「少年サンデーとテツドウモケイ」のはなし

今回は1970年代の一般雑誌における鉄道模型の扱いのはなしから。

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1970年代前後の時期、一般も読むような雑誌類では鉄道模型のステイタスというか立ち位置がどの様なものかについてはかねて断片的にこのブログでも書いてきました。

中でも今わたしが読みたいと思っているのがかつて水野良太郎氏が自著で取り上げていた「レイアウトの連載グラビアが掲載されていたという70年代のアサヒグラフ」だったのですがバックナンバーが地元の図書館にあることまでは分かったものの、このコロナ禍の折まとまった時間滞在することにはリスクも感じるので調べるのが後回しになっています。
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(小学館 週刊少年サンデー1974年10月20日号3Pより画像引用)
というわけで今回紹介するのは昭和49年に刊行された「少年サンデー」掲載の「鉄道模型入門」という巻頭特集です。
わたしも本書の存在を知ったのはつい最近なのですが「週刊少年漫画誌で鉄道模型が纏まって取り上げられている」というのには初めてお目にかかりました(尤もサンデーは元よりマガジンやジャンプが同種の特集を組んでいたかは今のところ確認できていませんが)
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(小学館 週刊少年サンデー1974年10月20日号7Pより画像引用)
特集の総量は8ページ。

巻頭に「メルクリンの大レイアウトに腰掛ける長谷直美(太陽にほえろ!のマミー刑事で有名)」のグラビアが飾ります。
続いて札幌の16番大レイアウト、ライブスチームやZゲージレイアウト、ステレオの上のNゲージレイアウトとジャンルの偏りなくバランス良い配分で鉄道模型の魅力が紹介されていました。
記事の協力の二番目に機芸出版社の名前があるので記述も要領よくまとめられています。
あの当時の一般向けの記事で「HOと16番の違い」を記述しているのはかなり珍しい気もしますし。

ライブ(または大型モデル)の自作モデルの紹介で「金沢の荒崎さん」と書かれていた方が紹介されていましたが「1970年代の伝説的16番レイアウト・雲龍寺鉄道の荒崎良徳氏のことかな?」と思ってみたら最終ページにちょこっと「雲龍寺鉄道祖山線」の写真がついていたのでご本人に間違い無いようです。
同様に「東京の平岡さんが自作したアメリカの森林鉄道用シェイ式機関車」とはギヤードロコのライブスチームの平岡幸三氏の事でしょう。
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(小学館 週刊少年サンデー1974年10月20日号6Pより画像引用)
さて、この特集を俯瞰して気が付いた事は専門誌に比べて「メルクリンが取り上げられている比率が高いこと」

特にZゲージの扱いはNゲージのそれよりずっと大きいのですが、昭和49年頃のNゲージというとKATOのラインナップも大したことがなく(ようやくワㇺ80000とD51が出たくらいのタイミングです)トミーナインスケール(2軸貨車とED75)が新たに参入した直後くらいのタイミング。

つまりこの時点ではシステム性はもとより、車両のラインナップでもZゲージの方が日本型Nゲージよりも充実していた事実を示唆させる物です。
(まあ記事の協力のトップが当時のメルクリン代理店の不二商だったのも関係ありそうですが)

さて、当時の少年サンデーは人気面でジャンプ、マガジン、チャンピオンに次ぐ週刊誌の有力誌のひとつでしたが、この記事をきっかけに鉄道模型を始めたユーザーがどれくらい居たか興味深いものがあります。

最も冒頭で「さあ、こんな楽しい鉄道模型の世界にキミも入門してみないか」とか煽っておきながら、その一方でミニクラブの基本セットが「パックなしで1万2千円」メルクリンで「レイアウトと言える線路配置の線路を揃えるのに7万円」「線路お化けの大レイアウトで38万円」ステレオ上のNゲージレイアウトの総工費が「30万円」などというサンデーの読者がドン引きするような「お値段のはなし」も載っていたりするのですが(あの当時だと食堂で出される醤油ラーメン1杯が180円前後でしたから余計浮世離れ度が強いですね笑)

因みに同時期の一般誌への鉄道模型記事の展開としては私の知っている範囲内では学研の科学、学習やその上位誌のサイエンスエコーに若干の記事が見られるのと小学館の学習雑誌にトミーナインスケールの広告が載っていたくらいだったと思います。
これが大人向けの一般誌ではどの程度の扱いだったのかは今後調べてみたいところです。
最後に
当ブログの訪問者数が昨日32万を越えました。
鉄道と鉄道模型の話ばかりの相変わらずの内容ですが、今後ともよろしくお願いします。
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この記事へのコメント

高志国太郎
2021年03月31日 22:55
少年サンデーで,これほど大きくNゲージが取り上げられていたとは,迂闊にも知りませんでした。

私の確認した範囲では,漫画雑誌で鉄道模型が取り上げられた例には,以下のようなものがありました。

古くは光文社「少年」1967年12月号で,天賞堂取り扱いのリマのNゲージが懸賞商品となっています。掲載号は不明ですが,のちの藤子・F・不二雄先生も,HOゲージ愛好家として同誌で紹介されていたと思います。

講談社の「週刊ぼくらマガジン」1971年2月9日号,2月23日号ではトミーNスケールが懸賞商品となっています。まだ日本型の車両はなく,バックマン製品にトミーのシールを貼っただけの時代です。

