Nゲージと外国型で思い出すこと(趣味の原点を振り返る 番外編)

 今回は趣味の原点を振り返るの番外編です。
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 この趣味を再開してそろそろ15年くらいになりますか、その間に車両の増備も結構進んできていますが。
 ですが鉄道模型を再開した当時、予想していなかったのが(中古モデルばかりで、しかも全体から見れば少数派なのですが)「外国型の入線が増え始めていること」です。
 中断前の私の嗜好は基本的に地元でも見る様な「国鉄型の日本車オンリー(私鉄には手を出さなかった)」というガチガチでしたから、なおさら意外に感じます。

 先日紹介したBRの141なんかはその中でも最新の入線ですが、私の場合外国型の選択基準は「機構かデザインに個性を感じるもの」且つ「当鉄道の風景やほかの日本型に混ぜ込んでも違和感が少ない」事です。
 (最新型で人気があってもうちのレイアウトに似合いそうにない物は原則走らせていません。尤もレイアウト自体は『変な車両の許容度の高い都会風のシーナリィ』にしていますが)
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 そしてこういう選び方はNゲージの黎明期(具体的には1976年のTOMIX登場前夜)のNゲージャー(それもレイアウト志向のユーザー)がやっていた事でもあります。
 専門誌に載るようなフルスクラッチで蒸気機関車をものする様な凄腕モデラーを別にすると、当時のユーザーは乏しい種類の日本型の車両ばかりではなく、日本風のレイアウトにも似合いそうな外国型を調達してお茶を濁しているケースが多かった様です。
 特に趣味にお金を割きやすい年配者はそうだったでしょう。何しろあの当時KATOのEF65が3千円台で買えた時期、同クラスの外国型電機は1万3千円から1万5千円台でしたから中高生がおいそれと真似できる所業ではなかったと思います。

 そういう事情を斟酌してか当時のTMSのミキスト辺りでは「Nゲージャーの大半は線路があって列車が走れば鉄道であると割り切って国籍不問の鉄道模型ライフを楽しんでいる様である」といった意味の事が書かれてもいました。

 事実、当時のNゲージャーからの出物と思われるジャンク箱なんかを開いてみると日本型と外国型が半々くらいの比率で出てくることも珍しくありません(おかげで当時の外国型Nゲージのヒストリックモデルの独特の機構や魅力の一端を理解しやすくはなりましたw)
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 まあ、ガチガチの考証至上主義が入り込む余地が殆どない位に当時の日本型は慢性的な車種不足だったわけで当時の16番に比べると確かに不自由な面もあったのですが、「雰囲気が合っていれば日本型と外国型のちゃんぽんでも構わない」というのは一面おおらかでありまた一面窮屈さのない自由闊達さすら感じます。
 (本当は昭和20~30年代前半くらいまではHO・16番もそれにごく近いノリが残っていたのですが)
 
 してみると今私がちょこちょこと外国型を増備してしまうのにはちょっぴりそんな当時のユーザーの楽しみを追体験してみる要素もあるかもしれません。
 そういえば私が増備している外国型は殆どが1970年代~80年代初めころのモデルの中古(ジャンク)ばっかりだという事に今更ながらに気づきました(恥)
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 それは別にしても小型の機関車(特にタンク蒸機)や2軸客車のバリエーションの広さは未だに外国型の独壇場(古典機には輸入車が多かったせいか和風の風景に溶け込みやすいと思います)ですし、現在のN蒸機のラインナップで手薄な明治末期から大正、昭和初期くらいの機種の中には最小限の改造で外国型の代用が効くものがあったりします。
 実車のデザインも垢ぬけたものが多いですし、模型としても機構が個性的なものは楽しめるものがあります。
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 最近(といってもコロナ禍以前ですが)は運転会やイベントなんかでも他のクラブやユーザーで日本型と外国型がちゃんぽんしているケースが増えてきました。こちらの場合は昔と違って日本型が充実しているのを承知でなおかつ外国型にも魅力を感じているというノリが感じられて、私がこの趣味を始めた頃に比べると外国型を前向きに楽しんでいるように見えます。

光山鉄道管理局
 HPです。


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