「駅弁を買い損ねて」ふと思ったこと
先日の3度目の帰省に絡んでのお話から。
今回の帰省は従来以上にタイトと言いますか「仕事が引けて直ちに特急駅に直行、食事どきに乗り込んで車内でめし」となりました。
昨年には「大宮駅の駅弁屋の早仕舞い」でえらい目にあったので今回は特急に乗り込む駅で駅弁を調達する腹積りだったのですが、いざ着いてみると無情にもこちらも売り切れ。
幸い、駅ビルの方が営業中だったので弁当はなんとかなったのですが物は「さぼてんのトンカツ弁当」と桔梗屋の「かぼちゃのグラタン」という旅情もへったくれもない組み合わせ。
で、往路の車内で無情なる食事となる・・・はずだったのですが、これがまた美味かったのなんのって(笑)
駅ビルテナントの弁当屋は大概駅弁より作りたてを出しやすいですし、店によっては電子レンジ装備ですから当然と言えば言えますが。
そこで思い出すのですが、盛岡も大宮も静岡でも、駅弁を売っている様なターミナル駅では駅ナカ(改札内)や駅チカでも結構いい総菜屋の弁当を出している事が増えています。
わたしの学生時代は「ステーションデパートで駅弁以上のご馳走が売られているなんて殆どなかったのに」
これは1990年代以降コンビニが普及してきた事やスーパーの夜間営業が増えた事とは無縁ではないでしょう。
翻って駅弁の方はご当地性を武器になんとか存続しているものの、スーパーの駅弁フェアなどのイベントで買われる事の方が多くなっています。
観光客向けに一期一会的な思い出づくりの上では駅弁の存在意義はあると思うのですが、普通に「車内で飯が食べたいと言うニーズ」との間にずれを生じ始めているのかもしれません。
今回の晩飯で感じたのは、駅弁も本来の存在意義の点で一種の岐路に立たされているのではないかと言う事です。
「車内グルメ」と言う点では駅ナカのショップは(少なくとも都市部においては)駅弁にとって大きな脅威でしょうし、駅弁にないメリットを数多く持っているのも確かですから。
でも、わたし個人は駅弁を食べない列車旅行に残念な感じがするのも確かです。
後、これも時代の流れ故に仕方ない所ですが、ホームのKIOSKの無人化もどんどん進んでいます。
今回の帰省でわたしが一番見たくなかった光景がこれでした。有人の頃よりも品揃えが薄いですし、隣接した無人カフェの雑っぷりときたらありません(コーヒーを飲んでも紙コップを捨てる場所がない)
なんだか今回は愚痴も同然の戯言になりましたが、逆に昔より良くなったと感じるところも多々あります。それについても追々書く予定です(汗)
光山鉄道管理局
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