趣味の原点を振り返る・38・シミュレータと鉄道模型

 鉄道模型とシミュレータ(主に映像・音声のみの仮想現実をここでは指します)について。
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 以前から鉄道模型のシミュレータなどが普及し、この趣味もかなり様変わりしている事を実感します。
 偉そうな事を言っていますが私自身ネットを始めた当初はまだ鉄道模型の趣味を再開するなどとは考えていませんでしたから某有名シミュレータのソフトを買っていくつか試してみた事があります。
 実際に市販されている線路システムを使い、ユーザーが設定したベース上に線路やストラクチャーを配置し、出来上がったレイアウトの上を任意の列車を走行させる。
 それらをモニタ上の映像として楽しむというのはかなり新鮮な驚きでした。

 しかも後のバージョンでは運転席上の視点から車窓風景を楽しめるという進化も遂げています。
 購入後しばらくは結構楽しみました。

 ですが徐々に一種の物足りなさを感じ始めたのです。
 最初はそれがなぜかわかりませんでした。

 が、しばらくして近所のコンビニで「街並みコレクション」の第一弾をふとした事から購入してそれを組み立て、配置してみた時に疑問を解く鍵の一端を掴んだような気持ちになりました。
 元々が食玩に毛の生えた様な代物ですから組みたて自体は簡単なものですし、当時は人によってはこれを模型と認めない向きまであったほどです。
 しかし、それでも「自分の手で組み立てた、実体のあるモデル」がそこに現出したという感動はモニタ上の出来あいの映像にはないものだったのです。
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 しかもその建物は気が向いたらばらす事も切り継ぎで改造する事も自在です。
 あらかじめプログラムされた物を超えられないバーチャルリアリティとは異なる楽しみでした。
 更に言うならそのプロセスは視覚や聴覚だけでなく触角や嗅覚も駆使しているだけに総合的な感覚体験として大きな満足感を与えてくれました。

 もちろんバーチャルリアリティのお家芸とも言える「映像を加工して破綻の少ない作品を作る」事は可能ですし、後からの修正も実に容易です。
 それに比べると自分の不器用さがダイレクトに反映する上に一旦仕上がってしまうと後から修正するのが難しい模型の場合はCGや画像のそれに比べて泥臭いしカッコ良くもないのも確かです。
 しかしそれでも自分の手を掛けて作った物の満足感は又格別の物があります。
 人に見せる様な時はさすがに恥ずかしさの方が先に立つのですが、不思議と出来不出来があってもそれなりの満足感と達成感を感じさせてくれたのです。
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 結果、シミュレータのソフトは今は筺底に収められ大惨事の出来のモデルばかりが増えるという状況になっています(恥)

 ですがそれらの過程の中で鉄道模型ならではの魅力の一端を認識できたという事は大きかったと思います。

 まあ、私の場合は体質的に「テレビゲームが向いていない」と言う部分も結構大きかったりするのですが。
(写真は本題と関係ありません)
光山鉄道管理局
 HPです。


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