「小江戸」を歩いてGMを思う
「映画のオープンセットの様な倉敷よりも、雑然とした川越市の街並みが好きです。重厚な蔵造の土壁は既に崩れかかり、ケバケバしい看板が見事な瓦のディテールを隠している川越が大好きです。背後の高層マンションも少しも苦になりません。街が「生きて」いるのです。生活の臭い、時代の盛衰、人生のドラマが感じられるのです。我々のレイアウトの街並みもこうありたいものです」

1986年版のGM総合カタログVol7の一節です。
その名も「レイアウトに明治村は要らない」
鈴木雅夫氏の名調子が炸裂したこれを初めて読んだ時の衝撃と「我が意を得たり」の思いは今でも変わりませんし、以来わたしの座右の銘のひとつでもあります(実際のレイアウトにどれだけ反映できているかは相当に問題がありますが汗)

さて、ここで鈴木氏が話題にしていた川越の街ですが、先日研修ついでに覗いてみる機会を得ました。
とは言っても、わたしがこれまで知っていた川越とは「国道16号がクランク状に折れ曲がっている渋滞の名所」「郊外のホビーオフと万代書店」しか知らないという相当に偏ったものなのですが(笑、でもこれは後述への伏線になっています)


いわゆる「小江戸」の街並みを観光名所化させている川越中部は平日でも観光客でにぎわう「令和の清里」の様相を呈しています。
歩きながらその賑わいを眺めている分にはまあ、どうという事は無いのですが印象だけ切り取ってみたら「リアル版1分の1のジオタウン」を見ている様な錯覚に陥ります。
ジオタウンの町家はディテーリングと言い、フォルムの良さと言い、まことに非の打ち所がないのですが反面「造形がかっちりし過ぎていて冷たさを感じさせる」ところもあります。時代を経た木造の店舗だったらどこかしらに歪みや曲がりを生じているのが普通ですし、劫を経ながら現役で活躍している様な建物だとディテーリングとは別の所で生活感を感じさせるものなのですが、小江戸の表通りを見る限りそうした歪みが希薄なのです。
かつて鈴木氏が皮肉交じりに「生活の臭いの無い、現実離れした"歴史的町並み"が完成し、その市にとっての観光資源がひとつ増える訳です」と評したその好個の一例が事もあろうに鈴木氏が愛した川越に実現しているという現実を生前の氏はどう感じていたでしょうか。


それどころか羽生のPAや甲府の街中に川越小江戸のコピーみたいな街並みが後付けで作られるご時世ですから。
(因みに今のわたしのレイアウトのモチーフになっている「似非欧州風街並み観光地区の郊外線」もベクトルこそ違え、それに近い部分を持っています)


今回わたしが回ったのは、小江戸街からやや離れた北部の街並みを(ホビーオフを探してw)歩き回ったのですが、こちらの地域だと多少なりとも鈴木氏の言う「生きた街」に近い印象を受けました(そりゃあ、小江戸の街にホビーオフや万代書店は無いでしょうから爆笑)
歴史を経た、それでいて「生きている街並み」というのは大なり小なり雑然としているものですし、殊に川越や盛岡、小布施などの様に空襲の影響を受けていない都市などはその雑然度はさらに高くなると思います。

特に観光目的も持たずに散歩するならそういう街の方が、歩いていて癒されますし自分の作りたいレイアウト内の街並みというのもそうした線に乗っかっている気がします。



それを無意識に表現しているのが先日造った古書街であり、以前造った「よ市」「電気街」「映画館通り」「甘味横丁」だった気がします。それらの風景の背後を列車が走り回る時、初めて街並みに生命が吹き込まれるような錯覚を感じるのもまた、レイアウトの醍醐味のひとつではないでしょうか。
川越をほっつき歩いていてふとそんな事を思ったりします(笑
光山鉄道管理局
HPです。

