関水金属の初代C50に思うこと
さて、先週来の関水金属の初代C50のレストアも走りについてはひと段落という所です。
この機会にモデルそのものの印象について感じたことを書きたいと思います。
日本初のNゲージ蒸機という事でこのC50、書籍やサイトでNゲージの歴史を語る際にはよく取り上げられる事が多いモデルです。
それらの記事に共通して書かれているのは「今のNゲージに比べると細密度で劣るのは仕方がない」物によっては「歴史的価値のみの製品」とまで書かれている事があります。
私自身これまでそうした記事にどっぷり浸った口ですし、事実現物を目にして「やっぱりあっさりした造形だな」と最初思ったのも事実です。
ですがこのモデル、不思議とそれ以上の悪印象が湧いてこないのです。
以前紹介した事のある同じKATOの細密ミニカー、トヨタスープラが「物凄く細密なのになぜか心を打たない」印象だったのとは全く対極なのです。
細密に作れない分、元の機関車の印象把握、アナログ感覚による模型的なディフォルメに力を入れたという感じでこれが意外と好ましい印象に貢献している印象なのです。
今でもこのロコを褒める時に必ず出てくる「動輪のスポークが抜けている」なんてのも細密感が出しにくい分を補って余りある効果を出していますし。
手すり類の表現は殆どないですしパイピングも表現できる最小限と言う趣なのに「蒸気機関車らしさ」を持った存在感は今でも一級のレベルではないでしょうか。
これまでこのモデルについて持っていた印象の大半は上述の書籍やサイトの写真に依存していた事も大きかったと思います。
というのも、これらの写真は相当な接写で掲載時に実物よりも大きく感じられる様に載せられている事が多い為に細密感に欠ける部分ばかりが強調されがちだったと今にして思えるのです。
ですが、実物のC50はやろうと思えば「手のひらに5,6両まとめて乗せられる」程度の大きさである事を考えれば「このサイズならこれ位のディテーリングでも十分」という考えも十分成り立ちます。
まして、レイアウトでの運転派にとって「数センチ手前で眺めなければわからないディテール」にはそうたいした意味がないのもこの際もういちど認識すべき点ではないかと。
(わたしは今でも「飾って楽しむなら16番以上のサイズ」と言う考えを捨てていません)
そう考えるとこのC50、単にヒストリックモデルと言うのに留まらずこれからのNゲージの行き方に一つの指針を与える存在の様な気がしてなりません。
関水金属の初代C50、手に入って驚き(汗)、分解して驚き、そしてその後でもいろいろと考えさせる意味でも飽きる事のないモデルです。
とはいえ、今回の入手自体がかなりの偶然の積み重ねに依拠していますし、前述の様に現在の奥などでの高騰ぶりから考えると人に「とにかく手に取って見ろ」とは到底言えないのですが・・・
予定では今週末にはKATOのNゲージ50周年モデルのリニューアル版C50がリリースされます。
サイトなどで写真を見る限りは相当に気合いの入ったモデルである事が伺われますが、今回の初代と比較してみるのが今から楽しみではあります。
光山鉄道管理局
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この機会にモデルそのものの印象について感じたことを書きたいと思います。
日本初のNゲージ蒸機という事でこのC50、書籍やサイトでNゲージの歴史を語る際にはよく取り上げられる事が多いモデルです。
それらの記事に共通して書かれているのは「今のNゲージに比べると細密度で劣るのは仕方がない」物によっては「歴史的価値のみの製品」とまで書かれている事があります。
私自身これまでそうした記事にどっぷり浸った口ですし、事実現物を目にして「やっぱりあっさりした造形だな」と最初思ったのも事実です。
ですがこのモデル、不思議とそれ以上の悪印象が湧いてこないのです。
以前紹介した事のある同じKATOの細密ミニカー、トヨタスープラが「物凄く細密なのになぜか心を打たない」印象だったのとは全く対極なのです。
細密に作れない分、元の機関車の印象把握、アナログ感覚による模型的なディフォルメに力を入れたという感じでこれが意外と好ましい印象に貢献している印象なのです。
今でもこのロコを褒める時に必ず出てくる「動輪のスポークが抜けている」なんてのも細密感が出しにくい分を補って余りある効果を出していますし。
手すり類の表現は殆どないですしパイピングも表現できる最小限と言う趣なのに「蒸気機関車らしさ」を持った存在感は今でも一級のレベルではないでしょうか。
これまでこのモデルについて持っていた印象の大半は上述の書籍やサイトの写真に依存していた事も大きかったと思います。
というのも、これらの写真は相当な接写で掲載時に実物よりも大きく感じられる様に載せられている事が多い為に細密感に欠ける部分ばかりが強調されがちだったと今にして思えるのです。
ですが、実物のC50はやろうと思えば「手のひらに5,6両まとめて乗せられる」程度の大きさである事を考えれば「このサイズならこれ位のディテーリングでも十分」という考えも十分成り立ちます。
まして、レイアウトでの運転派にとって「数センチ手前で眺めなければわからないディテール」にはそうたいした意味がないのもこの際もういちど認識すべき点ではないかと。
(わたしは今でも「飾って楽しむなら16番以上のサイズ」と言う考えを捨てていません)
そう考えるとこのC50、単にヒストリックモデルと言うのに留まらずこれからのNゲージの行き方に一つの指針を与える存在の様な気がしてなりません。
関水金属の初代C50、手に入って驚き(汗)、分解して驚き、そしてその後でもいろいろと考えさせる意味でも飽きる事のないモデルです。
とはいえ、今回の入手自体がかなりの偶然の積み重ねに依拠していますし、前述の様に現在の奥などでの高騰ぶりから考えると人に「とにかく手に取って見ろ」とは到底言えないのですが・・・
予定では今週末にはKATOのNゲージ50周年モデルのリニューアル版C50がリリースされます。
サイトなどで写真を見る限りは相当に気合いの入ったモデルである事が伺われますが、今回の初代と比較してみるのが今から楽しみではあります。
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この記事へのコメント
(近頃はパソコンで印刷できて便利ですが昔は大変だったでしょうなぁ…)
今回のモデルもそうでしたし、書籍などで見かける同じモデルでもナンバープレートがある例は殆ど見ませんね。
事によると初回の発売時点でシールくらいついていたのかもしれませんがそこまでは確認できませんでした。
あれを手書きでどうにかするのは相当に難しいと思いますが当時のユーザーはどうだったのでしょうか。
今なら新発売になったリニューアル版からプレートだけ使う手もありそうですね(笑)
>ナンバープレート
自分がこの質問したのは、初代C50で一番違和感がある(悪く言うとおもちゃっぽい)のはそこなんですよね。
逆にナンバープレートがあると多少おもちゃっぽいプラモでも割とリアルに見えたりします。
>手書きでどうにかするのは相当に難しいと思いますが当時のユーザーはどうだったのでしょうか。
確かTMSの70年代の記事に「ナンバープレートは黄色地の紙に(黒で書いて)クリアーエナメルで固める」というのがありましたのでこのころもまだ手書きだったみたいです。
(もちろんNスケール車両です)
仰る通りナンバープレートが無いと「ただの黒い塊」でしかないですね。
あるとナイトでかなり印象が変わる意味でナンバープレートの存在は重要だと思いますが40年以上前の関水金属の蒸機はその辺りの認識が薄かったのかシールで済まされている事が多かった(これを切り抜いて貼り付けると大概の場合外枠の金色が目立たなくなる)気がします。