされた年でもあります。

 ここ40年程の間にNゲージのモデルも細密感の点では16番のそれにかなり近接していると思うのですが(それが良いかどうかは別として)1974年の時点ではどうだったのか。
 幸い、ナインスケールの初期型のED75も手元にありますので実際に並べて見る事も出来ますし、TOMIX時代にリリースされた16番のプラ製ED75と同時期のTOMIX NゲージのED75を比較する事も出来ます。
 そこで早速この4者を比べる事で40年間のNと16番の進化を比べて見たいと思います。
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 まず天賞堂とナインスケールのふたつから。
 並べて見ればわかる様にまるで勝負になっていません。

 天賞堂がハンドメイドのブラスモデル、ナインスケールが香港製のプラ成形という違いがありますが、細密感や質感の点では誰が見ても分るほどの大きな差があります。
 何しろナインスケールのは前面の窓枠までもがプラの一体成型でプラの厚みがもろに分かりますしボディ自体が成形色そのまんまなので質感の安っぽさは目を覆わんばかり。
 屋根上の碍子類は当時としては頑張った部類と思いますがやはり16番に比べると安っぽさが目立ちます。
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 走りの質感もナインスケールのは当時の関水と比べても走りの安っぽさが出ていたほどのモデルでしたから重量感がありスローもそこそこ効く16番とは比べ物になりません。
 なんて偉そうに言っていますが天賞堂のED75はモーターなしのトレーラーなのでこれは比較できませんでした(汗)

 価格ではNのED75の値段は辛うじて3千円を切るくらいだったと思いますが、逆に言うと当時ですらこのモデルの取り柄は値段だけだったので分が悪いのは明らかです。

 これでは当時の16番ユーザーがNゲージをオモチャ扱いするのもむべなるかなと言えます。

 もしナインスケールがこれで終わっていたなら後のNゲージの隆盛はなかったかもしれません。

 しかしそれから30年ほどの間にNゲージは急速に普及、ナインスケールもTOMIXに仕切り直され質的にも急速に向上します。
 KATOとの相乗効果や新規参入の増加もあって80年代には市場的にNゲージが16番にとって代わる存在にまで成長します。

 その後そのTOMIXブランドも車両に限定する形で16番に逆参入。
 プラ製ボディのED75をリリースするまでになります。
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 そのED75は昨年私も中古を入線させましたがこちらはワイパーの別パーツ化などでNにない細密感と走りの質感をもっています。
 実際40年前の天賞堂モデルよりも細密感が高い部分もあるくらいですが、逆に言えばこの40年間の細密感の進歩は「天賞堂とTOMIXであまり違って見えない」程度であるとも言えます。
 (尤も、今の天賞堂のモデルならばこのTOMIXのそれを上回る細密感と造形を持っているとは当然思えるのですが)
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 一方、Nゲージでその40年前のED75と現在のそれを比較するとこれはまるで別物と言っていいくらいに違います。
 余りの違いっぷりに「プロトタイプが違うのじゃないか?」とすら思えるくらいで(笑)
 特に大きな進歩は前面窓ガラスがはめ込み式でプラの肉厚感を軽減している事、Hゴムが単なる塗りから窓ガラスにモールドと着色を加える事でかなりな細密感を出している点です。
 最近のHG仕様では手すり類の一部が別パーツ化され一昔前の16番並みの細密感を出しています。
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 してみるとNゲージ車両の造形面での進化は16番のそれよりもかなり速いペースで進んだ事になります。

 なるほど、これで16番よりも安価なら確かにNゲージに飛びつきたくなるのは無理もありません。

 今回の比較は最初は興味半分でしたが比べている内にNゲージの変遷を偲ぶとともに色々と考えさせられる所もありました。
 それについては次の機会に。
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2016年01月28日

日本型Nゲージの50年と思い出から・小田急デユニ1000編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
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 今回は小田急デユニ1000です。

 本書では東武を始め近鉄や京王、東急や都営地下鉄等の錚々たるラインナップで私鉄電車の製作記事が12も掲載されていますが小田急の電車はこの荷物電車だけだったりします。
 (しかも読み返してみたら阪急や名鉄、西武の車両はひとつもありません)
 製作記事の書きだしでも「単行、又は数両の貨車を引いてトコトコ走る姿は小田急らしからぬのどかなムードがあります」とありますが、小レイアウト、それもシーナリィ付きのレイアウトでの運用には非常に似合う荷電ではあります。
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 16番の製作記事は例によってペーパー車体に木製の床と言う構成。
 写真で見る限りは今の目で見ると結構あっさりした造形ですが、朴訥な味がよく残されていて当時子供だった私から見ても好きな電車でした。
 そもそも「小形の荷物電車」自体が私には目新しかったですし。
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 ところでこれほどマイナーな機種であるにも拘らずNゲージでこれが製品化されたのは意外に早く70年代の終わり頃にナローモデルで有名な乗工社が「接着剤で組めるメタルキット」としてリリースしています。
 同じシリーズでは路面電車や江ノ電(ベースは山梨交通の路面電車。上田丸子電鉄を経て江ノ電に入線したというある意味マニアックな経歴の車両)等がラインナップされていました。
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 ところがこのキット、動力と足回りに当時出たばかりだったKATOのDD13をそのまま使うという今の目からすると非常に「豪快さん」な構造。
 上回りと足回りとのアンバランス感は実車を知っている人からすればおそらく許し難いレベルかもしれません。

 尤も今なら鉄コレの動力ユニットの転用も出来そうですからキットを入手しても不満はないかもしれません。
 (但しメタルの塊で構成されている屋根は意外に重いので高重心に注意する必要はあるかもしれません)
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 金属車体のNゲージ電車モデルはこの当時エンドウやしなのからも出ていましたがエンドウなどがプレス表現なのに対して乗工社のそれはエッチングで細部を表現しているのか、意外なほどのかっちり感があり今のモデルと並べても遜色ありません(私の主観ですが)
 私は素直にDD13の足回りを移植したのですが走りについては全く問題がない物のベースのヘッドライトユニットを撤去していないので「ヘッドライトが光らないのに室内がビカビカに明るい」と言う間抜けな状態になっています。

 ところで今回このモデルを取り上げたのには訳があります。
 先日来製作中のマイクロED91タイプとの関連でこのモデルが登場する予定ですのでもうしばらくお待ちください(汗)
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2016年01月09日

Nゲージ50年を振り返ったこの1年(笑)

 今回の話は本来なら昨年暮れに上げる予定だったのですが、つい年を越してしまいました。
 出し遅れの証文みたいな感じになっていますがご勘弁ください。
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 昨年はKATOが製品としての日本型Nゲージとしては初となる「初代C50とオハ31」をリリースしてから50年に当たる節目の年だそうです。
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 鉄コレも10周年、記憶に間違いなければグリーンマックスがNに進出したのも40周年だったかな?と。
 (今は鉄道模型をやっていないですが学研のNゲージも40年前のリリースだった筈です)
 ついでながら私が75年にこの趣味を本格化させてから(途中20年のブランクがありますが)40周年にも当たります。
 してみるとKATOに限らず2015年とはあらゆる意味で節目の年だったと言えます。

 このブログでもそれにあやかる形で(かなり強引な内様ですが)Nゲージの50年を私なりに振りかえる企画をやってみたりしつつ当時を回顧して見たりしました。

 私がNを始めた時期自体KATOのNの10周年のタイミングの筈ですが、その当時でさえNのラインナップは16番はおろかメルクリンのZゲージよりも貧弱な状態でした。
 それでも始めて入線させたキハユニ26を線路上で走らせた時の感動は忘れられません
 (パックは16番用、線路はフレキシブル、フィーダーに至っては「ワニ口グリップ」でしたが)
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 「走らせるシステム」としてのNゲージが確立したのは翌年に当時のトミーが「TOMIX」をスタートさせてからです。
 このインパクトは大きく、現在のうちのレイアウトはTOMIXが無かったら絶対に存在できないとすら言いきれるほどの意味を持っています。
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 ですから私の中では「KATOはNゲージの生みの親あるいは元祖」「TOMIXはNゲージの育ての親、もしくは中興の祖」と言うステイタスがあります。
 つまりKATOだけでも又TOMIXだけでも現在のNの隆盛はあり得なかったと。
(後発のGM、学研、マイクロエース、MODEMOなどはこの2社の補足的な存在意義に留まってしまっています)

 ですから私なんぞからすれば「KATOかTOMIXか」と言う論争は例えるなら「お父さんとお母さんのどっちがいいか」と訊かれている様な物で答えに困るのです。

 何れにせよその後の紆余曲折もあるにせよNゲージは50年でここまで来ました。

 今の時点で今後のNがどうなるのかはわかりませんが、私にとって鉄道模型のメインストリームがNであり続ける事は間違いないと思います。
 昨年と言う年は一面そうした事を再確認する一年でもあったのではないかと。

 その意味では随分理屈っぽく過ごした一年でもあったなあと反省しきりです(汗)

 ああ、そう言えばTOMIXも今年か来年が40周年だったのでは?
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 余談です
 先日KATOの50周年モデルの第二弾がC50のリニューアル品と発表されました。
 最近のKATO蒸機の出来を考えるとかなり期待できると思うのですが最初は「予価2万円越え」にショックを受けたのも確かです。
 ですがよく聞いてみると「50周年記念DVDとブックレットの付いたセットらしい」との事でそれなら幾分納得できる気もします。
 ですが、だとするとやっぱりこれも予約しなければという気分になってしまいました。
 その理由についてはいずれ書く事もあると思います(大汗)

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2015年12月20日

日本型Nゲージの50年と思い出から・オユ12編

  昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
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 今回はオユ12を取り上げます。

 以前から書いている事の繰り返しになりますが私が子供の頃、つまり昭和40年代〜50年代位までの事ですがお盆休みなどで田舎の実家へ行った時の楽しみのひとつは「目の前を通る東北本線のオールナイト運行」を眺められる事でした。

 青森発の時間帯と上野発の時間帯の差などから実家のある沼宮内付近は殆ど夜行列車が途切れる事がなく周囲が死んだように真っ暗な中、線路上だけはオールナイトの賑やかさでした。
 ブルートレインや583系はもちろんですが当時は座席寝台の急行とかも走っていましたし今以上に貨物列車も行き交っていましたから真夜中の2時3時頃でも少なくとも10分か20分に1本は列車が走っていた事になります。

 その中でも不思議な感触を持っていたのは「夜行の郵便、荷物列車」と言う奴です。
 客車列車でなく、貨物列車でもなくそれでいてその通過風景に独特の颯爽さが感じられるのがこの種の列車でした。
 荷物車は走行中は消灯しているのが普通だった様ですが、その中に混じっている郵便車は走行中にも仕分けでもやっているのか時々は灯りがともっているのを見た記憶があります。
 (あるいは日没の早い時期に見た普通の列車だったのかもしれないですが)
 そんなのを見ているとどことなく「徹夜仕事」の持つ独特なプロフェッショナル性の様なものを感じて頼もしく思えたものです。
 尤も長じて仕事などで徹夜を経験する身になって見ると「それどころではない」事もわかって来るのですが(汗)
 そんな訳で郵便車とか荷物車と言う存在には何か特別さを感じていました。
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 今回のハンドブックでもスユ42と併せて軽量車のオユ12の製作記事が載っています。
 オユ12の場合は車内での仕分けはやっていないので上記の思い出とは合致しないのですが。
 モデルの工作法は例によってペーパー車体主体の物で以前触れたナロ10やオシ16と大した違いはありませんが窓が少ない分工作は楽そうに見える一方窓に郵便マークを組み込んだりと言った郵便車独特の工程もあったりするので完成後に編成に組み込むとかなり目立ったことでしょう。

 客車の製作記事の中でもこの種の郵便車は「窓抜きが楽」な割には「編成に組み込むと程良いアクセントになる」事からか異なる2形式の製作法が掲載されるという事になったのではないかと思います。
 後に科学教材社の「Nゲージ」にも10系客車の製作法が載っていましたが何故か郵便車の記事がなく、とても残念に思った思い出もあります。
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 そのオユ12、NゲージではGMのキットとしてリリースされ、後にはマイクロやKATOの編成物の中に組み込まれる形で完成品もリリースされています。
 とはいえ「オユ12の1両の為に他の客車まで抱き合わせで買う」程お大尽でもないので当鉄道のオユ12はGMのキットメイク品ばっかりです。
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2015年12月13日

