あの頃の「とれいん」のはなし
模型もそうなのですが古本や書籍を探したりこれはというものを見つけたりするには都会、それも東京の様な所は実に便利な所だと思います。
今回の秋葉行きでは(安さに惹かれてという面もあったのですが)創刊前後の時期のTMSも買いましたが同時に「とれいん」の方も創刊前後の時期の号が安く手に入りました。
ですので、今回はそちらについても書きたいと思います。
とれいんの創刊はTMSに遅れる事25年程経た1975年。
この頃はTMSは高級趣味誌としての地位を確立しておりモデルの世界でも0番から16番へのシフトチェンジがとうに過ぎた頃。
NゲージがTMS誌上ですら「9ミリゲージ」と呼称されていた頃で16番モデルにとっては黄金期又は絶頂期ともいえる時期です。
レイアウト製作もお金持ちのマニアから市井のファンでも多少手近なものになり、20年前ではあり得なかった「完成品をコレクションする」趣味が定着し始めた時期。
つまり鉄道模型の趣味が一種の変革期に差し掛かっていた時期でもあると思います。
いつもなら「帰りの電車の車内で読むくつろぎ本」として買うのが昔のとれいんなのですが今回ばかりは少し違う視点での購入となりました。
今回入手できたのは創刊3号に当たる1975年3月号と6月号。
普通これ位の時期はまだ雑誌としての方向性が固まりきらず色々と試行錯誤がされやすい時期といえます。
専門誌らしく模型の製作記事にもそれなりにボリュームが割かれているのですがホビールーム訪問とか趣味についてのエッセイなどにもページが割かれており全般に「鉄道模型を愉しむ視点」が重視されている事が雑誌全体を特徴づけています。
随筆や製品紹介、そして実物記事もTMSと違った視点が意識されている感じがしました。
創刊直後だけあって熱気は感じますが、それはTMSがかつて持っていた「唯一の専門誌」としてのそれではなく「ひとつの雑誌としての熱気」です。
この頃は既に実物誌はピクトリアルどころか鉄道ファン・鉄道ジャーナルが出ていましたし、感覚的にとれいんに近い空気を持つ雑誌の「蒸気機関車」が休刊して数年経過したタイミングでもありました。
そんな状況下では「鉄道趣味を代表する」とか「この世界を背負ってたつ」とかよりも「既存誌と異なる視点、主張をどこに置くか」が雑誌の存在を主張するポリシーになるのも当然であり、そこがTMSと異なる部分と思います。
それゆえにこの頃のとれいんにはTMSにない独特の軽やかさが感じられました。
どんなジャンルでもそうなのですが専門誌が複数あるという事は同じ対象でもそれぞれ異なる視点からのアプローチがされる事で趣味全体の深みや広がりが生まれてきやすいものです。
そうした意味からも鉄道模型誌がふたつになったという事はそれだけで趣味としての鉄道模型の広がりを意味していたと思います。
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とれいんの創刊はTMSに遅れる事25年程経た1975年。
この頃はTMSは高級趣味誌としての地位を確立しておりモデルの世界でも0番から16番へのシフトチェンジがとうに過ぎた頃。
NゲージがTMS誌上ですら「9ミリゲージ」と呼称されていた頃で16番モデルにとっては黄金期又は絶頂期ともいえる時期です。
レイアウト製作もお金持ちのマニアから市井のファンでも多少手近なものになり、20年前ではあり得なかった「完成品をコレクションする」趣味が定着し始めた時期。
つまり鉄道模型の趣味が一種の変革期に差し掛かっていた時期でもあると思います。
いつもなら「帰りの電車の車内で読むくつろぎ本」として買うのが昔のとれいんなのですが今回ばかりは少し違う視点での購入となりました。
今回入手できたのは創刊3号に当たる1975年3月号と6月号。
普通これ位の時期はまだ雑誌としての方向性が固まりきらず色々と試行錯誤がされやすい時期といえます。
専門誌らしく模型の製作記事にもそれなりにボリュームが割かれているのですがホビールーム訪問とか趣味についてのエッセイなどにもページが割かれており全般に「鉄道模型を愉しむ視点」が重視されている事が雑誌全体を特徴づけています。
随筆や製品紹介、そして実物記事もTMSと違った視点が意識されている感じがしました。
創刊直後だけあって熱気は感じますが、それはTMSがかつて持っていた「唯一の専門誌」としてのそれではなく「ひとつの雑誌としての熱気」です。
この頃は既に実物誌はピクトリアルどころか鉄道ファン・鉄道ジャーナルが出ていましたし、感覚的にとれいんに近い空気を持つ雑誌の「蒸気機関車」が休刊して数年経過したタイミングでもありました。
そんな状況下では「鉄道趣味を代表する」とか「この世界を背負ってたつ」とかよりも「既存誌と異なる視点、主張をどこに置くか」が雑誌の存在を主張するポリシーになるのも当然であり、そこがTMSと異なる部分と思います。
それゆえにこの頃のとれいんにはTMSにない独特の軽やかさが感じられました。
どんなジャンルでもそうなのですが専門誌が複数あるという事は同じ対象でもそれぞれ異なる視点からのアプローチがされる事で趣味全体の深みや広がりが生まれてきやすいものです。
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