5月2日なのでキハ52のはなし

 先日に引き続いてGWスペシャルと言うことで「日付の語呂合わせ」ネタで行きます。
 今日が5月2日という事でD52・・・ではなく個人的な趣味で「キハ52の日」でこじつけます。
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というのも私個人が最も馴染みのある気動車がキハ52だったからといういい加減極まりない理由によります。
 先日も書きましたが、私がこの趣味に入った1975年当時のNゲージのラインナップといえば関水金属(後のKATO)とトミーナインスケール(後のTOMIX)を合わせてもたかが知れたものでした。何しろ電車は103系しかなし、電気機関車はEF65、EF70、ED75の3機種だけ。

当時の私の故郷でも馴染みがある車両というと20系とED75くらいな物でした。そんな中にあって最も馴染みを感じたのが「キハ20系」です。
 これなら山田線でも花輪線でも田沢湖線でも普通に見かける車両でしたし、中でもキハユニ26は当時どんな編成にも併結されていたものです。
 ですが、そんなNゲージキハ20系でも不満点がありました。

 それは「キハ52がなかった事」
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 上記の線区ではどこに行っても主力だったのはキハ52でしたから「なんでキハ52がないんだ」という不満はいつもついて回っていたのです。
 今にして思えば無理からぬ話ですが、キハ20をストレッチして2エンジン化したキハ52は専用サイズの足回りが必要でキハ25やキハユニ26の様に足回りを使い回してコストを下げる事が困難だったであろう事が容易に想像されます。

 実際にキハ52が製品化されたのはそれからずっと後、私のNゲージ趣味の中断中の時期だった様です。
 その頃になるとKATOもTOMIXもラインナップが充実してきていましたし、マイクロエースや他のメーカーの新規参入もあって市場の成熟が感じられる時期だったと思います。
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 言い換えるなら「キハ52がオリジナルの単独製品で出せるくらいにラインナップが拡充した」という事でもあったのでしょう。

 今ではキハ52はKATOとTOMIXのどちらでも選べますしカラーリングのバリエーションもそれなりに製品化されているほどです。
 もちろん私も当時の不満と鬱屈を討ち果たすかのように国鉄色、首都圏色、そして「まさかこれを入線させるとは!?」の赤鬼盛岡色まで入線させました。

 今ではうちの鉄道ではもっぱら葉純線の主力DCの一つとして活躍中です。
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