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1986年版のGM総合カタログVol7の一節です。
その名も「レイアウトに明治村は要らない」
鈴木雅夫氏の名調子が炸裂したこれを初めて読んだ時の衝撃と「我が意を得たり」の思いは今でも変わりませんし、以来わたしの座右の銘のひとつでもあります(実際のレイアウトにどれだけ反映できているかは相当に問題がありますが汗)
さて、ここで鈴木氏が話題にしていた川越の街ですが、先日研修ついでに覗いてみる機会を得ました。
とは言っても、わたしがこれまで知っていた川越とは「国道16号がクランク状に折れ曲がっている渋滞の名所」「郊外のホビーオフと万代書店」しか知らないという相当に偏ったものなのですが(笑、でもこれは後述への伏線になっています)
いわゆる「小江戸」の街並みを観光名所化させている川越中部は平日でも観光客でにぎわう「令和の清里」の様相を呈しています。
歩きながらその賑わいを眺めている分にはまあ、どうという事は無いのですが印象だけ切り取ってみたら「リアル版1分の1のジオタウン」を見ている様な錯覚に陥ります。
ジオタウンの町家はディテーリングと言い、フォルムの良さと言い、まことに非の打ち所がないのですが反面「造形がかっちりし過ぎていて冷たさを感じさせる」ところもあります。時代を経た木造の店舗だったらどこかしらに歪みや曲がりを生じているのが普通ですし、劫を経ながら現役で活躍している様な建物だとディテーリングとは別の所で生活感を感じさせるものなのですが、小江戸の表通りを見る限りそうした歪みが希薄なのです。
かつて鈴木氏が皮肉交じりに「生活の臭いの無い、現実離れした"歴史的町並み"が完成し、その市にとっての観光資源がひとつ増える訳です」と評したその好個の一例が事もあろうに鈴木氏が愛した川越に実現しているという現実を生前の氏はどう感じていたでしょうか。
それどころか羽生のPAや甲府の街中に川越小江戸のコピーみたいな街並みが後付けで作られるご時世ですから。
(因みに今のわたしのレイアウトのモチーフになっている「似非欧州風街並み観光地区の郊外線」もベクトルこそ違え、それに近い部分を持っています)
今回わたしが回ったのは、小江戸街からやや離れた北部の街並みを(ホビーオフを探してw)歩き回ったのですが、こちらの地域だと多少なりとも鈴木氏の言う「生きた街」に近い印象を受けました(そりゃあ、小江戸の街にホビーオフや万代書店は無いでしょうから爆笑)
歴史を経た、それでいて「生きている街並み」というのは大なり小なり雑然としているものですし、殊に川越や盛岡、小布施などの様に空襲の影響を受けていない都市などはその雑然度はさらに高くなると思います。
特に観光目的も持たずに散歩するならそういう街の方が、歩いていて癒されますし自分の作りたいレイアウト内の街並みというのもそうした線に乗っかっている気がします。
それを無意識に表現しているのが先日造った古書街であり、以前造った「よ市」「電気街」「映画館通り」「甘味横丁」だった気がします。それらの風景の背後を列車が走り回る時、初めて街並みに生命が吹き込まれるような錯覚を感じるのもまた、レイアウトの醍醐味のひとつではないでしょうか。
川越をほっつき歩いていてふとそんな事を思ったりします(笑
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この記事へのコメント
そのへんGMやペパクラのキットは制作者の技量という要素でうまくバランスが取れているのでしょうね。
tumblerの中の「東のトラック」から
https://furtho.tumblr.com/image/162794437864
拡大してみると生活感に満ちているどこにもある大通りと捉えられるようです。
※後ろ側の東武バスに注文してください
この手のたぐいは関東地方でも数か所あります。共通しているのは水運が発展していることで、その辺も踏まえて考えましょう。
鈴木氏がカタログに書かれていたころの一番街は、駅前の新富町商店街・サンロードに顧客を根こそぎ持っていかれ衰退の一途だったころだと思います。あの頃の一番街は文字通り「死んだ町」でした
それが気が付けばいつの間にか観光地化。仰る通りカチっとした冷たさを感じますが、それはそれで「死んだ町に命を吹き込んだ結果」なんでしょうね。久しぶりに一番街を歩いて、改めて川越という街の「生命力」を感じました
そういえばGMストラクチャにも川越モチーフの建物がいくつかありましたね
返事が遅くなりすみません。
確かに言われてみれば完成品とキットの違いはそんなところにもある様な気がします。上手い人ならかっちりできても雑な人(あ、わたしだ)の作例はどこかしらアナログな歪みがでたりしますね。
そこが面白いとも言えますが汗
>さいとう たいいちさん
>
返事が遅くなりすみません。
写真拝見しましたが、まさに町が「生きている時代」の写真という感じですね。GMの鈴木氏の論旨は「街並みの統一性に拘り過ぎてやたらと守旧に入るのではなく住民の変化に合わせて変わり続ける街の生命力をレイアウトに取り入れる」点にあったと思います。
最近は同じ街並みでも年代や業種の変化などから様々な要素がモザイク的に取り入れられていますが、活気があればその雑多さもまた魅力となり得るということかもしれません。
返事が遅くなり居すみません。
川越在住の方でしたか。
いったん他の地域に客を取られていた商店街が観光地化する事で活気を取り戻すというのもまた「変化し続ける街の一形態」かもしれないと今回のコメントを拝見して感じました。
まあ、他所の街の様に後付けで複製品の街並みを作るというのには少し違和感を感じますが。