8年目に思うこと

 昼の勤務中、いきなり町内の防災無線が一斉に動き出し「市長のメッセージ」を放送し始めました。
 今日はあれから8回目の3月11日です。

 私の場合は直接的な被害こそありませんでしたが、あの日は津波の被災地から優に700キロは離れていたにも拘らずブロック塀が倒壊し、お寺の山門は傾き、町中の石灯籠が倒れ、一部の井戸から砂混じりの水が噴き出しました。
 ですから、最初は震源がかなり近い、少なくとも現住地の隣県辺りの地震ではないかと勘違いしたものです。

 帰宅中のカーTVに映し出される津波に映像に驚き「まさか東北だったとは!」と慄然としました。
 実家をはじめとする故郷の方面への連絡は殆どできなくなり、向こうがどうなっているか推定する事すらできない。
 つい前夜まで普通の日常が続いていたのに、たった一夜で不安と恐慌にさいなまれる事になるとは。

 「あの日の前」と「あの日のあと」で明らかに目に映る世界が変わったような感覚を肌で感じたことが思い出されます。 
 そしてその感覚は8年経った今でもつい昨日の事の様で、8年も経ったという感じがありません。
 それは恐らく直接の被災地域ではもっと切実な感情として残っている事と思います。

 あれほどの災害があれだけの広範囲で発生したのですから、どこかしら傷痕の様な感覚が心の隅のどこかに澱の様に残っている、そんな感じがします。
 本来ならもう少し前向きな事を書きたかったのですが、当時を思い出すだけで、何かをまとめる事自体が未だにできないでいるのがもどかしい気持ちです。

光山鉄道管理局
 HPです。


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