TMSの100冊一気読みして・・・
今回は昔のTMSのはなしです。

昨年秋の韋駄天帰省の車中で最大の友は前回と同様に「タブレットにダウンロードしていたTMS102冊」
相当に斜め読みになったものの前回と今回の帰省でようやく全巻読破しました(大汗)
趣味としての鉄道模型が戦後の荒廃から急速に発展を遂げた昭和20~30年代初めまでの勢いをそのまま反映した様な誌面は今読み返しても古さ以上の若々しさを感じさせます。
そして今の眼で見ると驚かされる記事や、今見ても「この手があったか!」と膝を叩く記事も多く、車中の退屈が感じられないほどの充実感を得られました

(などと書いていますが、実は前回も今回も新幹線の指定が「通路側の席しか取れなかった」事からくる僻みも多分にあったりしてw)
斜め読みゆえに何号の何ページと具体的に指せない事が多いですが印象に残った記事からいくつか。
50号前後の時期、目次の頁の端っこに「TMS人物往来」というのが15回にわたって連載され、戦前戦後の鉄道模型趣味人のプロフィール(見ようによっては奇人変人伝)が楽しませてくれました。ノリは同人誌の内輪受け的ではあるのですが、反面、戦中戦後にかけて趣味としての鉄道模型を(専ら自作の作品を通して)精神面で支えた方々の記念碑とも言えます。
時期的な条件か0番やOゲージのモデラーも結構多く、昭和40年代以降のTMSを読んできたわたしの眼では宍戸圭一、川端末男の両氏くらいしか馴染みがないのですが。
それにしてもこの頃の鉄道模型趣味人は呑兵衛が多かったらしいのが何となく嬉しかったりします(笑)
一方で真面目な意味でわたしを驚かせたのは「桜木町事故のモハ63の焼け焦げた写真」(43号129P)「参宮線六軒駅の列車衝突事故の生々しい現場写真とレポート」(102号522P)が掲載されていた事です。
初期のTMSは当時「実物鉄道誌」としての性格も強かった(何しろ創刊が「鉄道ピクトリアル」よりわずかに先)事の反映とも取れますが、事故車の機番も詳細に書いているところは鉄道誌らしい(見様によっては不謹慎と取られかねない)視点ではあります。
実際「六軒駅事故に出動した操重車がC50に牽かれていた」なんてこういう記事でもないと分からなかったのも確かですし。