鉄コレ10周年に思うこと・3「鉄コレと10年、そしてこれから」

 鉄コレ10周年に思うこと、今回は感想めいた話ですがご勘弁を。
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 鉄コレも3弾をきっかけに明らかに方向性が変わりました。
 元々小ぶりな建造物がメインだった街コレにマッチしたサイズの小型車両中心の物からある程度の編成が組める17m級以上の長さの電車、それもTOMIXと題材が重ならない形式が中心になってきた訳です。
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 それに伴い事業者限定品の名目で私鉄のメジャー級編成も続々ラインナップ。
 正直「まさかこんなに増えるとは」
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 それでも時折小レイアウト向けの気動車や電車も時折リリースされる所にこのシリーズの巧みさを感じます。
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 その他、バスコレの延長で使える路面電車もシリーズ化、この間からは私鉄メインとは言え遂に電気機関車のジャンルにも本格参入してきました。

 恐らくこの10年で鉄コレが出した形式数はそれだけでメジャー級のNゲージ専業メーカー並みになってきた感すらあります。

 最初に書いたとおり鉄コレの登場時期は私がこの趣味を再開したタイミングとかなり重なっています。
 ですから私の鉄道模型の趣味の中で鉄コレの影響は相当に大きかったと言わざるを得ません。
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 それまで殆ど注目してこなかった地方私鉄というジャンルに開眼させてくれた事などはその最たるものですが、他にもNゲージの車両工作に必須と言える動力ユニット単品の入手をそれまでとは比べ物にならないほど容易にしてくれた事、
 その手軽さゆえに気負うことなく「鉄道模型の運転」を日常化させてくれたこと、
 何より街コレ、カーコレ、バスコレ等と連携した商品展開でレイアウト作りをかなり容易にしてくれた功績は大きな物があります。

 もし、鉄コレが無かったら間違いなく私の鉄道模型趣味は今とはかなり違ったものになっていたでしょう。

 但し10年経ってみるとその間に鉄コレも細密化と価格上昇のステップを順調に上がっている様で(笑)当初見られた「手軽に楽しむ」部分が薄れている事に少し危惧を感じたりしてもいるのですが。
(最もこれは鉄コレに限らずNゲージ、或いは16番も含めた鉄道模型全体の傾向なのですが)
 そもそも当初の「食玩」的なポジションからもかなり離れてきましたし、
 事業者限定品のあり方なども含めて今後の課題も多い印象もあります。

 ですがそれでも鉄コレは今後も私の注目するシリーズであり続けるだろうと思います。
 次回の22弾はTOMIXのキハ10系DCと組み合わせる前提を思わせる湘南フェイスの郵便車が入っていますし実は今から楽しみにしていたりします。
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2015年12月06日

日本型Nゲージの50年と思い出から・オシ16編

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  昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)

 今回はオシ16をとりあげます。
 とは言っても当鉄道のオシ16の入線は割合最近なので当時の当ブログの内容と重複する所があるのですがそこはご容赦願います。
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 あの頃も今もそうなのですが「食堂車」の存在は私にとっては一種の憧れでした。
 現実に新幹線のビュッフェを利用してみると「高い不味い遅い」に加えて「いつも客で満杯」という四重苦に悩まされるのが常でしたが。
 食堂車と言うのとは異なるのですが当時の私のイメージに比較的近い「食べ物」を出されたのはE5系の「グランクラス」の弁当位でしょうか。

 本書の記事の書き出しにこういう一節があります。
 「(前略)ただでさえ退屈な夜汽車の旅で、寝付けなくて困っている人がサンドイッチやホットドッグといった簡単なものを食べたりコーヒーやコーラなどのソフトドリンクを飲んだりして寝るまでのひと時を過ごせる様にと作られた車で(後略)」
 「ソフトドリンク」「ホットドッグ」!
 いずれも昭和40年のガキにとっては雲の上の食べ物でした。何しろ当時の田舎ではマクドナルドはおろかパン食自体が高級品でしたし「サンドイッチが高級洋菓子屋で売られていた」位でしたから。

 そんな食欲と共に目にする食堂車の製作記事が記憶に残らない訳がありません。
 因みに実車のオシ16は食堂車と言うよりはスナックカーと言った方が適切な雰囲気だった様で一部では「中華街」の異名をとるカラフルな内装だったそうです。
 10年後にNYの地下鉄にバーカー(その名の通り通勤電車で酒を出す軽食コーナー車)と言うのが登場し、当時のTMSにも掲載されましたがその雰囲気に少しは近い様です。

 食堂車と言っても夜行列車につながる性質上、夜食専用に特化した構造がオシ16の身上です。
 独特の窓配置などは食堂と言うよりもラウンジを連想させますし、実際「中華街」という渾名が通用する位(笑)にカラフルな内装も相当に個性的だったようです。

 個人的に今でも乗れるならオシ24やナシ20よりもこのオシ16に乗ってみたいと思う今日この頃。
 最近のコンビニで売られる軽食類は何となくオシ16の雰囲気に合っている気もしますし、気分だけは台所の隅でも味わえるかなと。
 てな訳で流しの隅の鉄カフェ(もどき)は鉄バー(やっぱりもどき)に変身させて当時の気分に浸る事も時々あります(笑)

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 さて本書の製作記を担当したのがクモユニの項でも紹介した西村正平氏ですがこのオシ16もフリーダム度全開(笑)
 作例は何と無塗装の真っ白な車体で掲載された物ですから漢字の読めない幼児はその後長い事「オシ16は真っ白な客車なんだ」と(以下略)
 ですがクリーンな窓周りの抜けの良さがこの機種の身上なので写真で見る作例モデルは中々に好きだったりします。
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 Nゲージのオシ16はGMのキットからリリースとなりその後完成品も出ている様ですが私がこれを入線させたのはつい一昨年の事です。上述の様に私個人も好きな客車でしたがそれだけに当時はキットメイクが上手く行かない事への警戒心も強かったです(汗)
 たまたまGMのキットメイク品と思われる中古を見つけられたからの入線でしたが、その直後にマイクロから単品でオシ16が2両組でリリースされた時は驚きました。
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2015年12月05日

鉄コレ10周年に思うこと・2「第3弾に驚いたはなし」

 前回第二弾まで箱買いしていながら、その先行きに若干の不安を覚えていた鉄道コレクションの10年の思い出ばなしを。
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 第3弾のラインナップが発表された時は正直目を疑いました。
 それまでのラインナップとは明らかに性格の異なる「小田急2200系」「南海ズームカー」というかつてのメジャー車両のモデル化だったからです。
 どうみてもミニカーブのちまちましたレイアウトには似合いそうにないラインナップ。

 これには驚くと同時に「トミーテックは本気だ」と認識を新たにした一瞬でした。
 「もしこの後もこの調子でラインナップを増やしたとしたら凄い事になるのではないか」と思いましたが、その後の展開はまさにその実現そのものでした(笑)
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 第3弾で私を開眼させたのはもうひとつあります。
 これらの車両の「地方私鉄への譲渡バージョン」が多数あった事。パッケージを飾る「一畑電鉄のズームカー」のイラストには未知のジャンルに触れる興味を随分掻き立てられました。
 それまで地方私鉄の電車への興味は正直非常に乏しい物で「へえ、そんな電車もあるんだ」程度の認識でしたが、種車の意外性とか改修時のオリジナルとの差異等楽しめる要素が意外に多い事を教えてくれたのも鉄コレの功績のひとつです。
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 事実、日本の鉄道模型史上でこれほどまでに地方私鉄の車両がピックアップされたのは空前の出来事と言って良いでしょう。
 以後、リリースが重なるにつれて「かつてのメジャー私鉄車両(一部国電あり)」と「その譲渡バージョン」の組み合わせに「次は何が出るのだろう」という興味を高ぶらせてくれた意味でこの10年はとても楽しかったものです。
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 更に第3弾ではもうひとつ私を驚かせる出来事がありました。
 譲渡先の私鉄のひとつで「事業者限定バージョンの鉄コレ」という物が登場した事です。
 当時はその私鉄が比較的近場だったのでイベントに勇躍出掛けたものの会場のあまりの混雑と徐々に険悪化する雰囲気に随分とばつの悪い思いをした物でした。

 しかし商売としては成功した様でこの傾向は他の私鉄にも飛び火し通常バージョンに負けない数のラインナップが揃うほどになりました。
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 後の鉄コレの方向性が固まると同時に鉄コレ自体の飛躍が始まったという意味で第3弾は文字通りターニングポイントとなったシリーズと言えます。

 もうこの頃になると「いつ終わるのか」という心配はかなり薄まりました。

 第5弾で20M級電車や3連編成が登場し、第9弾辺りで「20m級4連」なんてのが登場してもその頃には「ああ、やっぱりな」で済まされますから僅かな間に人間もすれて来たものです。

 今回取り上げた写真はいずれも購入当時の物ですが今見返してみたら小田急2200のオリジナル車両の写真が一枚もないのに気が付きました。どういうわけかあの二枚窓には当時違和感があったようです。
 ついでなので書き加えるとこれが出てから暫くして近所のホビーオフに第3弾の中古が出回った事がありその中から小田急と新潟交通の奴ばかり集めて長編成を目論んだのも今では懐かしい思い出になりました(笑)
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2015年12月04日

当鉄道最古の日本型N・関水のEF70とコキのはなし

 今回の記事は昨年春頃のそれの改訂再録ですがご勘弁を。
 日本型Nゲージ50周年関連ネタです。

 昨年のGW頃にバザーで手に入れたジャンクの玉手箱(と勝手に呼んでいます)の中にEF70が入っていました。
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 ですが最初手にとって見た時これまで入線させていたEF70とどこか違うと感じました。
 その違和感の理由がよくわからなかったのですが
 「カプラーがおかしい」
 普通のNゲージモデルの標準であるアーノルドでもなく、もちろんKATOカプラーやTNカプラーでもない。
 何と40年位前の16番で見かける様なX2Fの小型版なのです。

 これが何を意味するか。
 関水金属のNゲージモデルでもX2Fカプラーを装着したモデルは相当限られます。
 初代のC50とオハ31系、同じく初代のコキ10000、そしてEF70位でしょう。
 後から調べてみて1967年頃にリリースされた初代のEF70のひとつと見当を付けました。
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 こんなのはこれまで「鉄道模型考古学」の写真でしか見た事がありません。
 まさかこんなのが入っているとは。その時はわけもなく盛り上がった気分でした。

 尤も、外見上は中間台車が欠落しているので骨董的価値は殆ど無い代物ではあります。
 一番の関心事は「これが走るのか!?」です。
 早速線路に載せて通電すると一瞬ライトが点灯してすぐ消えました。
 走行系は全く反応がありませんが、とりあえず通電だけはしているようです。

 となるとモーター自体のトラブルかギアなどの伝達系の問題でしょう。
 このEF70は後のKATOの電機とはかなり違う動力機構を搭載していると聞いているので迂闊に分解できません。
 とにかく資料が欲しいのですが「鉄道模型考古学」でも動力の説明はあっても分解図が無く往生します。

 そこで思いついたのが「過去のTMSの製品紹介なら動力の分解図が載っている事が多い」点です。
 早速67年度の合本を探すとやはりEF70の紹介がありました。
 これを基にすればどうにかいけそうです。
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 現在の様なダイカストブロック一体型ではなく、ABS製のシャシーの表裏をメッキして通電に当て、当時最小の16番用モータに通電・伝達する機構です。
 (参考のために昨年レストアした72年頃のEF70の動力を下に掲載します。動力だけ見るとまるで別物です)

 ウェイトはヘッドライト用の豆電球をはめ込んだ状態で車体の方にマウント、それも前後の2ピース式とこれまた特異な構造です。量産品としてはこれまで私の見てきたどの動力とも異なるもので昔の16番モデルのそれを縮小した様な感じすらします。又、シャシーの前後にはライトの切り替え用のセレン整流子(これも昔の16番のライト点灯ユニットでは定番の機構です)が装着されているのも目を引く所です。

