趣味の原点を振り返る36・車両工作の原点をおもう

 先日来突発的にペーパー車体のモデル工作が続いていますが今回はそのルーツとして思い出す事から。

 まずはこれまで折に触れて取り上げている「模型と工作・鉄道模型工作ハンドブック」
 私にとっても小学生時代からの聖典のひとつ(笑)でしたが、これは同時に私をこの趣味に引き込んだ元機関士の親類にとっても工作のネタ本のひとつでもありました。

 今では「鉄道模型車両の作り方」という題材の入門書など絶滅状態ですが、昭和30年代~50年代後半くらいまでは「模型と工作」「模型とラジオ」「子供の科学」などで毎度毎度車両の工作記事が掲載されていました。
 当時の(今でも?)TMSなどがファンの製作記事を満載していましたがこれらはどちらかというと「製作記」のノリであり、そのまままる写しして工作できるような構成にはなっていない事を考えるとビギナー向きに「作り方」を手ほどきしてくれるこの種の雑誌の価値は非常に大きな物がありました。

 それはさておき、
 その親類(仮にN氏としておきます)も本書を片手にいくつかの車両をものしておりました。
 本書の特徴は車体の素材にペーパーを使う事、細かなディテーリングよりも全体の印象を重視している事です。
 
 特に後者は「よくいえばスカッとさわやか、悪く言えば大ざっぱ」と筆者が描いていた通り、細密度ではお話にならないのですが全体の印象把握が的確な物が多く明らかに「モケイらしい」ものでした。
 とはいえ木と紙を使う工作なので切削のセンスやパーツの無さを省略で補わざるを得ない条件もありその通りに作っても「作り手によって表情が異なる」事も多かったのではないかと思います。
 
 N氏の作ったモデルはED75が2両、181系の5連、103系の先頭車、ナロ10だったと記憶しています。他に本誌にないクモハ457やクハネ583なんかもありましたがいずれも模型というよりはモックアップを連想させる大雑把な作りではありました。
 何しろ車体こそペーパーですが窓ガラスにそのものずばりの「板硝子」をカットして使っていたりカラーも手持ちのラッカーからその都度調合していた位です。
 181系に至っては両側にクロハがあり窓にはなぜかサッシ(窓枠)が入り、ボンネット部こそ造形されていましたがライトパーツや方向幕もないというきわめて独特の印象を与えるモデルでした。
 
 ですがN氏のそれらの模型が醸し出す表情は細密一辺倒のモデルにない表情と温かさが感じられるもので今でも「モケイのあるべき姿」のひとつの表現として強い印象を持っています。
 (これまた昨年来折に触れて紹介している宮沢のC54,C58、BタンクもN氏の所有だったものですが、この3両のみが完成品を購入した物でした)

 本来ならそれらのモデルの写真でもつけるところですが、生憎N氏の没後に処分された様で今では見る事ができません。
 
 今回のペーパー車両を作っている時に時折思い出されるのがN氏のそうした思い出がよぎりました。
 本誌の掲載のモデルではいくつか私自身惹かれるものが多いので、今後どうかして自作に挑戦してみたいと思っています。
 (但しNでそれをやるにはペーパーという素材の限界みたいなものも感じるので出来るなら同じ工法でブラスをやってみたいと思います。それらについては近いうちに考察したい所です)
 写真の中に本稿の内容と一部関係のない物がありますがご了承ください。

光山鉄道管理局
 HPです。

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この記事へのコメント

2013年11月24日 07:23
お早う御座います。
最近は何処を見ても,この手の温かみのある作品紹介が少ないので
懐かしさよりも逆に新鮮な感覚すら感じました。

何をもって良く出来たかとか,既製品みたいじゃないと駄目だとかを
個性の表現も含めて改めて考える時期なのかも知れませんね。

これからも色々と挑戦してみて下さい。
2013年11月24日 21:46
>YANチョさん

 ありがとうございます(汗)

 既製品を基準に考えると余程の凄腕モデラーでもないと質的に太刀打ちできないのは確かだと思います。

 ただ、それは作る事よりも結果としての作品の出来に囚われ過ぎている事でもないかとも思えます。
 過程を楽しむ事自体が趣味であるなら、出来不出来を問わずにそのプロセス自体を発信できる環境も必要かもしれませんね。

 上手く出来るのに越した事もありませんが。

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