鉄道模型のサイズのはなし

 今回の話もやや戯言めきます。
 しかも考えたままを垂れ流しているのでいつになく長いです。
 ですので酔っぱらいの戯言のつもりで読んでいただいた方が良いかと(汗)
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 ここ数年の間にNばかりかHO(16番)やZゲージにまで手を広げてしまいましたが、それぞれの走行性の違いや質感、細密度の違いを感じる事も増えました。

 その中でサイズの違いからくる車両の造形の文法の差異や、走行性の違いは特に感じるところです。
 また、OゲージからHOゲージ、HOからNへとゲージやサイズの変化に伴うメインストリームの変遷はそれ自体が興味深いものがあります。

 さて、それらについて語られる時、一般的にはゲージの幅の観点から捉えられる事が多い気がします。
 あるいは実物に対する再現性の観点からスケールの違い(広義にはいわゆる「ガニ股論議」もこれに含まれる気がします)

 ですが不思議な事に「それでは鉄道模型の場合模型として楽しむにはどれくらいの大きさがふさわしいのか」という観点からの論議を殆ど聞きません。
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 これはある意味仕方のない部分です。
 走らせて楽しむ前提なら既存の規格に乗っ取ったモデルの製作や購入が一番楽ですし、予算も掛かりません。
 特に日本の場合、戦後に鉄道模型車両自体が輸出産業として成立してきた経緯から先行する海外の既存規格に依存した模型作りがなされてきています。

 ましてや走行だけでなく、工作やコレクション、レイアウトなど目的の幅が意外に大きいのが鉄道模型ですからそれに応じた最適サイズというのも自ずから異なって来るのも仕方ありません。むしろ「それらをすべて満たした至適サイズ」と言う物は存在しないと考える方が良いのかもしれません

 今回の話はそういった要因がある事を承知で敢えて考えて見たいと思います。

 一般的に子供が手にとって愛玩する「オモチャ」の場合はそれを扱う子供の手の大きさがサイズ(操作するオモチャならその操作部のサイズ)が設計ポリシーを決める大きな要素となります。
 欧米に於いてすらその出発点が子供の玩具から出発している鉄道模型も少なくともライオネルのOゲージモデル辺りまでならその影響も大きかったと思います。
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 実は今回の考察の出発点となったのは私が初めてNゲージのモデルを見た時の感動と違和感からです。
 16番の場合は既に親類が何両か製作したり買ったりしたモデルを見ていますから「プラレールより長くて精密」という位の先入観は持っていました。
 ですがNの場合それまでが精々広告写真程度でしたから実際に店頭でN(当時のナインスケール)を見た時「こんなに小さいのか」と驚かされたのです。
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 それは結構新鮮な感動でしたが、同時に「このサイズで大丈夫かな」という違和感があったのも確かです。
 当時小学生だった私にもNの華奢さは壊れやすさの印象に繋がり、当時からあった「Nゲージなんてオモチャ」といった世間の論議と逆に子供には手に負えない代物ではないかと思えたのです。
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 実際には細密な車両工作さえやらなければそれほどでもなかったですし、大事に使えば50年前のモデルでも十分走行可能という事もその後認識しました。
 実際使い慣れてくればこの大きさで十分だなと思えてきたのも確かです。

 ですが「車両を実際に手に持って見た時の馴染みやすさ」については16番やHOのモデルの方が良かったのも確かです。
 Nの場合、サイズの小ささから車両の保持も拇指~中指までの3本の指で行なう事が多いのですが16番だと機関車だったら指5本、20M級の電車だったらどうかすると両手で持った方がぴったりきます。
 細密度も計算すると実際にはそうもいかないのですが(特に高級ブラスモデルなど)機関車1両をゴジラさながらに手で握って遊ぶというなら16番くらいが手になじむという意味ではほぼサイズとしての下限の様な気がします。

 NやZだと線路に車両を乗せるだけでも余程熟達していない限りリレーラーが必須ですが16番以上なら手で楽に載せられる事が多いですし。

 16番のサイズのごく近い玩具というとまず思いつくのが「プラレール」です。これなどは未就学児が手に持って遊ぶ前提の玩具ですが、それだけにサイズの設定にはかなり熟慮されていたのではないでしょうか。
 最近の「たのしい幼稚園」なんかだと「プラレールの既存の足回りを使ってペーパー車体のボディを作る付録」なんていうのも登場していますが単に遊ぶだけでなく自分で作るにも子供の玩具としてはほぼ最下限のサイズという事は言えそうです。

 一方でNゲージ以下のサイズというとこれは車両そのものを愛でるというよりはある程度走らせる、それも風景の中を走らせることで真価が発揮される事を念頭に置いたサイズ設定という事は言えそうです。
 ただ、そうなると今度は「走らせるうえでのスペースの至適サイズは?」という話になりますがこれについては以前レイアウトのサイズの話で仮説は立てていますからここでは割愛します。
 
 ただ、鉄道模型の様にサイズやスケールの規格化されたフォーマット単位で趣味を楽しむという方向性の強い趣味はどうしても既存の規格に縛られがちです。
 そして大概の場合「自分の子供の頃に主流だった規格」を持って優劣が語られる事が多いようです。

 いま、この趣味のメインストリームを担う世代の半数以上は生まれた時に既にNゲージがあってそれを当たり前として育った世代と思います。
 ですから「テツドウモケイ」のサイズとしてのNゲージの大きさには大した疑問は持っていない気もします。

 同じ事はそれより上の世代にとっての16番についても言えるでしょうし、アメリカンドリーム華やかりし頃の1940年代後半~50年代に少年時代を送った世代のアメリカン人にとってはライオネルやアメリカンフライヤーのOゲージモデルのサイズこそが当たり前の存在かもしれません。
 ですがそれらはあくまでも「子供の頃にそうだった」というだけの話です。

 この種のサイズ論は以前触れた「鉄道模型の価格のはなし」と同様に今すぐ結論が出るという性質のものではありません。
 ですが自分がこれまで慣れ親しんでいた規格やサイズが果たして本当に自分にあったものだったのかを考えるきっかけ位になれば面白いかもしれないという程度の事です。
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 単純に飾って楽しむ、あるいは自慢するのが目的ならばモデルはスペースが許す限り大きい方が良いに決まっています。事実最近流行の「週刊●●を作る」ディスプレイモデル製作誌のそれは市販のプラモデルよりは大きめのサイズですし、それ以前にフランクリンミント辺りが新聞広告で売り出して見せたディスプレイ用のD51とかもかなりの大きさです。

 あるいは「実車と同じ動作機構を可能な限り再現する」事を主眼に置いているモデルでもこれは同様でしょう。あるいは「人を乗せて走る模型鉄道」なんかもそうかもしれません。

 また、「鉄道模型」の括りとしては抵抗を感じる向きの多いプラモデルメーカーのディスプレイモデルはOゲージとHOゲージの中間サイズの50分の1があったりします。

 まあ、飾るだけだったらそれも良いのですがそこに「レイアウトで走らせる」とか「集める」という要素が入って来ると徐々に話が変わってくる気もします。

 このはなし、まだ考えたりない所もありますので続きはいずれまた。
光山鉄道管理局
 HPです。


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