とにかく分解した動力を見ているだけで結構盛り上がりました(笑)・・・その時は

 関水金属のEF70ですが記述の通りカプラーは今のカプラーと全く互換性のないX2Fです。
 ですが同じジャンク箱に入っていた他の車両で同じカプラーの付いたものが殆どありません。
 事によると前のユーザーは単機回送で使っていたか牽引していた客車や貨車をなくしていたのかもしれないと最初は思いました。
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 そんな折にジャンク箱を整理していたところ中にあったコキフ10000の車掌室側の片方がX2Fを装備していたのを発見して謎が解けました。
 実はこのジャンク箱にはコキ10000、コキフ10000も何両かあったのですが殆どがアーノルドカプラーを装備していたので一つだけX2Fだったのを見逃していたのです。

 驚いて早速手持ちのRM MODELS掲載の「鉄道模型考古学」をひっくり返してみたところ、初期のコキ、コキフの記事を見つけ出す事ができました。
 以下はそこで書かれていた記事を整理したものです。

 コキ・コキフはEF70の登場と前後して1967年頃にリリースされ、以後いくつかの改良を加えながらも形態上は今売られているKATOのコキと外見上は「殆ど」変わらないまま現在まで出続けているロングレンジモデルとの事です。
 ですが製造時期により様々な差異が存在しやはり旧製品には独自の特徴があるとの事でした。

 それを参照しながらチェックして見ると今回のコキフ10000の最初期型モデルはX2Fカプラーを装備していたそうですがごく短い期間でアーノルドに変更されたとの事です。
 そのアーノルドカプラーも最初のモデルは黒ではなく微妙に茶色っぽいパーツが使われているとの事。

 チェックして見ると車掌室側がX2Fなのは前述の通りなのですが反対側のアーノルドカプラーも茶色っぽいのが視認できました。X2Fの台車はカプラーポケットと一体なのは良いとしても形状が特殊な為手持ちのアーノルドとコンバートするのは不可能なようです。
 又、台車の取り付け方法がねじ止めなのも初期型の特徴で現行のASSYで代用するのは難しそうです。
 
 初期型の特徴としてはこの他コンテナと車掌室が一体のパーツとなっている事、車掌室にガラスが無く内部に取り付け用のねじぶたが見えるという独特の構造があるそうですが、これも実物を取って視認できました。
 コンテナのレタリングも今の物より単純でしかもかすれが目立ちます。
 不思議な事にこの個体は車掌室側と反対側の手すりの取り付けが逆になっているのですが製造上のエラーなのか前のユーザーがカプラーをコンバート(後述)した際にミスったのかは不明です。

 このコキフは車掌室側のみX2F、反対側はアーノルドという特異な構造ですがこれはメーカー品ではなく前のユーザーが手を加えた可能性が濃厚です。
 X2Fを装備したコキは登場後のごく初期の時点しか存在せず、後に冷蔵コンテナ仕様が追加された頃には全てアーノルドになっていた(以後の貨車も全て同様)ためそのままではEF70に使えない問題が生じ、コキフをカプラーコンバート用の控え車に改造したのではないかと思われます。
 同じジャンク箱にはコキ・コキフと共にこれまた初期バージョンのワキ10000やス二40(いずれも形式番号がファーストナンバーでこれも最初期製品の特徴のひとつです)があったのでこれらと組み合わせるにはこういう貨車の存在が不可欠だったはずです。
(時代は下りますが、私自身貨車の中に何両か片方アーノルド、反対側にKATOカプラーと言う控え車を何両か作っています)
DSCN9900-1.jpgDSCN9897-1.jpg
 さて、このコキ、全般に現行製品と比べると見劣りするポイント(特にレタリング)が多いのですが、
 この「東」の表記だけは後の製品に見られない美点と思います。
DSCN9950.jpg
 この記事を書いてから1年半経ちますがEF70はモーターこそ回るもののギアとのかみ合わせが悪く殆ど不動のまま現在に至っています。とはいえその過程で黎明期のN動力構造の一端を探る事ができたのは結構面白い収穫ではありました。
 いずれにせよ現時点ではこのEF70とコキ10000が当鉄道に在籍する最古の日本型Nゲージという事になりそうです。これより古いというと希少モデルの関水の初代C50とかSONYのED75位しかないのではないでしょうか。
 どちらもお値段がわたし的に天文学的レベルなので間違ってもそんなのが入線するなど考えられないですが(笑)
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2015年12月02日

鉄コレ10周年に思うこと・1


DSC03132.jpgIMG_0093.jpg
 前回、鉄コレ10周年のはなしをブログの出だしに使いましたが、実のところ「えっ?もう10年経つの?」というのが正直なところだったりします。

 ですがこれまでの10年というのは私がこの趣味を再開してからの流れとぴたりと一致していますし、鉄コレが与えた影響は非常に大きな物がありました。
 今回はその思い出ばなしから。

 10年前、街コレ目当てに通い始めた行きつけのショップで「次に鉄道コレクションというのが始まりますよ」と言われた時は「ほお、街コレはこのジャンルにも手を出すのか」と少々意外だった覚えがあります。
 というのも当時のこのシリーズは「バスコレクション」がメインでバスコレを生かすためのアイテムとして「街並みコレクション」が登場したと思っていましたし、その次辺りのタイミングでの情報でしたから。

 それにトミーテックは既にTOMIXという鉄道模型のブランドを持っていたのでそれに屋上屋を重ねる様なシリーズを出すというのが信じられなかったものです。
 ですが第一弾のラインナップが小型機関車と小型電車という組み合わせだったのを見て「なるほど、これならTOMIXとバッティングしないな」とトミーテックの戦略の巧みさに感心もしたものです。
 しかもそれらの模型は「後付けパーツでNゲージ同様にレイアウト上を運用可能」という物でした。
 当時の車両本体価格は1両当たり500円(税別)
 これに動力を併せても1両3000円以内で収まるというのは相当に魅力的です。
DSC03134.jpgIMG_0107.jpg
 早速第一弾を箱買いし、名鉄デキ100とフリー電車を動力化。当時製作中のレイアウトで走らせた時の感動(笑)は今でも忘れません。
 当時の街コレの田舎の風景や少しレトロな街並みに合わせた「丁度よさ」も組み合わせて見ると中々に心地よかったものです。
DSC02584.jpg
 後の第二弾もサイズは第一弾とほぼ同じでしたが荷物電車ややや近代的な外見の車両が加わり中々に楽しめるものでした。
 
 ですが当時はトミーテックがどれくらいこのシリーズに本気なのか良く分からなかったので「後1弾くらい出して打ち止めかな」などと思えたのも事実です。

 このネタ、思い出して書いていったら一回で収まりそうになくなってきました。
 次回に続きます。
光山鉄道管理局
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2015年11月27日

日本型Nゲージの50年と思い出から・ワム23000編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 本書に取り上げられていた貨車の製作記事の中で一番私の目を引いたのは「ワム23000」でした。
 あの当時こういう形の「貨車」はそれこそどこにでも転がっていました。

 故郷の田舎の貨物ホームとか、あるいは農業倉庫や工場の積み込み側線にポツンと停まっていても妙に様になる風景が演出できる存在でした。
 私なんかは「側線にボーっと停まっている黒いワム」を見ると無条件に「のどかな日曜日の午後」を連想します。
 昭和40年代頃までは平日だと積み下ろしでそれなりに活気のある側線も日曜日となると随分とのんびりとした物でした。
 (因みに私が当時よく見かけたものは時期的に見るとおそらくワム23000そのものではなく、後に足回りを二段リンク化したワム90000辺りだったのではないかと思いますが)

 もしお持ちなら「レイアウトモデリング」の摂津鉄道の農業倉庫の写真をご参照いただけると大体の雰囲気はわかるかと思います。
DSCN7435.jpg
 ガイドブックの製作記事でも「駅の構内でポツンと停車しているのを見てもそれほど興味を感じさせないありふれた貨車ですが、模型で作ってみますと意外に愛着を感じさせる貨車です」と書いてありますからこの認識は当時のファンに大概共通する感覚だったのではないかと思います。

 同じ様に随分普及しているワム80000はカッコ良いと思いますが、この手ののどかさを感じないのは不思議です。

 ガイドブックの16番製作法は材料に白ボール紙を用い「既製品(カワイ製)の軸受けの固定にマッチ棒を使う」という今からすればずいぶんワイルドなやり方で作られています。
 又、軸受けのテカリを消すために黒のマジックインクを使うとあるのも昭和38年頃には結構珍しい技法だったのではないかと思えますがどうでしょうか。
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 さてこのワム23000、かなり早い段階でナインスケールからモデルが出ていました。
 これを買った当時は車体側面のリベット表現がどうにもうるさく感じられたものですが他にあの頃の「普通の有蓋車」のイメージに合致するものがなかっただけにその存在自体が貴重でした。
 私の手持ちも殆どが当時のナインスケールの物です。
(この機種は後に河合商会に引き継がれ、ボディを一新した仕様になったそうですがそちらはありません)
DSCN9253.jpg
 今回のブログを書くに当たってレイアウトに引っ張り出してみましたがただ線路の上にいるだけでこれほど心が和む貨車(しかも形状は単純極まりないのに)は私にとっては他にありません(笑)
 写真の右隣に居るのは同じ有蓋車でも後に普及したワラ1の方ですが並べてみるとワム23000の方がややほっそりした感じです。
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2015年11月22日

Nゲージ50周年と思い出から、関水のキハ20とレシートに時代を感じたはなし

 Nゲージ50周年と絡めて無理やり個人の思い出ばなしにつなげるはなしです。 
 数年前の暮れに上京がてら買い物をした折の話ですが、都内の某ショップでKATO(関水金属)製のキハ20(T車)を見つけました。

 この機種については最近TOMIXからHG仕様が出ているのを知ってはいたのですが、40年前に導入した当鉄道最初の機種であるキハユニ26と組み合わせる事をかんがえていたのでディテールのバランスが取れる旧機種が欲しかった訳です。
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 それまで見た事もないパッケージに古色蒼然たるものを感じレジに運びましたが、同形式の新品とほぼ同価格(とはいっても3桁ですが)ではありました(笑) 紙ケース入りのKATOモデルと言うのは私も正直初めて見ましたが、裏面にはアメリカ型の貨車のイラストが(何故?)

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 帰宅後に資料と照らし合わせて知ったのですが、前照灯周りの特徴(ライトが現行品では凹で表現されている所が凸になっている)から関水製の最も初期のモデルであると考えられました。

 それを裏付けるのがパッケージをひっくり返して出てきたレシートです。
SNShouo71IMG_5151.jpg
「東急百貨店・日本橋店」のそれには「1970年6月23日」の表示と700円(当時の価格)、更には「本店・東横店9月増築完成」という表示までもがあり雄弁にこのモデルの出自を物語っていました。
 因みにこの年は私の故郷で国体のあった年でもあり(大阪万博もありましたが)個人的に印象の深い年でもあります。

 コレクターでもなく、骨董趣味もあまりない身としてはやはりこいつは1975年式のキハユニ26(M車)と組み合わせて使うのが最もぴったりと思いました。
 とはいえ入線では先輩格のキハユニよりも5歳も年上ですが(笑)
 それでいてコンディションも5歳下のキハユニと大して変わらない感じでマッチングもぴったりでした。
 このキハ20は構造はともかく外見上は現在入手できる現行品と殆ど変わりありません。
 確かにHGモデルに比べると稚拙さはありますがこれで40年以上持たせて来た事は凄いと思います。

 これより後に出たTOMYのED75(74年頃)が現在の製品とまるで別物なのに比べると元の造形がそれだけしっかりしていたという事かもしれません。


SNShouo71IMG_5149.jpg
 さて、この時点ではこのキハ20が当鉄道の最長老になった形になった訳ですが、それから数年後にこれより更に古いNのモデルが入手できるとは思いもしませんでした。
 それらについては次の機会に。
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2015年11月19日

Nゲージ50周年と思い出から、トキ15000編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 件の「鉄道模型工作ハンドブック」は39年版でしたが、実際には年度を変えつつ数冊出ていたようです。
 そのうちの何冊かは後になって入手できたものもありますが、何れも貨車の記事が少ないのが印象に残ります。
 結局、私が最初に読んでいた39年度版が一番貨車の記事が多く10種類くらいあったと思いますが今回はその中から

