酔っ払いのたわごと(汗)VAと鉄道模型
今回はある意味非常に退屈な話ですがたまにはこう言う事も書いてみたい気もするのでどうかご勘弁を。
久しぶりの酔っ払いの書き殴りシリーズ(大汗)です。
「ビデオデッキはあらゆる点でベータが優れている。しかし道具として使うなら絶対にVHSだ。私自身はベータ党だがそれでもベータを進める訳には行かない」
うろ覚えですが、故長岡鉄男氏がビデオデッキについて語った一節です。
私が鉄道模型趣味の中断中にVA趣味に走っていた事は折に触れて書いていますが、このVA趣味は無意識に鉄道模型の嗜好やポリシーに影響を与えている気がします。
特にベータ対VHS、レーザーディスク対VHDと言った規格戦争の真っ只中を経験した事の意味は大きかったと思います。
これらのフォーマット戦争で共通しているのは機能やクオリティが優れていてもそれが生かせなければ勝てない(意味がない)と言う点です。
例えばベータ対VHSで最終的にVHSに軍配が上がった最大の要因は3倍モードの長時間録画ですが、実際にはそれだけではなくアダルトビデオや映画のソフトで元々標準で2時間収録が基本フォーマットだったVHSが有利だった事が影響しています。
(VHS開発の際にスタッフが1週間のテレビ欄をチェックして2時間枠の番組の多さから収録時間を決定したと言う話もある位です)
一方のLD対VHDでは当初は1社対13社。ハードもソフトもLDが高価だったのにも拘らずLDが勝ち上がりましたが、そのきっかけのひとつに「スターウォーズ」がLDで発売された事がありました(当時はLDはFOX、VHDはパラマウント&ユニバーサルだけをラインナップしていました。言い換えれば「観たいソフトがどれだけあるか」がフォーマット選択の大きな要因だったのです)
これを鉄道模型にあてはめるなら16番(HO)とNゲージの関係でも同じ事がいえると思います。
つまり「どんなに精密でステイタスシンボルたり得ても、それを走らせる事が出来なければ(環境がなければ)結局は無意味」と言う事です。
昔は0番と16番の関係でも同じ事が言えたと思いますが、フォーマットの変化にはハードウェアだけの要因では語れない要素があるように思えます。
たとえどんなに当時のマニアからオモチャ扱いされようと当時の交流3線の0番よりも直流で前後の逆転のできる16番の方が魅力的だったでしょうし、同様にグリコのおまけ扱いされても金属道床の組線路とプラレール並みの「運転用モデル」(あとは最低6畳以上のスペースがないと曲がる事すらままならない「高級モデル」)の16番よりはスケールモデルの編成をシステム化されたレールで走らせる事が可能なNの方が有利だったのは間違いない所と思います。
この点を見落として「小さいからオモチャ」という安直な観点でフォーマットを語ろうとするとどうしても感情的なだけの論法になってしまう気がしますし、あるいは「小さいから次世代の主役」と単純に断じてしまう考えに陥ってしまいがちになっていると思います。
(現実に8ミリビデオやミニDVはビデオカメラでこそ普及しましたが当初考えられていた様にVHSにとって代わる事は最後までできませんでした。全メーカー参加の統一規格だったにもかかわらずです。結局VHSに取って代わったのはノンリニアな録画再生のできるDVDやBDでした。「テープの小型化」によるフォーマットの交代ではなかったのです)
私自身もモデルの車両だけいじくっていたらここまで鉄道模型の趣味を続けられなかったと思います。走らせる環境が作れてはじめて鉄道模型が楽しめるという考え方はVAで言う「ハード」と「ソフト」の関係と重なる所があります。
クオリティを語るのはそのプロセスを経たうえで上がる段階ではないでしょうか。
その目で見ると鉄道模型趣味の現状はある意味VAを凌ぐ所もある半面、後進的な所の方がまだ多いと思います。
(それだって実際のところは50歩百歩かもしれません。先日のとある新型車の発表会に集まった面々の表情と態度はまさに高級オーディオショップの視聴室で見かけるマニアのそれと重なる物を感じました)
それから、趣味の本質のひとつは「いい年をしたおっさんが熱中する事で子供の心に戻って世間の憂さを忘れる」所にもあると思います。
ですから趣味の種類をとって幼稚かオトナかを断じるのはそれこそ趣味の本質を理解できていない「幼稚な思考」そのものではないかとも思えます。
要は人それぞれという言う事で鉄道模型だけが特殊な趣味と言う訳では(それほど)ないとおもうのですが、どういう訳かこの趣味の人間にはことさらに鉄道模型は「紳士の道楽」「玩具と違う高級ブランド」と強調したがる向きも多いと思います。
マナーを逸脱した者に対して自覚を促す様な意味で使うならともかく、個人的にはこういう論を聴くたび少しうっとおしい思いを感じます。
別にそんな事を強調するまでもなく、オトナとして楽しそうにやってさえいれば大概の方には自然と納得して頂けるのではないかとも思います。これは蛇足でした。
(写真は本題とは関係ありません)
光山鉄道管理局
