レイアウトの楽しみについて考えたこと


 今回は時々やらかす「酔っぱらいの戯言」ですので気に入らなければお聞き流しのほどを。

 個人的に考えたレイアウトを楽しむことの意味について(なんだか又七面倒くさい事を)

 レイアウトは車両に比べて「作り手の内面が表出・表現しやすい」という特徴があると思います。

 幸か不幸かレイアウトというのはほぼ100パーセントが何らかの形でいわゆる「自由形」「架空の風景を立体化した物」という側面があります。
(プロトタイプのあるレイアウトでも何らかのディフォルメなしに作られているケースはまれです)

 ですから技術だけでなく作り手のセンス、知識の蓄積、直観的なアイデアの総合で出来不出来(或いは作り手の満足感)が左右される面があります。つまり必ずしも細密である事、実物と同じである事が重要視されないジャンルといえます。
(もちろん「鉄道模型」である以上「鉄道を表現する上での最低限の約束」を守る必要はあります。特に列車を走らせる上での運転関係の文法は最低限知っておかなくてはならないでしょう)

 むかしの専門誌で読んだのですが日本有数のあるテーマパークの設計に携わったある著名なレイアウトビルダーのアメリカ人が語るレイアウトの魅力のひとつにこういうのがあります。

 「人々を招き、モデラーもそうでない人も一緒に楽しむことができる。そしてレイアウトを楽しんでもらう事で観る者に作り手のイメージの中をも旅させる事が出来る。こんな楽しい事があるかい?」

 後の方は最近の日本人にはやや理解しがたいメンタリティかもしれませんがまさしくこれがレイアウトの重要な魅力のひとつではないでしょうか。
(この他、魅力として「色々な種類の工作が楽しめる」「鉄道に関して広範な知識が身につく」「運転の楽しみの幅が広がる」と言ったものが挙げられていたと思います)

 この点、車両だったらフリースタイルを除いて「どれだけ実物通りか」という価値基準に逃げ込めやすいので腕さえあれば人を感心させやすいという落とし穴があります。
 これは「実物をそのままなぞったジオラマ」でも同様に落ち込みやすい陥穽ともいえます。

 何れも「作り手の内面を表出させず、ただ技術だけを自慢出来てしまう」という問題(敢えてこう書きます)があるのです。
 尤も、実際の車両モデルの工作で作り手のセンスが全く表現されないものが「傑作」扱いされるケースはあまりないのでこうした危険は少ないと思っていますが。

 と、同時に「分かる人だけ分かる」という言葉のもとに独りよがりな作り物が正当化される流れ(特に閉鎖的な仲間内ではこうした危険が常に付いて回ります)には危惧を感じます。

 そうした価値基準を否定するものではありませんが、しかしそれが「楽しみ方のひとつ」ではなく「唯一の真理」となったらそれはもう趣味ではないと思えます。

 残念な事に日本の鉄道模型ではそうした偏った見方が多いのが現状でしょう。

 そうなってしまった理由の一つに海外のレイアウトや鉄道模型の趨勢に触れる機会が一般のファンに殆どなくなっている現実があるような気がします。
 確かにTMS、RMMなどで海外のホビーショーやイベントを取り上げた記事はあります。
 しかし、彼の地のファンがいかなる拡がりのもとでどう鉄道模型を楽しんでいるか、傑作だけでない平均的なレベルでどんなレイアウトが作られているのかといった根本的な部分を日本のファンの大半が殆ど知らない状況に置かれているのではないかと思えます。


 偉そうな事を言いましたが、この私にしてからがスカパーの「世界の鉄道・旅と模型(TrackAhead)」という番組に触れるまでガラパゴス状態だったのですから。しかしこの番組で取り上げられるレイアウトの数々は単に細密である事、実物通りの外見をしている事といったレベルをはるかに超越した楽しさに溢れていました。

 日本では考えられませんが向こうでは未だに3線式のOゲージのレイアウトを楽しんでいるファンが多い事、
「見せるレイアウト」それ自体が商売として成立している(つまりエンターテイメントとして世間に受容されているだけの技術・センス・歴史の層の厚さが存在しているという事でもあります)現実。

 博物館の展示用のレイアウトにおける「何を見せたいか、何を伝えたいか(それは大抵の場合社会システムとしての鉄道の役割なのですが)」が極めて明確で「模型の電車がいっぱい走っていればいいや」というレベルに堕ちる事のない作り手の見識の高さ。

 10年単位で歴史を重ねる常設レイアウト付きの会員制クラブが多く、更にそれが年数回の公開を通して趣味のアピールと開放・地域への貢献を果たしている事実。
 そして何より個人レベルで製作されるレイアウトの多くがプロトタイプへの憧憬と同時に作り手自身の知識とセンスの発露として表現されている事。

 それとは正反対にコミックタッチの「なんでもあり」な魅力が全開のおもちゃ箱的レイアウトも広い層に支持されている事(これはとても重大な差と思います)

 そのいずれもが「カネ」「スペース」の差と言った安っぽい部分では説明し難い彼我の差を感じさせるものでした。
 モデラー・ビルダーとしての実績のない私でさえそうなのですから他の諸兄ならもっとショックを受けるのではないでしょうか。

 …とここまで戯言を垂れ流してしまいましたが、結局のところ今回の結論は「実物の引き写しばかりに拘らずそれぞれの価値観やイマジネーションの表現の場としてのレイアウトを楽しめればいいなあ」という一言にいろいろ理屈を加えただけの代物だったりします(汗)

(写真は半ば景気づけのために適当に選んだものなので本題とは関係ありません)
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