 トキ15000ボギー無蓋車。
DSCN7433.jpg
 無蓋車の中では当時もっともポピュラーな物だっただけに16番でも工作記事が出るのは当然と言えば言えます。恐らく市販モデルもこの時点ではすでに出ていたのではないでしょうか。
 車体は例によってペーパー製ですが木造貨車なだけに板の継ぎ目をペーパーに筋を入れて表現する所で「やや先をとがらせた鉄筆を使い」「白ボールだと毛羽が目立ちやすいので予め透明ラッカー(原文ママ)を塗っておいてください」と言う所が目を引きます。
 台車は市販品ですがカツミのTR41を指定。この台車、当時の価格で270円だそうです。今ではNの台車でも500円はしますからその価格差に時代を感じさせられますね。
DSCN9220.jpg
 さて、ここからはNのトキ15000です。
 関水金属のNゲージの機関車のラインナップでは当初C50から始まり、70年代の初め頃まではEF70・EF65・C62・C11と続きますが、貨車の方がコンテナ貨車と高速貨物車ばかりのラインナップでC50やC11に似合う様な貨車は殆ど出ていませんでした。
 ようやくそれらしい貨車の第一号として登場したのが70年頃にリリースされたこのトキ15000だった訳です。

 この貨車は小改良を重ねて現在も売られているロングセラーですが、モデルを手に取って見るととにかく軽い。
 無蓋車ゆえにウェイトを積む訳にはいかずボディに直接台車をねじ止めするというKATOの貨車としては特異な構造となっています。

 私の思い出ではこのトキ15000はD51が入線した76年暮れ頃にようやく増備されたものです。
 思い出話をする折に登場頂いている元機関士の親類から誕生祝いに買ってもらったものでした。
 あの頃は他の貨車と言っても関水、トミーのどれもが2軸貨車ばかりで走行性に優れたボギー車はこのトキ以外はない状態でしたから強く印象に残っています。
SNShouo71IMG_1301.jpg
 このトキは以来D51やEF58等に牽かれながら趣味の中断まで結構活躍するのですが中でも目立ったのが年越し運転でした。
 中断前の80年代初め頃まで年越し運転ではD51の牽引するトキに縁起物の荷物を搭載させてエンドレスを一周させるというのが常でした。

 荷物というのも時にはお守りだったりダルマのミニチュアだったり干支の小さな人形だったりしたのですがこういう物を運んでいる時のトキは正に晴れ舞台だった訳です。写真の時は鋼製車体のトキ25000を使っていますが当時はトキ15000が主役でした。
 
 こうしてブログを打っていて思い出しましたがそういえば再開後の年越し運転ではこういうのを殆どやっていません。
 年に一度のイベントですからこういうお遊びがあってもいいかなと思い始めています。
DSCN9219.jpg
 又、棚幡線の機関庫脇のスペースにトキ15000の廃車体を使ったごみ置き場があります。
 確か台車が自然崩壊でバラバラになった為にこういう使い方になった記憶がありますがこの辺りにもこのモデルの息の長さを感じさせるものがありますね(笑)
 値段も当時と変わらない1両500円(税別)と言うのも凄いです。
 初期型と現行型は塗り分けが付いた位の違いしかないのである意味「走るNゲージ史」みたいな存在でもあります。
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2015年11月12日

Nゲージ50周年と思い出から、ペーパーのキハ60と製品版のキハ55のはなし

 日本型Nゲージ50年に当たってこの間入手した雑誌から。
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 先日古本屋で発掘した「模型と工作」の昭和40年5月号。
 「模型とラジオ」は私や弟がよく読んでいたのでそれなりに本誌に馴染みがあるのですが本誌の方はあまり馴染みがありませんでした。
 と言うのも本誌の休刊が昭和40年代前半でそれまでこれを読んでいたのが機関士をやっていた親類だったというのが大きかったと思います。

 (別冊の方は長い事残っていたのでそれなりに馴染みがありますが)

 そんな訳で結構新鮮な気持ちで本誌を読む事も出来る訳です。
 前置きが長くなりましたが、本誌の目玉は恐らくこの雑誌では初めてと思われる「9ミリゲージの車両工作」です。

 時期的に関水金属がNに参入する直前くらいのタイミングであり読者の注目度は高かったと思います。
 何しろこの時点では台車ひとつ製品化されていませんから凄い話です。
DSCN8968.jpg
 この記事を執筆されたのは16番のペーパー工作記事で私の中に強い印象を残す西村正平氏。
 題材は「キハ60とキロ62」と言う所が面白いです。
 この車両、一見するとキハ55そっくりなのですが中身はDD13用の大出力エンジンを設計変更して搭載させたパワーアップ版で当時の特急電車並みの高速性能を目論んだものだそうです。
 (外見上は外吊りドアを採用していましたがこれは後に普通のタイプに改造され、ますますキハ55に似てしまったそうです)
DSCN8969.jpg
 技法は氏が得意としたペーパー16番のそれに準拠したものですが窓周りのクリーンさが肝となるこの車両は初のN工作の題材としても好適だった事と思います。

 注目点のひとつとしてスケールの設定では当初から150分の1になっている事。欧州製モデルが既に160分の1で販売されている時点でのこのスケール設定は、まだ出ていない国産のモデル(関水と考えるのが妥当でしょうが)が150分の1でリリースするという情報があった事が決め手となったようです。

 とはいえ、作者にとってもはじめてのN工作はかなりてこずらされた様で「小さい、車体の製作すらおぼつかない気がしたが」とか「同じ0.5ミリの狂いでも16番に比べると影響が大きい」とか、更には窓抜きのケガキ直後には「2,3日はテレビも見れずクルマの運転も出来なかったほど」とまで書いてあったりします。

 とはいえ窓抜きに専用の簡易ノミを作って望むなどしてNの車両工作そのものの新鮮さに可能性を模索している姿勢は伺えます。

 面白いのは記事中で9ミリゲージの事を便宜上「Q」と呼んでいる事。
 当時はTMSでも「Nゲージ」と言う呼称を使っておらず新しいフォーマットに対してどういうスタンスを取るべきかユーザー側も迷っていた事が伺われます。

 日本型Nゲージの50周年というタイミングでTMS以外の雑誌の記事を眼にする事ができたというのも(わたし的には)何か因縁を感じます。

 そっくりさんつながりでこの機会に触れておきますがNゲージの完成品でキハ55系が出たのは昭和56年か57年頃だったと記憶しています。
 当初はエーダイナインとして出る筈だったのが同社の倒産とそれに伴う学研ブランドへの吸収を経てリリースされたという複雑な経緯を持つモデルでもあります。
DSCN4993.jpg
 他に競合メーカーがなかったのでコレクターを中心に一時期かなりプレミアが付いていた様ですが21世紀に入りTOMIXがHG仕様に準拠した決定版とも言えるモデルを出した事で存在意義が薄れてしまいました。
 私も2両ほど持っていますがいずれもTOMIX登場以降の入手で非常に安価に入手できたものです。
1325789516.jpgDSCN4808.jpg
 学研時代はアイボリーに赤帯の準急塗装が希少性から非常に持て囃されたそうですがTOMIXで出た同仕様はあまり人気がなかったのか一時期故郷や現住地の模型屋で国鉄色のキハ55が無いのに準急色ばかりが売れ残っているという珍現象が見られました。

 それにしてもこの製作記事はボディができたところで「未完」となっています。
 この後どうなったか気になるところではあります。

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2015年11月07日

日本型Nゲージの50年と思い出から・京阪1900編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 今回は京阪の「テレビカー」から
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 本書では関西系の私鉄の工作法もいくつかありますがその中でも個人的に好きなデザインだったのが京阪1900でした。

 当時は「テレビカー」のステイタスはかなりの物があり「走る電車の中でテレビが観られる」事自体があこがれの対象でした。
 ずっと後の事ですが平成の初め頃にダイハツのミラが軽自動車で初めて「テレビを標準装備したグレード」を出した時に真っ先に連想したのが「京阪のテレビカー」だったりします。

 そういえばダイハツも関西系の自動車メーカーですが関西圏では乗り物にテレビを付ける事に何か特別の思い入れがあるのでしょうか(笑)

 あれから時は流れ、今ではそこいらの携帯でもテレビが観られるようになりテレビカー自体もいつしか廃止されたそうですが個人的には寂しい気がします。

 まあ、それは余談です。

 テレビカーを離れても1900系のデザインには何となく都会的な匂いを感じたものでした。ツートンカラーに運転席下の帯が良いアクセントになって結構スタイリッシュに感じたものです。
(これが「バンパー」だというのを後になって知った時は驚きましたが)

 ただ、本誌が白黒印刷ゆえに当時は正確なカラーがわからず勝手に「上半分がアイボリー、下半分がマルーン」と言うカラーリングを勝手に想像していました。
 あとになって実際のカラーリングを知った時には(笑)
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 16番の工作記事ですが、103系の様な切妻と異なりおでこにRの付いた半流線型の車体は工作法を見てもなかなか難しそうなイメージです。
 まして鉄道模型の場合文字通り「木で紙を継ぐ(笑)」上に手すり類は真鍮線、床板にモーターまで据え付ける訳ですから、そのハイブリッドな工作法はそこいらの小学生には歯が立たない印象をきっちり植え付けてくれます。
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 ところで本書の記事に出ている1900は両運転台タイプです。これは主に編成の都合上で両方に運転台を付けていた様ですが当時の私はこれまた勝手に「1両だけで走っている」と言う勘違いを(笑)

 なんか、今回の記事は間抜けな思い出ばかりです。
SNShouo71IMG_6598.jpg
 その京阪1900、Nゲージのモデルが完成品で出る事などあるまいと思っていたのですが、21世紀になってから「鉄道コレクション」で製品化されるとは思いませんでした。
 しかも「事業者特注、イベント限定品」ながらやろうと思えばネットで買う事もできたのですから時代の変化とは凄いものです。
SNShouo71IMG_6597B.jpg
 こちらのモデルは片運転台式の2連。模型と工作の記事に比べるとテールランプがやや小さめで少しイメージが違いますが、こちらの方が実車に近いのでしょう。
 して見ると記事のモデルはどちらかと言うと作り手の印象を反映したディフォルメがあったのかもしれません。
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2015年10月18日

日本型Nゲージの50年と思い出から・EF30編

   昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 今回はステンレス電機の走りとなったEF30を。
 全身にコルゲート板を纏うEF30はあの当時ですら機関車好きなら誰もが知っている有名人(笑)でした。
 前面のフェイスはED70かED61のそれでありながら車体はEF級の堂々たるものでコルゲートの部分を別にしても似た機関車が存在しない特異な地位を占めます。
 (現にそれ以降の電機はほぼ全てがEF60かED75みたいな顔が標準になっていますし)

 ですが当時はコルゲート板を纏う機関車が他に存在していない事に加えて普通の「交直流の機関車」というのも他にED92しかいない状態でした。それゆえに工作もかなり独自の工夫と技法が要求される素材ではあります。
 しかも本書の出版当時はバリバリの新鋭機だった筈ですから製作記事が載らないのがおかしい位です。
DSCN7403.jpg
 そのせいでしょうか、本誌の工作記事は他の記事と比べ物にならない位に図版が豊富と言う特徴があります。
 (もちろん本文の文章も結構なボリュームなのですが)
 記事の出出しもいきなり「車体は白ボールで作ります」ではじまります。

 これまで紹介してきた記事の場合は大概書き出しが実物の紹介とか時節のあいさつが付いてくるものなのですが、それすら一切ないハードボイルドな製作記事になっています。
DSCN7356.jpg
 また、上述の事情もあって製作法も他の電機機関車の様な訳には行かなかったと見えていくつもの奇策や新技法が投入された力作記事となっているのが本書の16番記事です。
 例えば、コルゲート板についても従来記事ではアルミホイルを使った物が多かったのですが「しわが付きやすい」「意外に面倒」と言う事でこちらはケント紙に鉄筆で筋を引いて凸凹を付けたものを銀色に塗装するという方法を紹介していたりします。
 台車も当時はEF30用の物はありませんでしたから「スハ43系用の台車枠をベースの大改造」したオリジナル品です。