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久しぶりの酔っ払いの書き殴りシリーズ(大汗)です。
「ビデオデッキはあらゆる点でベータが優れている。しかし道具として使うなら絶対にVHSだ。私自身はベータ党だがそれでもベータを進める訳には行かない」
うろ覚えですが、故長岡鉄男氏がビデオデッキについて語った一節です。
私が鉄道模型趣味の中断中にVA趣味に走っていた事は折に触れて書いていますが、このVA趣味は無意識に鉄道模型の嗜好やポリシーに影響を与えている気がします。
特にベータ対VHS、レーザーディスク対VHDと言った規格戦争の真っ只中を経験した事の意味は大きかったと思います。
これらのフォーマット戦争で共通しているのは機能やクオリティが優れていてもそれが生かせなければ勝てない(意味がない)と言う点です。
例えばベータ対VHSで最終的にVHSに軍配が上がった最大の要因は3倍モードの長時間録画ですが、実際にはそれだけではなくアダルトビデオや映画のソフトで元々標準で2時間収録が基本フォーマットだったVHSが有利だった事が影響しています。
(VHS開発の際にスタッフが1週間のテレビ欄をチェックして2時間枠の番組の多さから収録時間を決定したと言う話もある位です)
一方のLD対VHDでは当初は1社対13社。ハードもソフトもLDが高価だったのにも拘らずLDが勝ち上がりましたが、そのきっかけのひとつに「スターウォーズ」がLDで発売された事がありました(当時はLDはFOX、VHDはパラマウント&ユニバーサルだけをラインナップしていました。言い換えれば「観たいソフトがどれだけあるか」がフォーマット選択の大きな要因だったのです)
これを鉄道模型にあてはめるなら16番(HO)とNゲージの関係でも同じ事がいえると思います。
つまり「どんなに精密でステイタスシンボルたり得ても、それを走らせる事が出来なければ(環境がなければ)結局は無意味」と言う事です。
昔は0番と16番の関係でも同じ事が言えたと思いますが、フォーマットの変化にはハードウェアだけの要因では語れない要素があるように思えます。
たとえどんなに当時のマニアからオモチャ扱いされようと当時の交流3線の0番よりも直流で前後の逆転のできる16番の方が魅力的だったでしょうし、同様にグリコのおまけ扱いされても金属道床の組線路とプラレール並みの「運転用モデル」(あとは最低6畳以上のスペースがないと曲がる事すらままならない「高級モデル」)の16番よりはスケールモデルの編成をシステム化されたレールで走らせる事が可能なNの方が有利だったのは間違いない所と思います。
この点を見落として「小さいからオモチャ」という安直な観点でフォーマットを語ろうとするとどうしても感情的なだけの論法になってしまう気がしますし、あるいは「小さいから次世代の主役」と単純に断じてしまう考えに陥ってしまいがちになっていると思います。
(現実に8ミリビデオやミニDVはビデオカメラでこそ普及しましたが当初考えられていた様にVHSにとって代わる事は最後までできませんでした。全メーカー参加の統一規格だったにもかかわらずです。結局VHSに取って代わったのはノンリニアな録画再生のできるDVDやBDでした。「テープの小型化」によるフォーマットの交代ではなかったのです)
私自身もモデルの車両だけいじくっていたらここまで鉄道模型の趣味を続けられなかったと思います。走らせる環境が作れてはじめて鉄道模型が楽しめるという考え方はVAで言う「ハード」と「ソフト」の関係と重なる所があります。
クオリティを語るのはそのプロセスを経たうえで上がる段階ではないでしょうか。
その目で見ると鉄道模型趣味の現状はある意味VAを凌ぐ所もある半面、後進的な所の方がまだ多いと思います。
(それだって実際のところは50歩百歩かもしれません。先日のとある新型車の発表会に集まった面々の表情と態度はまさに高級オーディオショップの視聴室で見かけるマニアのそれと重なる物を感じました)
それから、趣味の本質のひとつは「いい年をしたおっさんが熱中する事で子供の心に戻って世間の憂さを忘れる」所にもあると思います。
ですから趣味の種類をとって幼稚かオトナかを断じるのはそれこそ趣味の本質を理解できていない「幼稚な思考」そのものではないかとも思えます。
要は人それぞれという言う事で鉄道模型だけが特殊な趣味と言う訳では(それほど)ないとおもうのですが、どういう訳かこの趣味の人間にはことさらに鉄道模型は「紳士の道楽」「玩具と違う高級ブランド」と強調したがる向きも多いと思います。
マナーを逸脱した者に対して自覚を促す様な意味で使うならともかく、個人的にはこういう論を聴くたび少しうっとおしい思いを感じます。
別にそんな事を強調するまでもなく、オトナとして楽しそうにやってさえいれば大概の方には自然と納得して頂けるのではないかとも思います。これは蛇足でした。
(写真は本題とは関係ありません)
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