小学館「マンガくん」1977年9月25日号では,朝日通商の協力により,「HOゲージを楽しもう!」を掲載。岡崎ひとみさんをモデルに起用し,リマ製品を用いたレイアウトの作り方等が紹介されています。また,リマのHOゲージが読者プレゼントとされました。

1977年3月25日号でも,リマのHOゲージ,Oゲージが,1978年7月10日号ではリマのNゲージが読者プレゼントとされています。

1977年11月10日号では,不二商の協力により,「チーコの楽しいメルクリン教室」として,松本ちえこさんがモデル,監修・イラストは水野良太郎氏により,メルクリンのHOゲージの魅力を紹介する以下のような記事が掲載されました。もちろん,メルクリンのHOゲージが読者プレゼントとなっています。
高志国太郎
2021年03月31日 22:58
(前コメントのつづき。「マンガくん」1977年11月10日号より)

「ブルー・トレインや月光号の編成を楽しむためには、大きな部屋いっぱいにレールを敷かなければなりません。つまり、大型電車の模型が通過できるカーブは、半径が6百ミリ以上も必要で、小さなカーブでは曲り切れません。メルクリンの車両は、どんな大型車でも1メートル×2メートル内でのレイアウトをスムーズに走らせることができます。」
「大きすぎるフランジは脱線を防ぎ、広くあいた連結面はどんなに急なカーブでも、スムーズに通ることができるという利点があるのです。いくら車両に細かなディテールをつけたところで、列車が動き出せば、まったく無意味であることをメルクリンは知っています。」
「本物の蒸気機関車(SL)のように煙を出す装置がメルクリンにはあります。また、メルクリンの電気機関車はみんなパンタグラフからの集電もできるようになっています。そのために架線集電のできる電気機関車(EL)とSLをいっしょに走らせる、なんてことが、メルクリンではできるのです。」
鉄道模型大好きおじさん
2021年04月01日 23:27
私が子供の頃は、母親から漫画禁止令が発令されていたので、漫画雑誌の鉄道模型記事は見たことがありません。
但し、漫画禁止令が発令されていたとはいえ、小学館の小学◯年生など学習漫画雑誌は毎号買ってもらえたので、それらに掲載されている鉄道模型記事は読むことが出来ました。
高志国太郎さんのコメントにもありましたが、日本形よりも欧州形の方が小回りがよく利くのでレイアウト向きという記事が印象に残っています。
私自身、鉄道模型はリマのHOゲージで始めましたが、日本形よりも一回り大きな欧州形の方が小回りが利くというのは未だに不思議な現象だと思っています。
以前コメントしましたが、私が比較的すぐにHOを止めてNゲージに転向した最大の理由は日本形のHOゲージは高価、小回りが利かない、手に入り難いの三重苦があるからでした。
今でも状況は変わってませんね。
トミックスやカトーのプラのHOは安価とはいえ、それでもNゲージより遥かに高くて手が出ません。
光山市交通局
2021年04月01日 23:53
>高志国太郎さん

「少年」「ぼくらマガジン」「マンガくん」
 いずれも私の幼少時にはあまり見なかった雑誌でした。マガジンやサンデーの勃興期の時期で相対的に影が薄くなっていた時期だったせいもあるのでしょう。

 鉄道模型が懸賞の商品として通用したのもあの時期ならではではないかという気もします。
 この直後から怪獣・変身ブームに伴う玩具のマスコミ化が急速に進行した上に70年代以降はトミカをはじめとするミニカー系も幅を利かせ始めていましたし。
光山市交通局
2021年04月01日 23:57


>高志国太郎さん
>

>「ブルー・トレインや月光号の編成を楽しむためには、大きな部屋いっぱいにレールを敷かなければなりません。つまり、大型電車の模型が通過できるカーブは、半径が6百ミリ以上も必要で、小さなカーブでは曲り切れません。メルクリンの車両は、どんな大型車でも1メートル×2メートル内でのレイアウトをスムーズに走らせることができます~

 これらの下りは水野良太郎氏が著書でも繰り返し描かれていた事ですね。
 フランジや連結面に関しては当時(も今も?)から日本型16番ユーザーを中心にメルクリンの玩具っぽさの象徴としてしばしば揶揄の対象になっていた部分でしたが、Nゲージのモデルでも同じ様なことは言えたと思います。

 ただ、どちらについてもそれ以後急速に改良されている点が凄いと思いますが。
光山市交通局
2021年04月02日 00:03
>鉄道模型大好きおじさん

 当時は外国型鉄道模型というと概ねリマかメルクリンという時代でそのどちらもが運転主体で普及したブランドであるのが共通点と思います。
 (因みにメルクリンもリマも一時期日本型に手を出していますが出来が良かった割には普及しませんでした)

 因みに普及期のNゲージでもアーノルド辺りは実車よりショーティ化された客車や運転主体で構造が簡略化されたモデルが主でしたが。
 NゲージやZゲージ普及の背景には「当時のHOではできなかったフルスケールの客車編成を楽しみたい」というニーズもあったと思います(欧州型の客車は新幹線並みかそれ以上に車体が長い)

 私もHOとNを比較したうえでNを選んだ口なのですが、昭和50年代でも16番モデルの高価なのには参りましたから(汗)