テツドウモケイとコレクターで思うこと


 先日のYANチョさんのブログで興味深い記事を拝見したのでまたまた触発されてしまいました。
 この間も書いたコレクター嗜好とテツドウモケイ趣味の話の続きみたいなものです。

 記事はこちらです。
http://yantetumokeikurabu.doorblog.jp/archives/11834646.html
 ここでの文意については上記をご参照いただくのが早いので参照願いたいのですが基本的には私もYANチョさんと同じ考えを持っています。
 完成品の購入とはいえ、やはり買う以上は自分の惚れ込んだ物を買いたいと思いますし、世間でどんなに人気のある機種であっても自分の琴線に触れない物には手を出さない衿持は持っていたいと思います。

 それにしても都会の方では新古品と言うのも結構出回っているというのは凄い話と思います。私の現住地や故郷では間違ってもそういう光景にはお目にかかれないので正直羨ましいです。
 それは置いておいて、

 実は以前あるSNSでも以前「改造が出来ないからリニューアル品が出たら廃車にしてばらばらにする」と言った意味の書き込みを見た事があります。感覚的にはそれに近いのりで買換え、売却するパターンが多いと言う事なのでしょうか。

 それに対する他のメンバーからの意見として「最近は初心者でもこれは儲かるのかと言う基準で模型を買う傾向が見られるがマネーゲームの価値観を模型の世界に持ち込みたくない」と言った意味のものがあり少しほっとした記憶があります。

 ですがやはりこれは「モデラー」というよりも「コレクター」的な発想が強くなっていると言う事でもあるのでしょう。

 本題に戻ると
 上に挙げた様に私のところでは新古品が並ぶ等とは間違ってもない環境ですが、それでも最近は「リニューアル情報や競合メーカーの新製品情報が出た途端に旧モデルや競合モデルの出物が中古屋に並ぶのを僅かながらも見かけるようになりました。

 最近だとK社のC●2が出る直前にM社の同形機の出物が並び安価に入線させてもらった事があります。その際に二つを並べて比較した事があるのですが致命的な欠点は特に見つけられませんでした。同じ事はG社とM社のモハ●2とかK社・E社・T社のキハ●0でも経験しています。
 私だったら同形機が異なるメーカー、リニューアルで存在しても単純に「バージョン違いがそろった」とか考えて喜んで入線させる事が多い(大体それらが並んでも違和感を感じることは少ないです)のですがそうは考えない向きも多いのでしょう。この辺りはコレクターと言うより走行派に近い考えかもしれません。

 近日の事ですが私の好きなある機種が新製品としてリリースされます。実はその機種は既に他メーカーからの先行製品が出ており外見上の欠点が非常に目立つ機種(笑)なのですが、だからと言って直ちにそれを売る気にはならないと思います(収納スペースなどの問題でも出てくれば泣く泣く売るかもしれないですが…と小賢しい予防線を張っておきますw)
 重連は無理でしょうが、貨物専用機にするとか入替え用に徹する、あるいは臨港線で余生を過ごすなどの選択肢はあると思います。


 ここからはまたまた私見になります。まだ生煮えの論ですが今はご勘弁を

 集める・飾るという事だけに徹することが出来るならコレクションも悪くはない方向性だと思います。ただ、鉄道模型は歴史的経緯から行ってそこだけに突っ走るのが難しい側面があります。
 というのは、大概の場合、鉄道模型にはモータとギアを内蔵した「半分生もの」という特徴があるからです。これらはいずれは劣化してゆきますし、走行性が新型より良いという事も余りありません。
 世界的な趨勢としても鉄道模型が元々「走らせて楽しむ知育玩具」として進化した経緯があるために走行派・工作派の比率も高く利殖目的のコレクターのほうが一部を除いて異端視される傾向がある様です。

 コレクターが悪いと言うわけではないのですが、コレクターにはモデラーとは別個の陥穽があります。

 ひとつには鉄道模型の骨董化に伴う「利殖目的の買い漁り現象」
これは他のジャンルでは20年前のバブル期でよく見られた現象です。
 もうひとつにはいわゆる「フルコンプ症候群」全てを揃える事を優先するあまり自分の気に入っていないものでも買ってしまうと言う心理状態です。
 更には「瞬殺症候群」とか「行列症候群(これは私も過去に経験したことがありますw)」なんてのもそうした陥穽に入るかもしれません。

 そしてもうひとつ、コレクター特有の精神構造の問題です。

 鉄道ではないのですがその辺りを竹熊健太郎氏が「コレクター考・冥府魔道の収集術」と題した一連のブログで書かれた事があります。
 初読の時になかなかインパクトを受けた内容でしたが、興味をお持ちの方は検索されると良いと思います。

 ここで印象的だったのは「コレクターが精神的なバランスを保つためにはどこかでアウトプットを出さなければならない。それがないといつか精神的に悪いことになる」と言うくだりです。
 これがモデラーなら上手下手は置いておいても「作品」を晒す事でアウトプットはかなり満足されると思います。

 が、コレクターの場合はコレクションを基にした研究・考察をしたりコレクションをどこかで一堂に展示でもするのでない限りはどこかで「自慢」をしないとバランスが保てない事になります。
 自慢話というのは一歩間違うと他者の反感を買いやすい(自戒)ものですがコレクターの場合モデラーに比べて手を使わない(自慢できる技術がないとアウトプットできないと言う思い込みが強い)こともあって、よりそうした危険が高いと思えます。

 コレクターにとっては今後「如何に上手に自慢するか、できるか」が大きな課題となるのではないでしょうか。

 (最も一部のモデラーのほうも自己満足に陥りやすい閉鎖性、社交性の低さ、嗜好の硬直化という問題を内包している気がするのですが)

 では私はどうなんだと言われると「どれにも徹しきれない半端もの」と言う事になりますが(大汗)
 今回は長い上に妙に偉そうな内容になってしまいました。しかも纏まりがない
 暑さボケの頭で書いたたわごとと思ってご勘弁ください。

(写真は本題と関係ありません)


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