「テツモシンドローム」とあの頃のEF81

 いつも覗いているサイトとは別のHP でアップされていたため、これまで気付いていなかったのですが(恥)この間から愛読しているWEBコミックの「テツモシンドローム」の新作を昨夜ようやく読む事が出来ました。
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 今回の題材はTOMIXの初代EF81というこれまたマニアックな題材で私のツボを刺激してくれました(笑)

 コミックの内容はWEBでチェックして頂くとして、ここではわたしなりに「あの頃のEF81」の思い出ばなしでもしてみようかと思います。
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(TOMIX総合カタログ77年版 3Pより画像引用)
 それまでの香港製からTOMIX初の日本製機関車としてリリースされた第一号機がEF81です。
 リリースの前年に出た初めてのTOMIX総合カタログの予告にEF81が掲載された時には正直驚くとともに大いに期待したものです。
 何しろこの時点でNゲージの日本型電機と言えばKATOのEF65,EF70と香港TOMIXのED75,ED61しかありませんでしたし、交直流のF級電機はこれが初めてとなるのですから(自分が買うかどうかは別として)ワクワク感は半端なかったのです。

 実際のリリースはその翌年でしたが、造形面ではKATOとは異なるベクトルで(当時としては精いっぱいの)細密感を追求したものでなかなか好感を持てたものです。スカートも当時のKATOが台車と一緒に首を振るいわゆる「アゴ割れスカート」だったのに対して車体固定式のスカートを選択しており(カプラー開口部が広くなる欠点はありますが)独自性を感じたものです。
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 それ以上に衝撃的だったのは直後に関門トンネル用にステンレス車体を纏った300番台が製品化された事。
 こちらも他にはない強烈な個性と迫力で初期TOMIXのシンボルともなりました。
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 その一方で窓ガラスのパーツが遮光材を兼用していたせいか「真黒なプラの塊」しかも当時の組付け精度の粗さもあってサッシとの隙間がかなり広かったため独特の異様さのあるフロントフェイスになっていたのはなんともです。スカートはプラでなくステンレス製のパーツでプラの様な厚みがないので見た目的には有利でした。
 今だったらこういう構成は玩具同然に見られるかもしれませんが、こういうのは当時は逆に「却って模型らしさを感じさせる」クオリティだったのです。

 と、当時の印象はそういうものでしたが、あの頃私が計画していたレイアウトにはまだ似合わない機種と感じられたためこの時点で私がEF81を入線させることはありませんでした。
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 実際に「あの頃のEF81」を入手したのは21世紀に入ってこの趣味を再開させてから10年目くらいの時期、今は亡き銀座のエバグリで同年式のEF65と共に1両3桁価格でジャンクを入線させた時です。
 最初は純粋にノスタルジーから手を出したのですが、当時のスプリングウォーム式の動力がガサツながらパワフルな走りだったため「レールクリーニングカーの牽引(と言うか後押し)機」「立往生列車の救援機」として5年以上現役で活躍する事になります。
 その意味ではうちのレイアウトでは「最も馴染みのある実用機」としての顔でもありました。
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 購入当時のままカプラーは片側欠損し、パンタグラフも破損したままだったのですがそれでもボディの造形は今見ても凄いと感じさせるものです(と言うか、遠目では最近のモデルとそう違わない)


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