鉄道ミステリとNゲージを語る6「省線電車の射撃手」とクモハ11&12

先日からスタートさせました鉄道ミステリとそれに絡んだNゲージモデルのはなしから。
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今回は徳間文庫版トラベルミステリー①、「シグナルは消えた」所収の海野十三作「省線電車の射撃手」から

海野十三は「火星兵団」「浮かぶ飛行島」等に代表される戦前のSF作家の草分けですが、一方で科学知識を探偵小説に応用した点でも草分け的存在でした。
本作も後者の流れの上に書かれた作品で科学探偵の帆村荘六が活躍する一編です。

ある夏の夜、暗闇を疾走する山手線の車内で発生する連続女性射殺事件。
走行中の車内で正確に標的を捉える射撃手の正体は、そのトリックは何か。

というのが大まかのストーリーですが、舞台が昭和初期の山手線の車内なので夏の夜の車内描写には思わず時代を感じてしまいます。
その部分を引用させて頂くと

「もう九月も暮れて十月が来ようというのに、其の年はどうしたものか、厳しい炎暑がいつまでも弛ゆるまなかった。「十一年目の気象の大変調ぶり」と中央気象台は、新聞紙へ弁解の記事を寄せたほどだった。復興新市街をもった帝都の昼間は、アスファルト路面が熱気を一ぱいに吸いこんでは、所々にブクブクと真黒な粘液を噴ふきだし、コンクリートの厚い壁体は燃えあがるかのように白熱し、隣りの通りにも向いの横丁にも、暑さに脳髄を変にさせた犠牲者が発生したという騒ぎだった。夜に入ると流石に猛威をふるった炎暑えんしょも次第にうすらぎ、帝都の人々は、ただもうグッタリとして涼を求め、睡眠をむさぼった。帝都の外郭にそっと環状を描いて走る省線電車は、窓という窓をすっかり開き時速五十キロメートルの涼風を縦貫させた人工冷却(フォースド・クーリング)で、乗客の居眠りを誘った。どの電車もどの電車も、前後不覚に寝そべった乗客がゴロゴロしていて、まるで病院電車が馳(はし)っているような有様だった。そんな折柄、この射撃事件が発生した。その第一の事件というのが。

時間をいうと、九月二十一日の午後十時半近くのこと、品川方面ゆきの省線電車が新宿、代々木、原宿、渋谷を経て、エビス駅を発車し次の目黒駅へ向けて、凡(およ)そその中間と思われる地点を、全速力(フル・スピード)で疾走していた。この辺を通ったことのある読者諸君はよく御存知であろうが、渋谷とエビスとの賑やかな街の灯も、一歩エビス駅を出ると急に淋しくなり、線路の両側にはガランとして人気のないエビスビール会社の工場だの、灯火も洩れないような静かな少数の小住宅だの、欝蒼(うっそう)たる林に囲まれた二つ三つの広い邸宅だのがあるきりで、その間間には起伏のある草茫々(くさぼうぼう)の堤防や、赤土がむき出しになっている大小の崖や、池とも水溜まりともつかぬ濠(ほり)などがあって、電車の窓から首をさしのべてみるまでもなく、真暗で陰気くさい場所だった。

この辺を電車が馳っているときは、車内の電燈までが、電圧が急に下りでもしたかのように、スーッと薄暗くなる。そのうえに、線路が悪いせいか又は分岐点(ぶんきてん)だの陸橋などが多いせいか、窓外から噛みつくようなガタンゴーゴーと喧(やかま)しい騒音が入って来て気味がよろしくない。という地点へ、その省線電車が、さしかかったのだった。」


当時クーラーどころか扇風機もない暑苦しい電車の描写は臨場感たっぷり。
そこで繰り広げられる連続射殺事件ですがそのトリックの解釈では以前紹介の「電気機関車殺人事件」そこのけに科学講義みたいな解説のオンパレード。
これまた戦前ミステリきっての「理数系犯罪小説」の様相を呈してきます。

本作はインターネット図書館の青空文庫で購読可能ですのでここはぜひ全編をお読み頂きたいと思います。
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さて本作に登場する山手線の電車ですが時代的に行ってモハ30系である可能性が高いと思われます。
そのモハ30系は後に形式名を変えてクモハ11、クモハ12として鶴見線や南武線、仙石線等でかなり後まで使われました。
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改装後のボディで微妙に当時のものとは違うはずですがこれらは鉄コレやGMのキット、最近ではKATOがそのものずばりの南武線セットとしてここ数年の間に一気に充実しました。
今の目で見れば短駆に見える車両ですが当時はこの編成が暗闇の恵比寿周辺を疾走していたのだと思うと隔世の感ですね。
(なにしろ当時は人家の殆ど無い夜になると真っ暗やみの場所だった様ですし)

Nのクモハ12は私の手持ちでは鉄コレとKATOの仕様が在籍しているのは昨年このブログでも紹介しています。
ですがこんな事を書いているうちに何となくこの間リリースされたばかりのクモハ11も欲しくなってくる気がするから怖いです。

ところで余談ですが本作の探偵役の「帆村荘六」氏。
この前後の時期は普通の犯罪ものの探偵なのですが、後には国際謀略団と対決するようになり、その後戦争末期の時期にはB29の空襲もなんのそので「宇宙人とファーストコンタクト&宇宙戦隊を編成して大攻防戦をやらかし」戦後もNYの新聞社の嘱託として「金星航路の宇宙船に乗って怪星の探検に出かけてしまう」(どう見ても超未来のはなしとしか見えないのですが)という大活躍ぶりを見せます。
これなどは探偵作家とSF作家の顔を持つ海野十三だからこそ可能だったと思いますが、
帆村荘六氏は私に知る限りでは世界一活躍期間の長い名探偵なのではないかと(笑)

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