帰省の恐怖体験の思い出(笑)

 帰省の思い出話ですが、実際こういう話は帰省シーズンでないとなかなかアップできませんからこの機会に書きたいと思います(笑)

 20世紀末から21世紀初頭の一時期、実家への年末年始の帰省が文字通り「元日の東京方面行き1番列車」だった時期があります。
 当時の中央線のダイヤの関係でそうでもしないと盛岡に着くのが元日の夕方になってしまうので、結構強行軍でした。列車は183系の終期辺りの時期でしたか。
DSC_0457.jpg
 ですが元日の東京行きの特急列車と言うのは「帰省ラッシュの逆方向」に走っているので車内はガラガラの事が多かった。
 それでも自由席はそこそこの乗客がいるのですが、指定席では客の数がかなりまばらになっていました。

 特に凄かったのが当時編成に1,2両は繋がっていた「喫煙車」
 二三度経験しましたが「1両に私一人しか乗っていない」幽霊電車状態。
DSC_0550.jpg
 しかも外の景色は元日朝のうららかな景色とそれなりの人通り、どうかすると窓外の町中で獅子舞まで待っていたりするのですから外界と車内との落差の凄さというか隔絶感が半端なかったのです。

 一度経験してみると分かりますが、これは凄く怖いものです。
 各車輛の隔絶感も際立つ特急車両(隣の箱のノイズが殆ど入ってこない)なのでこの1両だけでなく列車全体が無人なのではとか錯覚しますし、外があれほど賑やかなで晴れ渡っているのにこちらがまるで別世界にでも隔離された様な寂寥感がありました。

 人によっては他の客がいない方が気楽なのかもしれませんが・・・
DSC_1334.jpg
 それが今は逆に「元日に実家から宵の口に帰宅」
 「自宅近くの駅のホームは平日よりも人影と言う物が無く」そこからの帰途では「夜中の誰もいない神社で初詣」
 という、別な形で恐い体験をする事になっていますが。

光山鉄道管理局
 HPです。


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道模型へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道模型 レイアウト製作へ
にほんブログ村


鉄道模型 ブログランキングへ

現在参加中です。気に入ったり参考になったらクリックをお願いします。


この記事へのコメント

2018年01月06日 12:14
本年もよろしくお願いいたします。

1車輛に一人だけは怖いですね。
私的には、空いている方が良いとはいえ、一人は嫌ですね(笑)
深夜の恐怖体験といえば普通になりますが、良く飲んで帰る時に満員だった車内がふと気づくと周りに居ない・・・
そうです。乗り過ごしです(笑)
酔いもいっぺんに吹っ飛ぶ、折り返しの列車も無く財布の紙幣が吹っ飛ぶというオチです(爆)
最近は飲んだら、席が空いていても座らない事にしています(^-^;
光山市交通局
2018年01月08日 22:04


>がおう☆さん
>
 こちらこそ本年もよろしくお願いします。

 コメントを読んで思い出したのですが、学生時代に祖父の葬儀か何かの都合で盛岡から更に山奥の沼宮内まで1週間ほど汽車で通学していた時期がありました。

 朝はともかく夜の帰宅時にはそれなりに混んでいても周囲の風景があまりに寒々しく(何しろ人家も街灯も少なく国道から離れているので冬場は動くものの姿をめったに見ない)これはこれで隔絶感を感じたものです。

 おまけに乗っていたのが旧客(オハ47かスハフ61)で灯りは薄暗い電球だった上に木を多用した内装(当たり前か)は周囲の風景と併せるとクラシカルを通り越して「水木しげるの漫画の世界」
 今にして思えばこれもひとつの恐怖体験だった気がします。