 これらの技法が一々絵解きで紹介されているため、6ページのスペースを目一杯使った本書の製作法の中では断トツの密度を誇る記事になっています。
 見ていて目がちかちかするほどですが、反面見ていて引き込まれる魅力があるのも確かです。

 とりあえず書き手の気合はよく伝わる力作ではありました。

DSC_1076.jpg
 さて、Nゲージでは製品化自体が奇跡と思われていたEF30ですが80年代半ばには早くもTOMIXが製品をリリースしました。
 Nのモデルもこの頃になると製造法も確立し走行性や品質で危なげな製品は殆ど見なくなっていた頃でしたから走行性やディテーリングのバランス、車体の表現も実に宜しく当時としては殆ど決定版と言って良いほどのものだったと記憶しています。
 他に転用できないはずのオリジナルの台車もきちんと再現されていますし。
 私がこのEF30を入線させたのは2006年頃、TOMIX30周年記念でクリーニングカーと組み合わせられた「1・2号機タイプ」でした。
 実車ではこのタイプは試作機の性格が強く量産型より微妙に車体が長い上にコルゲート板はなし、赤い帯がアクセントとなっています。
DSC_1075.jpg
 流石に当時はそこまで作り分ける余裕はなかった様であくまで「タイプ」なのですがそれでもEF30自体がよく出来ていたのでそれだけで十分満足できるものでした。

 ・・・まさかそれから10年後にKATOがこれより凄いのを出すとは(驚)
 出た事自体が奇跡的どころかEF30が競作されるなんて全く隔世の感です。
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2015年10月15日

Nゲージ50周年と思い出から、あの頃のキハユニ26

 私の手元にあるTMSの65年10月号(通巻208号)の裏表紙。
 そこには「関水の9mmゲージいよいよスタート」の広告が飾られています。
DSCN8832.jpg
 第一陣となるC50は「10月発売」との予告が。
 つまり今月は日本型のNゲージが登場してから50年目と言う事になります。
 (但し、TMSにこのC50を含めたNゲージの紹介が掲載されたのは翌66年の新年号だったので実際の発売がこれより若干前後している可能性はあります)

 私が鉄道模型の趣味に入ったのはそれから10年後の75年の事でしたから中断期間を含めればこちらも40周年と言う事になります。
(かなり強引なこじつけ汗)

 Nゲージが本来の「手軽にレイアウトが作れて運転の出来る鉄道模型」のレベルに達したのはここ10年位の事です。
 少なくとも最初の10年間についてはKATO(当時は関水金属)一社が孤軍奮闘に近い形でラインナップの充実を図っていましたし、その最後の時期になってトミーの参入、GMのキットの登場で弾みが付き始めていました。
 実際、私がこの趣味に入った頃がその時期に当たりますが今から思えばこれは実にいいタイミングだったと思います。

 この直後に学研が0系新幹線でNに参入、GMからは日本初の「量産された日本型ストラクチャーキット」として信号所と詰所がリリースされました。
 この趣味に入って最初の2年位はTMSや創刊間もないとれいんなんかを見るのが楽しみだった記憶があります。
 確かにラインナップの数で言うなら当時のNは16番とは比較にならない少なさでした。
 しかし、徐々にではあっても参入メーカーの増加、建物やレールなどの「走らせるシステム」の充実は確実に進んでおり「発芽した苗が徐々に成長してゆくのを見るかのような」感覚があったからです。

 この翌年トミーナインスケールが「TOMIX」と改称し、同時にNはもとより従来の鉄道模型の概念をも変えた新システムメーカーへの脱皮を宣言します。

 そんな訳で個人的な「Nゲージ50周年」記念企画として今月から来月にかけて以前お話した事のある「趣味の原点を振り返る」を加筆の上で再掲したいと思います。
 以前のブログはこちらにもありますが、ブログ移転のどさくさで画像が無い上に掲載時から今までの間に描き加えたい事もかなり出て来ましたので。
SNShouo71DSC00069.jpg
 私が始めて購入したNゲージの車両はKATO(当時は関水金属)のキハユニ26です。
 この車両はこれまでこのブログでも何度か取り上げてきた車両ですが、購入は昭和50年の初夏で値段は2650円と記憶しています。当時の私の小遣いでは年間に動力車は1・2両しか買う当てが付かず、更にパワーパックに至ってはいつ買えるか分からない感じでした(苦笑)
 何しろあの頃はEF65が3500円、トミーナインスケールのED75で2900円。一見安いようですがあの頃は食堂でラーメンが一杯180円位だった頃です。
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 当時私の故郷ではNゲージを扱う店が2・3軒位でしたが専門店は殆どなく、この車両を購入した店でも鉄道模型はプラモやミニカー・モデルガン等に混じって隅のほうに陳列されていました。
 そんな中でなけなしの小遣いを握ってモーター付きの車両を買うという行為はある意味清水の舞台から飛び降りる様な覚悟の要るものでした。

 帰宅してからもすぐ走らせるという訳には行かず、翌日に先述した親戚(趣味の原点1参照)へ車両を持ち込み、そこの手作りパワーパック(もちろん16番用)を借りてこれまたどうにか入手したフレキシブル線路にわに口グリップ(!)を接続して線路に載せました。
 一見突飛なようですが、あの頃は(特に16番では)結構ふつうにみる光景ではありました。
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 そこでこのキハユニ26が線路上を走り出す様を見たときの感動は忘れられません。ここで初めてNゲージを見た親戚も「意外に走るものだなあ」と驚いていた事が思い出されます。
 ただ、一方で「スローが効かない」のも気になりましたが。

 それから30年以上が経ち、鉄道模型の趣味には紆余曲折(20年の中断期間も含めてですが)ありましたが、このキハユニはずっとそれらを見守り続けつつ今も私のモジュール上に鎮座しています。通電すると最初はがくがくするもののなかなか威勢の良い走りをして見せる辺りはあの当時とそれ程変わりません。

 そのキハユニを含めたキハ20系、KATOのNゲージの中でも古参の部類に入る様になりました。
 動力系はモデルチェンジしてあの当時のとは別物になっていますが、ボディが基本的に変わっていないのが凄い所です。
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2015年09月17日

日本型Nゲージの50年と思い出から・クモハ52編

  昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 今回は流線型電車のクモハ52系を取り上げます。

 この本を絵本代わりに育った私にとってはクモハ52自体がこの本で初めてまみえたという存在でした。
 あの頃は電車と言うと「切妻でお面の中央に貫通扉と幌のあるのが当たり前」と思っていましたから新幹線やこだま型でもないのに前面がスラントした電車と言うのはかなりカッコよく見えたものです。

 しかもそのカッコ良い電車が自分の生まれる何十年も前のデビューで、現在ではローカル線の普通列車になっているというのは二重の衝撃でもありました(笑)

 そのクモハ52ですが上述の通り当時は飯田線に活躍の舞台を移してはいたもののそろそろ115系なんかとバトンタッチがささやかれていた時期でした。その意味では「懐かしの電車」「去りゆく老兵」という後の字蒸気機関車に近いステイタスだったと思います。
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 16番の工作記事もその特徴的な前面の表現にかなりのスペースを割いています。
 又作例のクモハは白黒写真ながらトーンの違いから横須賀色を想定していたと思いますが、同じ記事の実車の写真では妙にくすんだカラーリングに見え、作例とイメージが違うのが不思議に思えたものです。
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 このカラーリングが飯田線特有の「オレンジとブルー」と言う組み合わせであった事を知るのはそれから大分経ってからです。
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 その52系ですがNゲージで最初の製品化はGMのキットからです。
 GMのキットはそれまで客車も電車も切妻か半流線形の先頭部を持つものばかりでこれほど思い切った先頭部を持つ物はありませんでしたから登場自体結構衝撃的なものがありました。
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 157系や西武レッドアローと異なり競合製品がしばらく出なかった事もあってその後しばらくGMの天下が続きます。

 その状況が変わり始めたのはここ10年位でしょうか。
 マイクロエースが完成品のセットを登場させ、しばらく間をおいて鉄コレでも安価なモデルがリリース。
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 ついには最近になって真打ともいえるKATOのモハ52系が登場するに至りました。

 KATOの製品はかなり出来が良いようですが、GMを含む先行他社の製品を既に買ってしまった身としては結構つらい物があります。
 それにしても同一形式の旧国でありながら完成品を筆頭にキットやら安価な鉄コレまでチョイス出来るという意味では52系はNゲージは勿論鉄道模型全体を通して見てもかなりのワイドバリエーションを持つ稀有な形式と言えます。
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2015年08月29日

日本型Nゲージの50年と思い出から・京王5000系編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 今回は最近Nゲージでも充実著しい京王5000系を。

 本書が出た昭和38年当時の最新型電車のひとつがこの京王5000系でしたが「白い車体に赤のピンストライプ」というカラーリングは初読の時以来私の中で鮮烈な印象を結んでいます。
 あの当時は「私鉄の電車」自体、私の故郷では見られない物でしたから「垢抜けたカラーリングの3扉の通勤電車」というのは即「都会の象徴」でもあった訳です。
 中でも東急7000系と並んで京王5000系はその印象の非常に強い電車でした。
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 当時は「もしこの記事の中から16番で自作するならこの電車」とすら思っていましたがあの頃は最も普及していた16番ですら台車などのパーツやカプラーひとつ買うにもどうすればいいのか分からない状態でした。
 ある意味「大人になったら自分のクルマを買う」というのと同じくらいの覚悟とステイタスを要求される仕儀ではあった訳です(笑)

 まあ、それはさておき。
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 工作記事を読み返してみると18M級の電車の中では先頭車の造形にやや手間が掛かりそうですが割合にクリーンなモデルの様です。
 車体自体も当時としてはかなり特徴的な印象を持っているので、そこさえ再現できればそれほどディテーリングに拘らなくてもものにできるモデルだったでしょう。
 あの当時なら「最新型の大手私鉄の電車の工作」としてなかなかおしゃれな題材の車両と言えます。
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 その5000系も今は新型との入れ替えに伴い大量に払い下げられ「地方私鉄のスター」としてのステイタスになっているのですから世の流れは速い。
 今でも富士急行、高松事平電鉄、伊予電鉄、一畑電鉄で主力として活躍中ですがどれもこれも京王現役当時では考えられない位にカラフルなカラーリングで楽しませてくれますし、一部では「京王時代の塗装をリバイバル」して運用しているなどかなり模型ファン向けの素材となった感もあります。
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 そしてそれらのバリエーションがこれまた律儀に鉄コレで模型化されているのですから凄い。
 京王5000それ自体は80年代初めにエンドウでブラスモデルが出ており、更に間を置いてGMのキットでもリリースされました。
 特に後者は琴電や一畑の仕様もキット化されNゲージの地方私鉄フィーバーの先駆けをなしたモデルでもあります。
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 数年前に琴電の仕様は私も作りましたが鉄コレと異なるカラーリングで現在でも存在価値の高いモデルです。
 更にオリジナルの京王仕様も3年位前にGMのキットメイク品がひと編成入線しましたからあの当時の夢をNゲージでというのは十分以上にかなったとも言えます。
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 なにしろそれとは別に鉄コレのバリエーションの殆どが入線していますから。
 手持ちの5000系ファミリーを並べるだけで「カラーリングの人別帳」ができそうな勢いです(笑)
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2015年08月18日

日本型Nゲージの50年と思い出から・クモユニ74編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 今回はクモユニ74から

 「国鉄型の荷物電車」と言うジャンルは、私の故郷に存在しないので当時の私にとっては「都会の象徴」のひとつとしてあこがれの存在でした。
 殊にクモユニ74は103系を思わせる切妻ボディにノーシルノーヘッダのすっきりした側面、顔の個性を引き立てるでかい2灯のヘッドライトと相俟って今でも好きな電車のひとつです。
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 本書の16番の製作記事は以前紹介した103系やキハ35も書いておられる西村正二氏のものです。
 氏の製作する電車はディテーリングよりも全体の印象重視のスカッとした造形が特徴で当時の新型電車などはそうした氏の資質によく似合った素材が多かった様に思います。
 そこまでは良いのですがこのクモユニ74に限って言えば氏が「湘南色が好きでない」と言う理由から車体が赤一色で塗られており、製作法に掲載の写真もその色になっています。
(白黒印刷ですから「限りなく黒に近い灰色」と言う見え方ですが)
 実はこの赤も「筆者が愛用している煙草の箱の色」なんだそうであの頃はこういう自由な発想の記事が模型と工作に限らずTMSなんかでも結構見られました。
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 ですが当時これを読んでいた私は漢字なんか読めない幼児でしたから(笑)その辺りの事情が分からず「クモユニ74はこういう色の電車だ」と長い事思いこまされていましたから結構罪作りな記事でもあります。
 それを別にすれば作例のクモユニは作者の狙い通りにすっきりした造形の中に実車の印象をよく捉えたモデルに仕上がっていました。

