レイアウト工作と「趣味と実益」に思うこと
つい先日のこと、
この間の台風で破損した自宅の修理をしなければならなくなり、ホームセンターで必要な資材を揃え、日曜朝の午前中に一気に補修を済ませました。
いわゆる「日曜大工(最近こんなのも死語ですが)」というか「日曜補修」という奴です。
仕上がりが素人仕事のやっつけなので到底写真を挙げられるものではないので上げませんが。
昔の私ならこんな大工仕事なんぞ到底できなかったはず。
曲がりなりにもそれをやる気にさせたのは、過去のレイアウトの製作経験があったからだと思います。
最初のレイアウトは市販ボードなどと言う便利な物を思いつけなかったので(汗)資材を揃えて組み立てる所からやったものです。
上記の通り子どもの頃からの不器用で大工仕事の完遂等一人ではできない事は分かっていましたから、資材だけでなくジグソー、ドリルと言った電動工具もその時に同時に揃えた訳です。
ブランド品でないとはいえ決して安くはない出費でしたが、レイアウト完成後も自宅内の家具の修理なんかでそれらの工具が役に立っては来ました。
ですが今回の補修ほど「レイアウトをやってきてよかった」と(専ら実益面でw)感じた事はありませんでした。
電動工具のおかげもあったし工程の一部では模型工作用のピンバイスや鋸まで動員しましたが、これらが無ければそもそも補修なんてできなかったですし、仮にあったとしても「以前レイアウト工作でこれと同じような事をやった」と言う経験が無ければやる気にもなれなかったでしょう。
鉄道模型に限らず、趣味と言うものは本来的に実益を求めない物と言うのが私の考えでしたし「趣味が仕事になったら悲劇だね」という故関沢新一氏の言葉にもある程度共感を感じてはいます。
その意味では最近一部の一般向け鉄道趣味本で「鉄道マニアをやっているとこういう時に得をする」といった性質の本などを目にすると一種邪道な感じ(趣味に王道も邪道もあったものではありませんがw)があって自分で財布を開く気になれなかったのも確かです。
ですが趣味が間接的に実生活に役に立つというのを今回ほど実感した事はありません。
殊にレイアウトを一から作り出したら大工仕事を筆頭に配線工事やはんだ付け、石膏の塗り固めからプラモの工作、どうかすると絵画や手工芸の真似事までやることになりますから一種の「工作の総力戦」の様相を呈します。
まあ、これだけいろいろやったら何かしら実生活の上で使えるもののひとつやふたつは出てきそうではありますが。
でも少なくとも私個人は大工仕事の勉強のためにレイアウトを作ったつもりでもなければ、電気工事のためにはんだこてを握った訳でもない事は確かです。
昔何かの本で「バイクをやっている人なら大概の力仕事が出来るし、オーディオをやっている人なら簡単な電気の配線くらい出来る。さてアニメは何ができたっけ?」と言ったような文言を読んだことがありますが、以前なら「趣味と実益を兼ねた」なんて言葉がごく普通に使われていたものです。
テツドウモケイにしても以前読んだ大昔のTMSのミキストだったかでナチスのゲッベルスの私邸にレイアウトが飾ってあるのを見た日本のジャーナリストが「さすがゲッベルス、私的な時間にも攻略作戦の事を忘れない」とか書いてあたかもレイアウトが戦棋盤か何かにでも使われているかのような書き方をしていたのに違和感を感じたと当時の山崎主筆が書かれていた事もありました。
そもそも模型趣味自体が次代の小国民を優秀な技術者に育てるための物であるかのような書かれ方が専門書ですら普通に行われていた時代ですが。
趣味を趣味として楽しむうえでこれがどれだけ役に立つのかわかりませんが、とにかく昔は趣味を楽しむのにも何か言い訳が必要だった訳です。今でも多少はそういう傾向はどこかしらみられる気もしますが。
ですがそんな堅苦しい事を考えずに趣味は趣味として楽しむのが精神衛生上よさそうですし、それで何か実利に役立つ局面があったとしてもあくまでそれは偶然の産物と思った方が良い様な気もします。
まあこれもまた単なる私見に過ぎませんが(汗)
光山鉄道管理局
HPです。