まさかこんなのが!!
で一番驚いたのは「廃車のC53のキャブ部分を転用した果物屋の店舗」(68号173P)の写真ですか「今のモデラーの想像力の上を行く実例」のひとつを目の当たりにした思いです。
そう言えばうちにもダイカストご懐妊で廃車になったC53がありますが「キャブだけ店舗にしてみようかな」などと不埒な事を思いつかせたりしますw
この他にも印象に残る記事や今見ても面白い題材なども満載されているのですが、それらについても追々触れたいと思います。
光山鉄道管理局
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昨年秋の韋駄天帰省の車中で最大の友は前回と同様に「タブレットにダウンロードしていたTMS102冊」
相当に斜め読みになったものの前回と今回の帰省でようやく全巻読破しました(大汗)
趣味としての鉄道模型が戦後の荒廃から急速に発展を遂げた昭和20~30年代初めまでの勢いをそのまま反映した様な誌面は今読み返しても古さ以上の若々しさを感じさせます。
そして今の眼で見ると驚かされる記事や、今見ても「この手があったか!」と膝を叩く記事も多く、車中の退屈が感じられないほどの充実感を得られました
(などと書いていますが、実は前回も今回も新幹線の指定が「通路側の席しか取れなかった」事からくる僻みも多分にあったりしてw)
斜め読みゆえに何号の何ページと具体的に指せない事が多いですが印象に残った記事からいくつか。
50号前後の時期、目次の頁の端っこに「TMS人物往来」というのが15回にわたって連載され、戦前戦後の鉄道模型趣味人のプロフィール(見ようによっては奇人変人伝)が楽しませてくれました。ノリは同人誌の内輪受け的ではあるのですが、反面、戦中戦後にかけて趣味としての鉄道模型を(専ら自作の作品を通して)精神面で支えた方々の記念碑とも言えます。
時期的な条件か0番やOゲージのモデラーも結構多く、昭和40年代以降のTMSを読んできたわたしの眼では宍戸圭一、川端末男の両氏くらいしか馴染みがないのですが。
それにしてもこの頃の鉄道模型趣味人は呑兵衛が多かったらしいのが何となく嬉しかったりします(笑)
一方で真面目な意味でわたしを驚かせたのは「桜木町事故のモハ63の焼け焦げた写真」(43号129P)「参宮線六軒駅の列車衝突事故の生々しい現場写真とレポート」(102号522P)が掲載されていた事です。
初期のTMSは当時「実物鉄道誌」としての性格も強かった(何しろ創刊が「鉄道ピクトリアル」よりわずかに先)事の反映とも取れますが、事故車の機番も詳細に書いているところは鉄道誌らしい(見様によっては不謹慎と取られかねない)視点ではあります。
実際「六軒駅事故に出動した操重車がC50に牽かれていた」なんてこういう記事でもないと分からなかったのも確かですし。
まさかこんなのが!!
で一番驚いたのは「廃車のC53のキャブ部分を転用した果物屋の店舗」(68号173P)の写真ですか「今のモデラーの想像力の上を行く実例」のひとつを目の当たりにした思いです。
そう言えばうちにもダイカストご懐妊で廃車になったC53がありますが「キャブだけ店舗にしてみようかな」などと不埒な事を思いつかせたりしますw
この他にも印象に残る記事や今見ても面白い題材なども満載されているのですが、それらについても追々触れたいと思います。
光山鉄道管理局
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この記事へのコメント
データベースに出ていたものの、こういう形で再発行されるのは以外と思います。
自分にとって参考になったのは終戦直後から東京都電を撮影してまとめ上げたことです。あとプロトタイプガイドは「鉄道車両401集」としてまとめ上げたものを別に買って参考にしてます。半分程度はトミーテックの鉄道コレクションとして製品化されていうことがあるからです。
>さいとう たいいちさん
>
>わたしの場合、数年前にオリジナルの古書を入手していたので復刊自体のインパクトはそれなりでしたが、読んでいて妙に元気になれる一冊なのは間違いありません。
そちらの仰る通り、この頃のTMSの実車記事は鉄コレガイドとして大いに役に立ちますね。
最後に残った蒸気機関車5号は「パイプを盗まれて再起不能です」とのこと。
>レサレサさん
>
TMS自体は70年近く前の本なのに、雑誌としてのノリは「リアルタイムの時間が蘇る」読後感が味わえるのが楽しいですね。
今ではスクラップすら残っていなさそうなロコでも(再起不能とはいえ)誌上では「まだ生きている機関車」の雰囲気を感じさせてくれるのは雑誌ならではだと思います。
当時の記事そのままなので外れた未来予想や実現しなかった計画等がそのまま載っていて、あり得たかもしれない「過去」について色々考えさせられます。
>秋津のOBさん
>
TMSの記念DVD、資料的価値は非常に大きいのですがPDFファイルが大きすぎて検索が大変なのと、後ろの方を読んでいるとタブレットがフリーズしやすいのが泣きどころです。
が、それを補って余りあるくらい面白い内容なのでお勧めですね。
C53の記事、あれから行方不明中のマイクロC53廃車体を探していますがまだ見つかっていません。見つけたら速攻で改造するつもりでいます^_^
>匿名希望さん
>
ピクトリアルのアーカイブスは題材を選んで何冊か持っていますが、おっしゃる様に当時の記事を基本無加工で掲載しているので時代の空気感が伝わってくるのが面白いですね。
初コメントはkatoのED70発売の時でしたが、
以後もブログはずっと見ておりました。
さてTMS1000号の話ですが、昨年こちらのブログで知り、
慌てて書店に向かった時には手遅れで、見事に売り切れた後でした。
(何しろ近所の書店は軒並みなくなっていたので…)
が、現住所の図書館でTMSを購読していたのを思い出し、先日ようやく
1000号を借りてきました。勿論、付属のDVDも。
古い記事をまだ全然読めていませんが、高い住民税を払っていて良かったと
つくづく思います。
ざっと眺めて思ったことは、終戦直後、恐らくは今日食う物にも事欠いた
であろう時期に、よくぞここまで熱意をもって雑誌を作り上げられたものだと
しみじみ思いました。
(広告記事まで手書きなのは恐れ入りました。)
※六軒駅の事故の件、以前ウィキペディアで読んだことがあります。
蒸気機関車の熱湯をかぶった乗客もいたそうです。
ともかく、このブログでTMS1000号を知ることが出来ましたので、
お礼を申し上げます。ありがとうございました。
※全然関係のない話ですが、光山市…とパソコンで検索したら、
光山県なるものがヒットしました。中国に光山県があるみたいですね。
光山県交通局とか実在したら面白いですね。
長々とくだらない話を失礼しました…。
お久しぶりです。
1000号記念USBはIMON辺りでまだ通販しているかもしれません。内容がDVDより充実しているので入手できるならそちらもお勧めですね。
六軒事故の当時はわたしはまだ生まれていないのでリアルタイムの記憶はないのですが「続・事故の鉄道史」でかなり詳細に書かれていたので印象は強かったです。ですからTMSで記事を見た時には本当に驚きました。
「光山」という地名は鹿児島にもあるのですが見様によってはどこにでもありそうですね。
光山自体は架空の都市名ですが光山市のある県はまた別な名前を付けています(宮城と仙台、愛知と名古屋みたいに「県名と県庁所在地名が異なる」のに妙なこだわりがありまして笑)