 さて、Nでのクモユニ74ですが製品化は80年代の初め頃GMのキット形式でリリースされたのが最初だったと思います。後にKATOやマイクロからも完成品がリリースされましたがそこまで行くのには本書が出てから少なくとも20年以上は掛かったのではないでしょうか。
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 ですが私にとってのクモユニ74は3,4年前に自作した「ペーパー車体モデル」として記憶に残ります(笑)
 本書の登場から10年近く経った1972年に科学教材社から出た「Nゲージ」の車両製作法の中にこのクモユニ74が載っていました。
 しかもビギナーにも優しい「カラーの型紙を組み立ててKATOの103系の足回りと組み合わせる」と言う親切設計(笑)
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 それならすぐにでも作ればいい物を当時は「一度失敗したら同じ本を買い直さなければならない」という強迫観念から中々手を出せず30年以上そのままになっていたという代物でした。
 最近になってカラーコピーと言う文明の利器の登場によって「何度でも失敗できる」様になったため最近になってようやく製作されました。
 実際、このメリットは大きくいちおう物になるまで2、3回作り直しましたが(大恥)
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 それでも「Nゲージ」での掲載から30年、本書の登場からだと何と45年ぶりになってうちのレイアウトに初めてクモユニ74を入線させる事が出来たのですから感慨もひとしおです。
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2015年08月02日

日本型Nゲージの50年と思い出から・近鉄あおぞら号編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。

 今回は近鉄の修学旅行電車のあおぞら号から

 近鉄と言うと先ずビスタカーに代表される2階建て電車がメジャーどころですが、本書で取り上げられていたあおぞら号も個人的に大好きな車両です。
 3両すべてが2階建てという構成は普通ならどことなくぼってりした印象を与えがちですがこの車両に関しては不思議とそうした印象がありません。
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 軽快感のあるカラーリング、二段昇降式の窓(これは冷房を想定していないという意味ではマイナスポイントなのですが)のシャープな印象が効いているのかもしれません。
 何よりも「修学旅行電車」という語感が軽快です(むりやりなこじつけw)

 さて、16番の製作記事ですが例によってディテーリングよりも印象把握に重点を置いたペーパー車体の造形です。
 がそうした作られ方がこれほど向いた車両もそうはないのではないでしょうか。
 二階建てという事で床下機器に拘る必要もそれほどありませんし、動力も中間車の一階部分に上手く収めれば目立たないでしょうし。

 ですからラインの塗り分けさえうまく行けばそこそこクリーンな工作ができそうな感じがします。

 さてこのあおぞら号のNモデルは登場が意外と早く、80年代の初め頃にエンドウからリリースされています。
 これがまたNゲージのブラスモデルに向いた素材とも言えるもので当時からエンドウの美点だった窓抜きのクリーンさと塗装のきれいさからエンドウの中でも傑作のモデルのひとつと、個人的には思っています。
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 趣味の中断前から欲しかった車両でもありましたが当時は財布が承知してくれず、趣味を再開してから数年後に中古をようやく入線させる事ができました。
 
 時々レイアウトで走らせる編成のひとつでもありますがこれまたエンドウらしいガラガラしたサウンドwを別にすれば不満のない走りを見せてくれます。
 これも遠目で見る分には細密モデルと全く遜色のない印象で好感が持てます。

 あおぞら号そのものは後にマイクロからプラ車体のモデルもリリースされていますが「最大9両編成の木箱入り」はうちで使うにはいかにも大仰過ぎたのとエンドウのモデルに不満を殆ど感じなかった事から入線させませんでした。
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2015年07月23日

日本型Nゲージの50年と思い出から・181系編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 今回は本書に掲載のラインナップの中では一番華やかな181系です。

 何しろ本書に掲載されているモデルの製作記事で国鉄の編成物の優等列車はこれだけですから注目度もピカイチです。
 それどころか本書の表紙を開いてみると最初に目に入るのが「カワイモデルの151系完成品モデルがレイアウトを走る写真」だったりする位で、当時から人気車種だった事も伺えます。
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 16番モデルの製作法も例によってペーパー主体、但し特徴的な前面だけは「木の棒から削り出し」です。
 実はこれまでも折に触れて紹介している機関士の親類も当時この通りの技法で5両編成を製作していました。
 ですが今になって思い出してみると先頭車は両方ともクロハでしたし、窓にはなぜかサッシが入っていたり(157系みたいなイメージ)しました。
 何よりその前面も181系と言うよりもキハ81系のイメージが入っていてヘッドライトがなかったりします。
 模型と言うよりも工芸品に近い性格のモデルではあったのですが親類の家で鉄道模型を運転させてもらう時真っ先に楽しんだのがこの5連でした。
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 なげしの上の直線を行ったり来たりするだけだったのですがそれだけでも十二分に楽しかった思い出があります。それを思うと写真を紹介できないのが残念で。

 そんな思い出のある機種ですからNゲージを始めた当時からリリースを心待ちにしていた列車でした。実は181系に関しては「模型と工作」の数年後に「模型とラジオ」の別冊「Nゲージ」でやはりペーパー車体のスクラッチによる製作法が掲載されていました。
 ですが私がこれを手にした時にはKATOが既に181系のリリースを予告していましたから敢えて作ろうという気にはなれませんでしたが。
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 そのKATO版の181系は昭和52年頃の夏にリリースされた記憶があります。
 KATOはもとよりNゲージでも初(実際は学研の583系に半年先を越されていますが)の本格的特急電車のモデルでした。前年のキハ82系からKATOのモデルは一気にクオリティを上げていましたからその延長上にある181系も当時としては随一の出来でした。
 ただ当時のモデルの不満を上げるならヘッドライト部分の縁取りがなかった事と肝心の「クロハ181がなかった事」でした。それどころか当初はサシすらラインナップされていませんでしたから何か中途半端だった印象もあります。

 当時の私に出来たのは予算的にクハを2両揃えるのが精いっぱいで中間車は既に出ていたキハ82系で代用していました。随分と豪快な編成ですがそれでもそこそこ特急らしい編成を作れた事に満足していた記憶があります。
IMG_5398.JPG
 それから20年以上の中断期間の間にそのKATO181系もリニューアルを経て90年代の半ばにようやく待望のクロハが追加されています。
 趣味の再開から3年目くらいに故郷の中古ショップ(当時開店したてだった「カラ●ツトレイン」)でクロハを含む11連セットの「しおじ」仕様を入手できた時には30年目くらいにようやく雪辱を果たした様な気持になったものです。

 写真の編成がそれですが、現在に至るまで私のラインナップで特急電車のフル編成と言うのはこれと583系しかありませんからたまに走らせるとそのスケール感に陶然とする事があります。
 その181系もモハ20系時代や151系時代の編成までKATOやマイクロからリリースされ、造形もかなり細密化してきました。この辺りここ40年のNゲージの隆盛を目の当たりにする気分がします。 

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2015年07月14日

日本型Nゲージの50年と思い出から・ワキ1000編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。

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 今回はボギーの有蓋車、ワキ1000から。

 私の幼少時ですら東北本線ではワキ5000クラスが主体でしたからワキ1000というのには殆ど馴染みがありませんでした。
 ですからワキ1000の存在自体この本で知った事になります。

 本書での16番車両工作記事そのものは「木製台枠に切妻の箱を作って台車をはめて一丁上がり」と言った感じです。
 当時は特に車両工作の主眼は機関車であり貨車や客車はかなり添え物に近い扱いが長い事続いていましたからこの記事も僅か2ページ。
 モーター内蔵とはいえ機関車だと6ページ、電車でも4ページくらい使うのに比べるとその差は歴然です。

 Nゲージでのワキ1000はトミーナインスケール初のボギー貨車のひとつとしてタキ3000、ク5000と同時にリリースされました。
 前にも書きましたがC50やC11に似合いそうなボギー貨車がそれまでトキ15000しかありませんでしたからトミーからのボギー車のリリースはそれだけで福音だった訳です。

 最初にリリースされたのは車体に黄色い帯の付いた特急便仕様。
 前述の様にワキ1000自体に馴染みがない身としてはこの黄色い帯の付いた仕様は妙にかっこよく見えました。
 入線後は直ちにC11やDD13に牽かせ、後には追加されたワサフ100と組み合わせて楽しみましたが入替ならともかく「C11の牽く急行便編成」というのは(笑)
 後に普通仕様の帯無しも出ましたが急行便にしびれた身には妙に華のない感じに見えたものです。
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 実際にはこの仕様の方が多いのですが。

 趣味の再開前に従兄弟に全部の車両を譲渡してしまうという不覚を演じて以来、ワキ1000は当レイアウトでは長い事欠番状態でした。
 2,3年前に近所の中古屋で袋詰めジャンクの貨車の中に「黄色い帯の入ったワキ1000」があったのを見つけた時は凄く懐かしかったものです。
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 こうして車籍を復活させたワキ1000ですが、現在は棚幡線を中心に「レールクリーニングカー」として活躍中です。
 よもやこんな用途に使うとは思いませんでしたがこれが働いているのを見るたびに懐かしさに浸れるというメリットも(笑)
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2015年06月27日

日本型Nゲージの50年と思い出から・初期型EF58編

  昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 本書で取り上げられている16番の工作記事はその90パーセントがペーパー車体のモデルですが、少ないながらもブラスの工作記事も掲載されています。
 今回はその少ない中のひとつであるEF58(初期型)を。

 デッキの付いた電機、それも台車枠から自作するという中々本格的な工作記事で金属モデルの工作の入門用としては今でもそれなりに通用しそうです。
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 ブラス工作と言うとはんだ付けが付き物ですが、そこでも
「この場合、ペーストではうまく付きませんから塩化亜鉛を使います。塩化亜鉛は希塩酸に亜鉛を入れて作っても良いし薬局に行けば白い粉末の塩化亜鉛を売っています。これは劇薬なので購入の際には印鑑が要ります。これを10倍くらいの水に溶かして使いますとはんだが水の様に流れハンダ付けが楽しくなります」
 結構物騒な事をさらっと書いている様に見えますが、あの当時はフラックスを使うのも最先端のテクニックだったという事でしょうか。

 とはいえ、当時子供だった私はこのくだりを読んでたかが模型の工作に「購入時に印鑑がいる様な劇薬を使う」と言うのは結構なカルチャーショックではありました(笑)
 ですから、ごく最近16番のC58の補修の折に模型屋でフラックスを購入した時にはそれなりに感慨深い物を感じたりしました。

 一方でこの記事では台車周りの板バネや細かいパーツの取り付けなどでスーパーセメダインやボンドマスターなどの接着剤も取り入れています。
 最近の工作記事などを見るとハンダ付けオンリー、逆に瞬着オンリーの両極端の話を結構聞きますが。
 して見ると当時は今以上に適材適所の考えが浸透していたと思います。

 さてNゲージのモデルですが流線型のEF58の方はどこのメーカーも手掛けていますし、どこのショップにも必ず置いてあると言っていい位に普及しています。
 ところがデッキ付の初期型は量産品としてはマイクロエースから出ているのみ。
 あとは金属モデル専門のメーカーが少数のキットや完成品をリリースしているにとどまります。
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 今回動員したのはワールド工芸の「EF18」
 元々はEF58だったのをギア比を変えて貨物機に変更したという曰くがあるので外見上はEF58と大きな違いはありません。
 今回はホキ4200の貨物列車を牽いてもらいました。
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 16番の製作記事もブラスならNのモデルもブラス製。
 旧型EF58は不思議とブラスづいた機関車の様です。
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2015年06月20日