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この間の台風で破損した自宅の修理をしなければならなくなり、ホームセンターで必要な資材を揃え、日曜朝の午前中に一気に補修を済ませました。
いわゆる「日曜大工(最近こんなのも死語ですが)」というか「日曜補修」という奴です。
仕上がりが素人仕事のやっつけなので到底写真を挙げられるものではないので上げませんが。
昔の私ならこんな大工仕事なんぞ到底できなかったはず。
曲がりなりにもそれをやる気にさせたのは、過去のレイアウトの製作経験があったからだと思います。
最初のレイアウトは市販ボードなどと言う便利な物を思いつけなかったので(汗)資材を揃えて組み立てる所からやったものです。
上記の通り子どもの頃からの不器用で大工仕事の完遂等一人ではできない事は分かっていましたから、資材だけでなくジグソー、ドリルと言った電動工具もその時に同時に揃えた訳です。
ブランド品でないとはいえ決して安くはない出費でしたが、レイアウト完成後も自宅内の家具の修理なんかでそれらの工具が役に立っては来ました。
ですが今回の補修ほど「レイアウトをやってきてよかった」と(専ら実益面でw)感じた事はありませんでした。
電動工具のおかげもあったし工程の一部では模型工作用のピンバイスや鋸まで動員しましたが、これらが無ければそもそも補修なんてできなかったですし、仮にあったとしても「以前レイアウト工作でこれと同じような事をやった」と言う経験が無ければやる気にもなれなかったでしょう。
鉄道模型に限らず、趣味と言うものは本来的に実益を求めない物と言うのが私の考えでしたし「趣味が仕事になったら悲劇だね」という故関沢新一氏の言葉にもある程度共感を感じてはいます。
その意味では最近一部の一般向け鉄道趣味本で「鉄道マニアをやっているとこういう時に得をする」といった性質の本などを目にすると一種邪道な感じ(趣味に王道も邪道もあったものではありませんがw)があって自分で財布を開く気になれなかったのも確かです。
ですが趣味が間接的に実生活に役に立つというのを今回ほど実感した事はありません。
殊にレイアウトを一から作り出したら大工仕事を筆頭に配線工事やはんだ付け、石膏の塗り固めからプラモの工作、どうかすると絵画や手工芸の真似事までやることになりますから一種の「工作の総力戦」の様相を呈します。
まあ、これだけいろいろやったら何かしら実生活の上で使えるもののひとつやふたつは出てきそうではありますが。
でも少なくとも私個人は大工仕事の勉強のためにレイアウトを作ったつもりでもなければ、電気工事のためにはんだこてを握った訳でもない事は確かです。
昔何かの本で「バイクをやっている人なら大概の力仕事が出来るし、オーディオをやっている人なら簡単な電気の配線くらい出来る。さてアニメは何ができたっけ?」と言ったような文言を読んだことがありますが、以前なら「趣味と実益を兼ねた」なんて言葉がごく普通に使われていたものです。
テツドウモケイにしても以前読んだ大昔のTMSのミキストだったかでナチスのゲッベルスの私邸にレイアウトが飾ってあるのを見た日本のジャーナリストが「さすがゲッベルス、私的な時間にも攻略作戦の事を忘れない」とか書いてあたかもレイアウトが戦棋盤か何かにでも使われているかのような書き方をしていたのに違和感を感じたと当時の山崎主筆が書かれていた事もありました。
そもそも模型趣味自体が次代の小国民を優秀な技術者に育てるための物であるかのような書かれ方が専門書ですら普通に行われていた時代ですが。
趣味を趣味として楽しむうえでこれがどれだけ役に立つのかわかりませんが、とにかく昔は趣味を楽しむのにも何か言い訳が必要だった訳です。今でも多少はそういう傾向はどこかしらみられる気もしますが。
ですがそんな堅苦しい事を考えずに趣味は趣味として楽しむのが精神衛生上よさそうですし、それで何か実利に役立つ局面があったとしてもあくまでそれは偶然の産物と思った方が良い様な気もします。
まあこれもまた単なる私見に過ぎませんが(汗)
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