趣味の原点を振り返る56 TMSの定期購読を始めた頃
先日の水野良太郎氏の死去に伴い、氏がTMSに掲載していた漫画を通しで読んでみようと思い立ったのですが、その過程で過去購読していたTMSに欠けが何冊かあるのに気付きました。
欠けが出ていた号を確認してみると、以前紹介した「TMSを模型屋さんで買っていた時期」の号ばかりです。
思えば無理もない話ですが本職の本屋さんでもない、それも地方の模型屋さんで専門誌がコンスタントに入荷する事は期待薄です。
事実、あの頃は毎月模型屋さんに通っていても最新号が入荷しているとは限りませんでしたし、入荷数が少なければ先に誰かに買われる可能性も高いわけです。
この趣味を始めた昭和50年頃から52年頃までのTMSはかなり不安定な購入情況でした(その一方で創刊間もない「とれいん」は大きな書店なら毎月入荷していました)
この状況が2年ほど続き、それなりにストレスを感じ始めた辺りで「地元の書店に定期購読の申し込みをする」事を思いつきました。
当時の乏しい小遣いで毎月500円の定期出費は痛いのですが、一方でそれだけの情報や記事にコンスタントに触れられるメリットが大きかったのも確かです。
定期購読で初めて入手したのは確か昭和53年の新年号だったと記憶しています。
以来、住所が変わってもTMSの定期購読は続けていますがその結果、我ながら不思議なことに途中の20年の中断期間もTMSだけは読んでいるという珍現象を経験する事になります。
前述の水野良太郎氏も著書の中で「雑誌を読むだけの鉄道模型ファンがもっといてもいいのではないか?」といった意味のことを書いていた事がありましたがまさにそれを地で行っていたことになります(汗)
ただ、20年の中断期間に専門誌で知識や情報だけは補充していた事が再開後に大いに役立ったのも確かです。
光山鉄道管理局
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思えば無理もない話ですが本職の本屋さんでもない、それも地方の模型屋さんで専門誌がコンスタントに入荷する事は期待薄です。
事実、あの頃は毎月模型屋さんに通っていても最新号が入荷しているとは限りませんでしたし、入荷数が少なければ先に誰かに買われる可能性も高いわけです。
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この状況が2年ほど続き、それなりにストレスを感じ始めた辺りで「地元の書店に定期購読の申し込みをする」事を思いつきました。
当時の乏しい小遣いで毎月500円の定期出費は痛いのですが、一方でそれだけの情報や記事にコンスタントに触れられるメリットが大きかったのも確かです。
定期購読で初めて入手したのは確か昭和53年の新年号だったと記憶しています。
以来、住所が変わってもTMSの定期購読は続けていますがその結果、我ながら不思議なことに途中の20年の中断期間もTMSだけは読んでいるという珍現象を経験する事になります。
前述の水野良太郎氏も著書の中で「雑誌を読むだけの鉄道模型ファンがもっといてもいいのではないか?」といった意味のことを書いていた事がありましたがまさにそれを地で行っていたことになります(汗)
ただ、20年の中断期間に専門誌で知識や情報だけは補充していた事が再開後に大いに役立ったのも確かです。
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この記事へのコメント
スポーツや他への興味とか環境が変わった影響で、しばらく鉄道模型から遠ざかっていた時期がありました。
鉄道模型に触っていないけれど、興味が無くなったわけでは無いという時期、模型誌だけは購入し読んでいた記憶があります。
まさにその期間は模型誌を見るだけの鉄模ファンだったと言えると思います。特に人の作ったレイアウト記事などは食い入るように見てましたね。読むだけで鉄道模型をやっている感覚だったのかも知れません(^-^)
「読むだけでやっている感覚」と言うのは大概の場合そこで留まってしまう事が多いものですが、実際にこれを実行する時には大きな栄養になると思いますね。
私の場合もこの「専門誌を読むだけ」が趣味への助走期間として随分有効に作用していたと我乍ら思っています(笑)
レイアウトの作例などは車両模型よりも鮮烈に随分とイマジネーションをかきたてられましたね。ただ、実際に自分が作ったら記事との落差に落ち込むデメリットもあるのですが(汗)
昭和50年代のTMSは,今読み返しても非常に楽しいですね。山崎氏のミキストあり,水野氏の漫画あり,次第にレベルアップするNゲージの製品群,ライブ,ナロー,ミニクラブetc.
話は変わりますが,書店で「昭和40年男 増刊号 俺たちを育てたモノ大全」を立ち読みしたところ,仮面ライダーカードや野球盤など様々なアイテムが紹介される中で,トミックスの記事がありました。担当者のインタビューで「DD51の初期製品のナンバーは,王選手のホームランからとって756号車にした」といった内幕が語られており,興味深いです。
実は私もTMSの旬は昭和40~50年代が読みごたえがありますね。
ただ、これは世代的な要素も結構絡んでいる様で当時のミキストで山崎主筆が「10年以上読んでいる読者はおしなべて本誌のマンネリを指摘している。しかもその傾向は世代が変わってもそう感じている様である(つまり私より上の世代は昭和30年代のTMSを、2000年代の読者は昭和末期のTMSを良かったと感じているという事ですかw)」と言った意味の事を描かれていたと思います。
40・50年代が時期的にNの黎明~発展期だった事も勿論大きかったし、それがNゲージャーの琴線を刺激している面もありそうですね。
> 俺たちを育てたモノ大全」
店頭で表紙だけ見た記憶があるのですがまさかNゲージまで取り上げられていたとは思いませんでした。今度探してみます。