日本型Nゲージの50年と思い出から・チラ1・コム1編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)です。
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 本書には数種類の貨車の製作法も掲載されていますが当時読んでいて一番印象が強かったのが2軸のコンテナ貨車「チラ1」でした。
 一見するとフリーの貨車の様にも見えますが同書の製作記事に実車の写真がありますし、後にエンドウからスケールモデルが出ていますから実在する貨車なのは間違いありません。

 とはいえ製作記事の冒頭では「たくさん作ってEH10をフリー化したEB10などに牽かせ小型『たから号』を作っても良いでしょう」と書かれており模型らしい縮小編成に供する事を前提にした車種選択であった事が明示されています。
 そういえばこの記事に出ている「EB10」と言うフリー機関車、今でも時折奥や中古屋の店頭で見かける事があります。これを見るたびに50年前に出ていた本書のチラ1製作記事を連想してしまう私もいつしか歳を重ねてしまいました。

 さてこの製作記事ですが他の車両の記事と異なる特徴として「既存のプラ模型を改造・転用する」点があります。
 当時は少ないながらも16番サイズのプラ製鉄道車両模型がいくつか出ていましたが、今でも残っている物は殆どありません。
 私が本書を絵本代わりにしていたのは専ら昭和40年代中盤からですので記事中にチラ1製作のベースとなるある「三共のキット」も既に売られておらず、一体どんなモデルだったのか長い事私の中では謎でした。
 ところがごく最近になってようやくそれが解けたのですから分かりません。
 最近にオールカラー版が出た「鉄道模型考古学N」の巻末に50年前の16番プラキットのコーナーが追加されておりその中に件の三共のキットもカラー写真付きで掲載されていたのです。
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 これでようやく胸のつかえが下りました(笑)

 本書で「このキットを3箱買えば(チラ1が)5両できる計算になります。その場合は台枠が足りなくなりますから〜」と言う下りから推定できる通りコンテナ5個積みのコキ5500辺りをプロトタイプとしていた様です。

 5両のチラ1がEB10に牽引されて当時のお座敷運転や小レイアウトで活躍していた様を想像すると何故か楽しい気分になります。
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 さてNゲージではチラ1そのもののモデル化はありませんがコンテナ二個積みのコム1というのがトミーナインスケールでかなり早い段階で製品化されていました。
 この貨車も一応実在の機種なのですが何分実車は北海道限定で走っていた上に総数も40両ちょっととどう見ても専用編成を組む前提ではない数なのでこれだけで「ミニたから号」を組むのは当然夢の編成と言う事になります。
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 初期のモデルはコンテナが二個一体で成形されていて積みかえに対応していないのですが後にリニューアルされた際に1個づつ取り外し・交換ができるように改良されています。
 今でもコンテナの仕様を変えたりしながら売られていますのでNゲージのモデルとしてもロングセラーと言っていいと思います。

 とはいえ、3個積みコンテナゆえにオーバーハングの長いコラ1にも独特の魅力は感じます。
 これなら今でも市販のコキやばら売りコンテナなんかを使って自作して見ても面白いかもしれません。
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2015年06月12日

日本型Nゲージの50年と思い出から・103系編

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 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
 今回は103系電車から。

 103系と言うと今でこそ国電を代表するかつてのスターと言うステイタスでノスタルジーの代表格のひとつですが、本書の出た当時は101系の後継としてバリバリの新型車でした。
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 16番の記事では「例によってよく言えばスカッとさわやか悪く言えば大ざっぱな工作ですが」と筆者が謙遜しておられますが切妻のノーシルノーヘッダのボディは下手にゴテゴテとディテーリングするよりは特徴をスパッと捉えた造形の方が向いている気がします。

 実はこの103系も機関士の親類がトレーラーながら2両ほど自作していた事があります。
 恐らくこの製作記事に忠実に作ったものと思いますが、これ又窓は普通の板ガラス使用(!)塗装はラッカーの筆塗りという手作り風ながら全体にクリーンな感じがしていた事が印象に残っています。
 例によって実物が処分されているので写真などをお見せする事が出来ないのが残念ですが。

 ただ、その103系ですが山手線の初期の101系のそれをイメージしたのか色はカナリア色を想定していたようです。
 作り手のイメージがそうだったのか、他の色がなかったのかは今となっては分からないのですが塗装は肌色に近いトーンでした。これが不思議と103系の印象によく合っていた記憶があります。

 それからこの記事とは直接関係ありませんが似た様な時期に確かカツミか天賞堂あたりでしたか「台車を買うとおまけに103系のペーパーボディが付いてくる」なんてサービスをやっていた事がありますし昭和50年代初頭には中村精密がプラボディで103系を出した事もあります。してみると16番の世界にあっても103系は人気者だったという事でしょうか。
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 その103系ですがNゲージでは関水金属が最初の電車モデルとして昭和42年頃にリリースしています。
 カプラーが初期のドローバーからアーノルドになったり、動力自体も2,3回モデルチェンジしてはいる物のボディそのものは初登場から殆ど変わらないまま50年近く作られ続け、今でも「KOKUDENセット」として容易に入手可能なロングセラーです。
 KOKUDENセットなどは動力込みで鉄コレのセットよりも安価になった位でその息の長さには驚かされます。

 それほどのロングセラーでありながら私の中では「103系=東京」のイメージが強かったために地方都市風のレイアウトを志向する私のイメージに合わず殆ど増備されていませんでした。
 数が急に増えたのは昨年の「ジャンクの玉手箱」にこの103系が大量に入っていたからとも言えます。
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 しかも103系をイメージづける山手線カラーはこの期に及んでいまだ1両もなかったりします。
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 昭和50年代に入るとGMのATC仕様のクハ103が「KATOと組み合わせて使う」ためだけに登場したりGMのキットが出てからエンドウが「GMのキットメイク品」を自社ブランドで出したりして103系も結構賑やかになりました。
 後にはしなのマイクロが初の金属ボディで地下鉄乗り入れ仕様の1000番台、1200番台をモデル化しています。
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2015年06月05日

日本型Nゲージの50年と思い出から・キハ58編

 模型と工作・鉄道模型ガイドブックから
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 今回はキハ58を取り上げます。
 これも当時は最新型の急行用ディーゼルカーとして脚光を浴びていた車種でした。

 10年位前の事ですが私の現住地のデパートで障害者の作品を展示するイベントがあり、そこへ出かけた折に他の絵画や工芸品に混じってペーパー車体のスクラッチによるキハ58の16番モデルが展示されているのを見た事があります。
 あの当時の水準としてもかなりラフに見える造りでしたが、障害を持った人が一生懸命に作った作品だけに造形自体の善し悪しで論じるのは少し的外れな感じもしました。
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 まあ、それは置いておいて、
 そのキハ58ですがどうも「模型と工作」の記事を基にして製作されていた節があります。
 21世紀に入ってからの作品だけにディテールアップのパーツも豊富に出回っている筈なのですがそれらが一切使われていない事、および「模型と工作」の作例写真によく似た印象だった事がその根拠ですが確信はありません。
 尤も、あの当時専門誌を見回しても「ペーパー車体のキハ58の作り方」なんて物はありませんでしたから(実はこういう点も最近の鉄道模型そのものの問題を感じさせる所ですが)私の推定もあながち外れていないかもしれません。

 前述のハンドブックでは16番ペーパー車体の工作法が掲載されていましたが、あの当時私の故郷で見る事の出来た数少ない実車がこのキハ58でしたから当時も結構楽しめた記憶があります。
 50年も前の事ですから、フルディテーリングなんて訳には行きませんが、それよりも全体の造形、フォルムで実車の雰囲気を再現するやり方は当時も今もモデリングの方向性としては共感を感じる部分です。
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 ただ、そこでの作例写真、よく見るとベンチレータが181系の奴だったりする辺りに当時のおおらかさも感じたりしますが(笑)
 
 さてこのキハ58、私がNを始めた頃はまだ製品化自体されていませんで、リリースを心待ちにしていた機種の最右翼でした。
 何しろ昭和50年当時、Nの気動車はKATOのキハ20系に加えてやっとキハ82系がリリースされた位でそれ以外の機種はカタログの予告にすらなかった程です。最近のZゲージですらこれよりリリースのペースは速いですから当時はストレスと期待の入り混じった心理状態が2,3年続きました(笑)

 ところがいったんリリースされると後は出るわ出るわ。
 昭和55年前後には同一系統で3社競作という信じられない状況にすらなります。
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 運転会でもその3社のキハ58をつなげた特別編成を組みました。
 先頭に一番早くリリースされたエーダイ、2両目に最後のリリースだったKATO、3両目の動力車はエーダイとタッチの差で二番手となったTOMIXと言う組み合わせです。
DSC_0266.jpg
 昨年の自宅運転会の記事でこの3社の相違点については既に触れていますのでここではあえて書き加えるところはありません。

 大概の鉄道で必要な機種のひとつなだけにキハ58のはなしは意外に長くなりました。
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2015年05月28日

日本型Nゲージの50年と思い出から・EF64編

 昭和39年版の「模型と工作・鉄道模型ガイドブック」から50年前の16番モデル工作とそれ以降のNモデルの思い出を語るある意味支離滅裂な企画(汗)
 先日しなのマイクロのモデルを購入したという事もあって今回はEF64です。

「(前略)いろいろある中で私は近く登場するELを作って見ました。EF64形式直流電機機関車です(中略)この記事が出てしばらくすると試作機が走りだすかもしれません」
 本書での16番モデル製作記事はこんな前置きから始まっています。
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 当時はバリバリの新型どころかまだ出てもいなかったEF64も50年が経過してみるとあるものは茶色の「旧塗装」がもてはやされ、ある物は公園の展示品となり、ある物は予備機よろしく側線で黄昏ている存在となりました。
 現在活躍の中心は側面のデザインの異なる1000番台でありここで取り上げる初期型もそろそろレトロの対象になりつつあります。
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 製作記事の作例は「当時まだ出ていない機関車のモデル」としては中々好い印象の出来です。
 前回ED75で違和感を感じていた前面窓のHゴムも塗りとはいえきちんと出ていました。
 初期型EF64を特徴づける大きなエアフィルター部分は市販の波板を2.5ミリ幅で72枚も切り出して貼り付ける表現法。私の様なめんどくさがりには気の遠くなる工程です。
 ですが当時はこの程度の事は学生でも普通にやっていた訳です。「なければ作る」というのは最近専門誌などで一種のスローガンになっている感がありますが当時は「ない物が多過ぎた」から勢い自作が中心になった訳で。
 それゆえに雑誌の方も「製作記」でなしに「作り方」として紹介していたのでしょうし、そうして出来上がったモデルはそれが何であれ製作者の宝物となったのだと思います。

 無いと言えばこの時点では実車も出ていないEF64用の台車などももちろんありませんから鉄道模型社(これまた懐かしい名前)のED71用台車を改造するように指定されています。
 これすらも「近いうちにカツミがEF70用の台車を分売するのでそれを使えばよりEF64らしくなります」と言う凄い事を書いています。
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 さて、NのEF64は私が趣味の再開時に真っ先に入線させたロコのひとつです。
 当然初期型でKATOのモデルです。
 今回の記念運転会で久しぶりに運転しましたがスムーズな走りっぷりは相変わらずです。この辺りからKATO、TOMIXともにNのモデルも機関車らしい重量感のある走りができるようになって来たようです。
 その意味ではNゲージの走りの進化を真っ先に実感させてくれたロコでもありました。
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 1000番台などは側面だけ見るとまるで別のロコですがこれはこれで朴訥な味があって好きですね。
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2015年05月12日

