鉄道模型と「三つ子の魂百まで」のはなし2

 今回は先日来このブログで触れている「模型と工作・鉄道模型ハンドブック」に関連したはなしから。
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 出版時期から言って仕方ないですがこれらの製作記事は何れも白黒印刷で写真からカラーリングが類推しにくい特徴があります。
 実は今回この事の思い当たったきっかけと言うのも暮れに入線させた東武の6000系を見て「あの本の写真より色がくすんでいるなぁ」と感じた事がきっかけとなっています。
 そういえば京阪1900とか飯田線カラーの52系でも白黒印刷から受けたカラーリングの印象の違いを少なからず感じた物です。
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 さて、私の場合生まれた時~小学生の頃にかけての時期「テツドウモケイ」と言えばイコール16番のモデルの事を指していました。親類の機関士が作っていたのも16番でしたし、模型店のショールームに麗々しく飾られているのも16番、当時のテレビドラマでも「家の中に16番の線路を敷きまわして楽しむ」描写がよく観られました。
 ですから鉄道模型の憧れとはほとんど「16番かHOの車両を走らせてレイアウトを作りたい」というものだった訳です。
 何しろこの時期Oゲージは全滅状態に近く、Nゲージはまだ海の物とも山の物ともしれませんでしたから無理もありません。

 してみると私などは「16番が鉄道模型の主流だった時期を覚えているぎりぎり最後の世代」と言えるかもしれません。
 私の場合は、たまたまNゲージの勃興期と鉄道模型を趣味として始めた時期が一致した事で結果的にはNから入った形になりましたが、もしそうでなかったら自分の嗜好から考えて案外メルクリン辺りの外国形HOでレイアウトをやっていたのではないかと思っています。

 上述の親類は車両を作るだけでなく「鴨居の上の行ったり来たり」にせよ作ったり買ったりした車両を走らせる事にそれなりのプライオリティを置いていましたから「鉄道模型は走らせてこそ華」という発想がごく自然にしみついた気もします。
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 (あの当時の16番メーカーのポリシーではTOMIXの様なシステマティックな走行システムは望み様がなかったと思えるからですが)
 ですが、そう思うと数年前から少しづつ16番やHOのモデルが増え始めているのもそうした三つ子の魂の影響かもしれません。ある意味恐いですね(汗)

 さて、鉄道模型の様にサイズやスケールの規格化されたフォーマット単位で趣味を楽しむという方向性の強いモデルはどうしても既存の規格に縛られがちです。
 そして大概の場合語り手にとって「自分の子供の頃に主流だった規格」を持って優劣が語られる事が多いようです。

 いま、この趣味のメインストリームを担う世代の半数以上は生まれた時に既にNゲージがあってそれを当たり前として育った世代と思います。
 ですから「テツドウモケイ」のサイズとしてのNゲージのサイズや必然性には大した疑問は持っていない気もします。
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 ですが、それと同じ事は(私も含めた)それより上の世代にとっての16番についても言えるでしょうし、アメリカンドリーム華やかりし頃の1940年代後半~50年代に少年時代を送った世代のアメリカ人にとってはライオネルやアメリカンフライヤーなんかのOゲージモデルのサイズこそが当たり前の存在かもしれません。
(実際向こうの番組などを観ると意外にOゲージの思い出が語られる事が多いですし)

 これと同じ事はフォーマットに限らず鉄道模型の愉しみ方についても言えましょう。
 子供の頃に線路の上で列車を走らせていた人なら長じても運転派になりやすいでしょうし、飾り棚に飾られた模型ばかり眺めて過ごしていた子ならコレクターを志向しそうな気もします。
 大人になってからこの趣味を始めた人でも最初の原体験が重要でしょうが子供の方がより大きく影響されそうな気がします。

 そう考えると改めて「三つ子の魂百まで」という諺の重さを感じてしまいます(笑)

 これは一種の世代論であり、鉄道模型のスケールがどうこうとかゲージとスケールの違いとかとは異質な話ではあるのですが、それでいて趣味としての鉄道模型の本質を考える上では重要な要素ではないかと思います。

光山鉄道管理局
 HPです。


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この記事へのコメント

2015年05月09日 07:31
初コメントと思いますがよろしくお願いします。
内容からして、私と同世代(ひょっとしてもう少し先輩?)で自分も同じ思いを感じましたのでコメントさせてください。私の初鉄模は中学3年の時に名古屋のデパートで関水金属のキハ82系6両とエンドレスのレールそしてパワーパックを祖母に買ってもらいました。それから来る日も来る日も飽きずにエンドレスをキハを周回させていました。
その時点でHOは高嶺の花でNゲージといえども、自分にとっては高級品でした。それから、お決まりの定尺べニア板にレイアウトを製作し・・・。  それが今では、新製品ラッシュの中、情けないコレクター的な趣味に成り下がっている自分に光山市交通局様からご指摘いただいたように感じております。
光山市交通局
2015年05月09日 21:45
>東濃鉄道さん

 コメントありがとうございます。

 私の場合「定尺べニヤにレールを固定」という段階で一度挫折しています(汗)
 20年以上後に作った今のレイアウトはその時の敵討ちみたいなところもありますね。夢は持って見るものです(大汗)

 今は「なければ作る」が通用しない位あらゆる新製品が出ていますからどうしてもコレクター的な側面が前面に出てしまいますね。
 私も最近は実質「骨董コレクター」に近づいてきている気がします。

 ただ何を買っても「走らせないと気が済まない」と言うところで辛うじて襟持を保っている状態です(大汗)