鉄道模型の買い物のはなし5・「可能性にカネを払う」ということ
前回の「レンタルレイアウトに完成なし」を考えていて付随的に思いついた事から。

先日のホビセンの買い物なんかは特にそうですが単体では別にどうという事もない製品でも「あ、これはレイアウトに使えそう」とか「これがあるとこのミニシーンができるな」とか思いながらアイテムを買い物かごに放り込む事が多かった気がします。
実際にそれがレイアウトに使われる事も多いのですがいずれにしてもそのアイテムに出会わなければ別にどうという事もなかった様な物ばかりと言えます。

(大体、オランウータンのフィギュアをあらかじめ使うつもりで落合南長崎までわざわざ出向いた訳ではなかった筈ですからw)
ですがこれを手に取った時に感じたのは物そのものではなく「それの持つ可能性に金を出していたのではないか」と言う事でした。
つまり「ぜひ欲しい」という必要性に迫られて、と言うよりは「これ、あったらいいな」と言う感じのノリです。これなどは「衝動買い」とか「買い物中毒」とかの症状のひとつではないかと。
そう思い始めると私が上京とか帰省なんかで買っているのは殆どそれに該当する気がします。
逆に地元のショップで買うのは大半が新製品の予約買いとかサプライ品の補充と言ったコンビニ的な買い物ばかりです。
この中間なのがたまに欲しくなるアイテムが出品されるネットオクと言えます。
買う事それ自体が自己目的化したコレクターや買い物中毒患者は別としても、殊「趣味の商品を買う・手に入れる」と言う行為の中には物そのものよりも「そのものの持つ可能性」に金を出しているという側面が確かにあると思います。
これは車両よりもレイアウト用品で顕著な気がします(前述のオランウータンとか汗)
そしてその可能性が漠然とすればするほど夢もそれに比例して大きくなる。
宝くじなんかはその典型でしょうし高級品と言われるブランドなどはそのイメージで持っている所も多分にあると思います。
(ブランド品の靴を「履きつぶすために買う」なんて話はあまり聞きませんし)

逆に可能性が具体的すぎてしまうとルーチンワークみたいになって感動が薄くなるというのもあるでしょう。私なんかに当てはめると「鉄コレをN化するために車輪やパンタをバラ買いする」なんてのがこれに当たりますか(笑)
ですがこれなどは夢としては非常に堅実ではあります。

ですが「偶然手に入ったもののおかげで趣味の次の展開に入る事ができる、或いはそれのおかげで視野が広がる」ケースと言うのもあります。例えば先日入手したマイクロのED91タイプの不動品なんてのはその典型で「既に持っていた1両と組み合わせてスケール機に近づける」と言う次の展開につなげてくれる働きをしてくれました。万事がこんな風にアクティブに進めばいいのですが。

ですが大概の場合は買ったアイテムとかパーツを眺めながら「これを使って次はあれを・・・」と次の展開を夢想しているばかりだったりします。昔はこういうのを「安楽マニア」と呼んでいたそうですが(反省)
ですがこういう夢想を「無駄」と取るか「趣味の本質のひとつ」と取るか。
感じ方は人それぞれとは思いますが、私の場合どちらも正しいという気がします(優柔不断)
光山鉄道管理局
HPです。

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先日のホビセンの買い物なんかは特にそうですが単体では別にどうという事もない製品でも「あ、これはレイアウトに使えそう」とか「これがあるとこのミニシーンができるな」とか思いながらアイテムを買い物かごに放り込む事が多かった気がします。
実際にそれがレイアウトに使われる事も多いのですがいずれにしてもそのアイテムに出会わなければ別にどうという事もなかった様な物ばかりと言えます。

(大体、オランウータンのフィギュアをあらかじめ使うつもりで落合南長崎までわざわざ出向いた訳ではなかった筈ですからw)
ですがこれを手に取った時に感じたのは物そのものではなく「それの持つ可能性に金を出していたのではないか」と言う事でした。
つまり「ぜひ欲しい」という必要性に迫られて、と言うよりは「これ、あったらいいな」と言う感じのノリです。これなどは「衝動買い」とか「買い物中毒」とかの症状のひとつではないかと。
そう思い始めると私が上京とか帰省なんかで買っているのは殆どそれに該当する気がします。
逆に地元のショップで買うのは大半が新製品の予約買いとかサプライ品の補充と言ったコンビニ的な買い物ばかりです。
この中間なのがたまに欲しくなるアイテムが出品されるネットオクと言えます。
買う事それ自体が自己目的化したコレクターや買い物中毒患者は別としても、殊「趣味の商品を買う・手に入れる」と言う行為の中には物そのものよりも「そのものの持つ可能性」に金を出しているという側面が確かにあると思います。
これは車両よりもレイアウト用品で顕著な気がします(前述のオランウータンとか汗)
そしてその可能性が漠然とすればするほど夢もそれに比例して大きくなる。
宝くじなんかはその典型でしょうし高級品と言われるブランドなどはそのイメージで持っている所も多分にあると思います。
(ブランド品の靴を「履きつぶすために買う」なんて話はあまり聞きませんし)

逆に可能性が具体的すぎてしまうとルーチンワークみたいになって感動が薄くなるというのもあるでしょう。私なんかに当てはめると「鉄コレをN化するために車輪やパンタをバラ買いする」なんてのがこれに当たりますか(笑)
ですがこれなどは夢としては非常に堅実ではあります。

ですが「偶然手に入ったもののおかげで趣味の次の展開に入る事ができる、或いはそれのおかげで視野が広がる」ケースと言うのもあります。例えば先日入手したマイクロのED91タイプの不動品なんてのはその典型で「既に持っていた1両と組み合わせてスケール機に近づける」と言う次の展開につなげてくれる働きをしてくれました。万事がこんな風にアクティブに進めばいいのですが。

ですが大概の場合は買ったアイテムとかパーツを眺めながら「これを使って次はあれを・・・」と次の展開を夢想しているばかりだったりします。昔はこういうのを「安楽マニア」と呼んでいたそうですが(反省)
ですがこういう夢想を「無駄」と取るか「趣味の本質のひとつ」と取るか。
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この記事へのコメント
私の場合模型関係が売られていると「Nに流用できないか?」をまず考え、実際タミヤの「1/35ドラム缶」はうちのレイアウトで据え置きタンク、ハセガワの「1/700日本海軍艦載艇セットA」は1~2人乗りのボート(ぶっちゃけGMの小舟より手漕ぎボートっぽい)になってます。
また、模型ですらない百均の小物も見るたびに流用を思い浮かべ、現在注目しているのはネイルアートで張り付けたりUVクラフト用の封入パーツ(百均で販売)で非常に薄く細かいため、Nのストラクチャーの飾りに使えそうなんです。
(左が私の手持ちと同型商品↓ 大きさはどれも5㎜ほど)
ttp://freaks.but.jp/otto/wp-content/uploads/KIMG1949.jpg
(左側:星・冠・十字架、右側:蝶々・薔薇・宝石、いずれも各20個づつ)
>模型関係が売られていると「Nに流用できないか?」をまず考え~
私が最近それをよくやるのは「万●書店系のショップのガチャポン食玩系のコーナー」ですね。
スケールの違いがあっても使いようによって面白い物があったりしますし。ハードオフ系や100均ショップは田舎ゆえに品揃えが薄くてあまり使えないのが辛い所です。