日本型Nゲージの50年と思い出から・キハ35―900編

 模型と工作・鉄道模型ガイドブックから

 今回はキハ35の900番台ステンレス車です。
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 16番の作例ですがこの当時はコルゲートを纏ったボディの車両は最新鋭のイメージが強かった半面、コルゲートの表現に試行錯誤の跡を感じます。
 同じコルゲート車でも近日紹介予定のEF30は「薄手の紙に鉄筆(これが何か分からない若者は多いでしょう。ガリ版刷りの印刷では必需品のアイテムで当時はどこの学校の先生の机の中にもこれがありました。もちろん普通に文房具屋で買えました)で筋を入れて切り離す」という物でした。
 それに対して今回のキハ35では「アルミホイルに鉄筆で筋を入れて切り離す」と言う一見簡略なやり方で表現しています。
 一見簡単そうですが、アルミホイルと言う奴は普通に引っ張りだしても結構しわが付きやすい事「ホイルを切ったり鉄筆で筋を入れる際のノイズが結構痛々しい」という問題があって私個人は余り好みません。
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 ですがコルゲートと言う大きな特徴のあるほかは単純な切妻のボディでドア回りも板を車体の上から張り付けるだけで済むので車両工作の中では簡単な割には効果の大きい車種ではあります。ディテーリングにそれほどこだわる必要も感じませんし。

 それにしても今ではNの工作ですら「コルゲート板の別売りパーツ」と言う物が商品化されているのですから随分と便利にはなったものです。
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 さて、このキハ35-900ですがNゲージで出たのは意外と早く通常車体の物と併せて昭和55年頃にはエンドウでモデル化されています。上述の様に車両自体が単純な切妻の割には個性的なので製品化はNでもやりやすかったでしょう。
 エンドウ版は車体全体がメッキ仕上げでまるで宇宙刑事ギャバンを思わせます(笑)実車のキハ35でもここまでピカピカな奴はなかった気もしますがこれはこれで好ましいです。
 こちらは故郷の中古ショップで出物を見つけたものですが動力台車の固定用ポッチが欠損し「車体を持ち上げると動力台車がポロポロ落ちる」と言う驚愕の代物でしたが、そんなコンディションでも線路に載せたら何事もなく走ってしまうという驚くべきタフさを見せてくれています(笑)
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 そのキハ35ですがエンドウ版が生産を追えて大分経った平成10年近くなって何とTOMIXから再リリースされました。
 しかも「TOMIXブラスシリーズ」と言う空前絶後のネーミングまで引っ提げてです(笑)

 このネーミングからもわかる様に基本的にはエンドウ版そのまんま(実際には窓周りの処理に相違点がありますが言われなければわからないレベルです)な上にTOMIXのモデルなのに動力には「GMの刻印」までされているという何から何まで異色な存在でした。
 さすがにこちらの900番台はステンレスらしい艶に変更されていて落ち着いた雰囲気ですが。

 この後21世紀に入りMODEMOやKATOからもキハ35系はリリースされエンドウ版は急速に影を薄くして行きますがTOMIX版はまさにそのタイミングで安価な出物が出たのを秋葉のショップで見つけたものです。
 まあ、上述の特徴からフルディテールでなくとも十分以上の雰囲気の出せる機種なので結構な拾い物でした。
光山鉄道管理局
 HPです。「車両紹介」電車の項一部追加しました。


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2015年05月08日

日本型Nゲージの50年と思い出から・ED75編

 鉄道模型工作ハンドブックから

 今回はED75です。
 「ED75と言ってもピンとこない方も多いと思いますがこれはこの9月に完成した試作電機の形式です。ED71〜74の系統を継ぐものですが交流電機の決定版とされていて近いうちに実に200両が量産され常磐線平以北、東北本線仙台以北で活躍するそうです。今回はモデルに作りやすそうな半流線型車体を持つこの最新鋭機ED75の製作を楽しみましょう」
 記事の冒頭で書かれたこの解説に時代を感じる向きも多いと思います。
 そもそも「半流線型」なんて言葉、いまどきのファンは使わないのではないでしょうか。何しろED75が半流なら今活躍中のほぼ全ての機関車が半流になってしまいますから。

 ED74と違って75の方は順風満帆な人生と言いますかEF65と並んで国鉄を代表する電機機関車の顔となっている事は皆さんもご存じの通りと思います。
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 16番の工作記事の作例を見ると「まだ出ていない機関車をモデル化した」と言う風情の完成写真で、前面窓や明かり窓のHゴムや前面帯が付いていないので「真っ赤(本誌は白黒印刷なので真っ黒)な塊」にも見えます。
 今となっては面白いのは記事中では「飾り帯をつけて〜」と書いているのにHゴムへの言及が全くない点です。
 このタイプ以降の電機は大半が「Hゴムの付いた窓」が外見上のアクセントになっているケースが多いので少し意外でした。
「車体は深紅色とはいう物の少しピンクがかっているので赤75%白23%青2%の割合でラッカーを混ぜると良いようです」・・・これを読むと市販の調色塗両で安直に塗ってしまう私などはなんだか申し訳ない様な気になります(汗)

 さて、本書は以前から書いている様に元々は当時機関士(と言うか後半生は運転士)だった親類のおじさんが持っていたものです。
 当時(昭和43年以降)は岩手でもED75がようやくお目見えする時期に当たっていましたが自身が運転していたからでしょうか、本書を大分参考にしながらペーパー車体の16番ED75を自作していました。しかも2両も。
 鉄道模型が都会ほど普及していない環境ですから車体の色が実車より淡かったりとかしたのですが前述のHゴムは塗りでもガラスの描き込みでもなく真鍮線で表現していました。
 やはりここは電機にとってはアクセントとして無視できなかったのでしょう。
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 残念な事におじさんの死去の前後にモデル自体が処分されたとの事で今となっては現物に触れられませんしお見せする事も出来ません。
 だからという訳ではないのですが16番のED75はTOMIXの奴を1両持っています。
 DSCN8626.jpg 
 一方、Nゲージの世界でもED75はかの「SONYマイクロトレーン」でのモデル化を皮切りに量産品が1974年のトミーナインスケールから始まって多くのメーカーからリリースされている人気機種です。
 (人気と言うか、実質これしかいない様な線区が多いせいもあるのでしょうが笑)
 うちの鉄道でもED75は「偉大なる凡庸」の異名をとる主力機のひとつでブルトレやコンテナ列車から旧客、クリーニングカーの後押しまで多様に活躍しています。
DSCN6426.jpg
 今回の写真のはTOMIXのHGモデル。
 ナンバーもまだ嵌めていませんが1000番台の後期形です。香港製から始まるトミー&TOMIXのED75も中身だけでも3回以上変わっているだけに最新式の走りっぷりは見事の一語。
 ある程度の速さから急に電源を切っても短距離ながらそれっぽい惰行をして見せるところなどはなかなか素晴らしいです。

 「偉大なる凡庸」だけあって思い出も多いせいかED75で語る時は何故か長文になります。
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2015年05月04日

日本型Nゲージの50年と思い出から・ED74編

 先日書いた様に折を見て「50年前に出された16番工作記事」を読んだ当時の思い出と、その後ここ30年位の間にNで製品化された物についてはその解説を書く形で私なりのNゲージの50年史のようなものを纏めてみたいと思います。

 なお、16番の記事に出ている作例が今のNモデルに比べてラフに見える向きもあるかもしれませんが本書の記事は「マニアの製作記」ではなく50年前の水準で「誰にでも作れる製作記事」なのでこれだけを持ってモデルの優劣を判断されないようにお願いします。

 さて、「模型と工作・鉄道模型ハンドブック」を開くと最初に登場する製作記事はED74のものです。
 そんな訳で第一回目はED74のはなしから。
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 この当時は北陸トンネルが開通し、北陸本線の電化が進んだタイミングでもありそこの主力機と目されたED74はバリバリの新型、正に期待の星とでもいうような扱いでした。
 恐らくそんな事もあって本書のトップバッターに選ばれた、そんな気がします。

 現実にはこのED74は終始影の薄い存在で、登場当初こそは北陸本線でそこそこ活躍したもののEF70に比べて性能が中途半端だったせいか実質的にEF70に駆逐されてしまい全機が大分へ転属、ブルトレの先頭に立つ機会も与えられたもののそこでも運用できる範囲が限定されていた事からはやい段階で引退ー廃車と言う経緯を持ったロコでした。

 その目で見ると当時の華々しい扱いが少し儚い感じもします。
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 本書の16番モデルの製作記事は一部を除いて車体がペーパー工作ですがこのED74もそれに準拠した物です。
 記事中に完成写真がありますが車体周りに独特のペナペナ感が感じられるほどあっさりしたものですがそれなりに味を感じます。
 写真は白黒印刷ですが実車より淡い色遣いの様にも見えます。
 動力の工作に「台車やギア周りはカツミのED70用を使うと楽」と言った意味の事が書かれていますが当時新性能の電機でED級の足回りパーツが実質これしかなかった事を思うと結構時代を感じさせる部分です。
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 NゲージのED74は量産品としてはマイクロエースの物が唯一の存在の様で、中古ショップなどでもなかなか見かけない機種ではあります。
 私がこれを入手できたのも一昨年位の頃で、Nの電機としては結構後発のモデルでした。
 元々がEF70の補佐役みたいな存在なので外見はまるでEF70のショーティみたいに見えますが、これはこれで纏まっています。
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 実車はEG装備の客車列車に対応したロコなので10系辺りの軽量客車が似合う感じがします。
 とはいえ、今回紹介した写真では本誌に掲載された客車に限定した編成をやったので結構違和感はあります。
 尤も今の子供なんかだと「機関車が牽引する客車列車」自体が珍しいと思いますが。

 それにしてもNゲージの完成品でED74が拝める時代が来るとは凄い話です。
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2015年05月03日

日本型Nゲージの50年と思い出から・・・

 今年の秋はKATO(当時は関水金属)が初めて日本型のNゲージ車両を出して50年になるのだそうです。
 (世界的にはアーノルドが現行の規格にのっとったモデルを出したのが1962年だそうですから53年目ですか)
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 その第一号はC50とオハ31系客車だそうですが、現在見掛けるモデル(上の写真)とは構造的にまるで異なるものです。
 私自身は実物を落合南長崎のホビーセンターカトーに展示されている奴に昨年初めてまみえましたが細密感とは別のところで好ましい雰囲気は感じました。

 おそらくこれが出た当初はNゲージがここまで進化・発展すると考えたものは誰もいなかったと思いますし、日本の鉄道模型そのものに大きな影響を与える存在になると予想できなかったろうとも思います。
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 私の場合それを端的に感じるのが同じ時期に出版された「模型と工作・鉄道模型工作ハンドブック」です。

 これに掲載されている16番の車両工作記事はあの当時ですら完成品のモデルが出るとは考えにくかったような車両の工作記事が多かったですし、それとは別にあの当時実車すらまだ出ていない様な車両まで掲載されていました。
 本書の出版から10年後、私がNゲージという形でこの趣味に入った昭和50年当時ですら本書に掲載されていた車両の大半が16番はともかく、Nでは予定品の中にすら入っていない物ばかりだったくらいです。

 少なくとも当時の私はここに掲載されている車両の大半が16番の自作ならともかくNで製品化された完成品を見る事などあり得ないとすら思っていたのです。

 それが驚いた事に、現在では発売形態はどうあれここに出ていた車両の大半がNゲージの完成品という形で入手できる様になっています。
 先日書いた「三つ子の魂〜」でも書きましたが私自身それらの影響からかこれまでにも意識的、あるいは無意識的にそれらの車両を入線させてきていますが、今はそれも結構な数に達しています。
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 本書に登場する車両たちは昭和40年以前の車両ばかりですが、国鉄はもとより私鉄でも結構な数の車両製作記事が載っていたのを考えるとこれは驚くべき事です。
 また同時にその間の時代の変化とNゲージ鉄道模型の発展に感慨を禁じ得ません。

 私の持っているそれらの車両の大半は中古モデルを見つけたものばかりなので中にはNゲージのごく初期の揺籃期的製品もあれば、つい最近鉄コレなどで製品化された最新モデルまでもが混在しています。
 ですから、それらの履歴そのものも一種の「Nゲージの歴史」として語れるかもしれません。
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 そこで今回から折を見て本書に掲載されていた車両たちについて「50年前に出された16番工作記事」を読んだ当時の思い出と、その後ここ30年位の間にNで製品化された物についてはその解説を書く形で私なりのNゲージの50年史のようなものを纏めてみたいと思います。
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 ・・・などと大仰な事を書きましたが要は「おっさんの思い出ばなし」でブログの穴埋め的なおしゃべりを書きなぐるだけなのですが。

 内容はかなり主観的ですし記憶違いなども多々あるかと思いますがお付き合い頂ければと思います。
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